オーリック公国 21 デートじゃないよ、調査だよ 4
しっかりと整理して置かれていたら無理だっただろうけれど、幸い、硬貨は乱雑に、適当に放り込まれたように置いてあるだけだった。これならば少し崩れたり、動かされていたところで、あまり違和感を感じられることもないだろう。
僕とシャイナは硬貨の山を押し広げて隙間を作ると、そこに身を寄せ合って入り込んだ。
それから動かした金貨を出来る限り戻して、見た目上は、ぱっと見ただけではほとんど分からないように偽装した。
動かし終えて、ひとまずため息をついたところで、雑な感じに鍵穴が回る音が聞こえてきた。
腕の中のシャイナが、緊張でわずかに身じろぎしたのが感じられる。
「どうやら思い過ごしだったみたいだ。山が崩れてきただけのようだな」
慎重に作った偽硬貨の山の隙間から彼らの様子を覗いてみると、崩れている硬貨を拾い上げて山に投げ戻したり、足で押し戻したりしている。
「おい。もっと丁寧にやれよ。メッキが剥げたらどうすんだ」
「悪い悪い。でも、誰もそんなこと気にしねえよ」
銅貨や、まあ、場合によっては銀貨も錆びたりすることはあるけれど、金貨は錆びることはない。
錆びたのだとしたら、それは別の金属が混ざっているからなのだけれど、おそらくは普通に生活している分には普通、汚れただけだと考えるだけだろうから、彼らの言っている通り、あまり気にはされないことだろう。
しかし、そもそも、彼らは気づいていないようだけれど、金貨による取引は、日常生活においてほとんど発生しない。
流通量の問題から、市場にそもそも出回ることが極稀だからだ。
仮に使った、使おうとしたところで、おつりが膨大な量になってしまい、怪しまれる。普通、そんな場所で金貨を使う事はないためだ。
例えば、銀貨1枚の商品のために金貨を提示したのなら、銀貨でおつりが99枚。絶対にないとは言い切れないけれど、普通はそんなことはしない。
もっとも、特に気にされない可能性も十分に考えられるので――そもそも金貨以外の銀貨、銅貨もここには混ざっているわけで――絶対に流通などさせるわけにはいかない。
『すでにどれほどが使われてしまっているのでしょうか?』
シャイナの懸念ももっともで、これだけ大量に作られているからには、すでにテストとして使われてしまっている分もあるはずだ。使えないものを大量に作る意味はない。
『それは彼らに聞くしかないけれど……』
さらに問題なのは、彼らがこれらの偽の硬貨を使って何を買っているのかという事だ。
日常的に使うもので、金貨が必要な買い物などほとんどないはずなのだ。
つまり、彼らが必要としている物の中には、金貨でなくては買う事の出来ない、あるいは金貨を使わなくては膨大に硬貨が必要になる買い物があるという事だ。
大銀貨という価格が設定されることですらかなり珍しい中、金貨が必要な、しかも大量に必要な買い物とはいったい、何なのだろうか。
わざわざ換金するだけが目的とは思えない。それならば、同じ要領で――それが良いことだとは言えないし、むしろ悪いことだけれど――銀貨以下の硬貨を造った方が効率的だ。メッキにしても、金は高い。
例えば、宝石類を偽金で購入して、別の場所で売り払えば、普通の硬貨が手に入れられる。
軍などで必要とされている刀剣類、銃器などは、割と高値で取引される。それらはこのギルドの規模を考えると、仮に必要とするならば、少数だけという事もないだろうし、大量に購入するにはそれなりにまとまった金額が必要になる。
別のところへ、保管場所、例えば邸宅などを建てようとしている場合にも、土地や資材等、大きな金額を動かすことは必要になってくるだろう。他の土地を買い取ることを考えている場合にも、同じことがいえる。貴族というのは――この国では呼び方は違うのだけれど――要は土地を管理する役目を持つ人のことで、広い土地、多くの土地を持っていることは、他者へのアピールになる。
他に、これほど大量に硬貨を消費する必要のあるものとは一体何だろう? まさか、作るだけ、溜めるだけでいいという事もないだろう。それならば、わざわざ硬貨の形にする必要が感じられないし、それにしても、いや、むしろ、だからこそ、こんな風に乱雑な置き方をするはずもないだろう。
「まあ、基本的にお金は持っていて困らないからな」
ないよりはある方が良い。
しかし、実際には、硬貨そのものが必要なのではなく、硬貨によって交換され、手に入れられるものが重要なのだ。
言ってしまえば――極端な例えにはなるけれど――硬貨よりも鍋やフライパンの方が必要だという事だ。
そういうわけで、おそらくは、これだけの硬貨を必要とする取引をしようとしているということになる。
あまり、長居しても、今はこれ以上のことは得られないだろう。そろそろ戻った方が良い。
シャイナも隣で瞼をこすっているし。
眠そうに、瞳の端に涙を浮かべて、片眼を閉じながら、瞼をこすっているシャイナの姿はとてもかわいくて、出来ればずっと見ていたいという衝動に駆られたりもしたけれど、おかげで今の時間を思い出すことが出来た。
そう、今は夜中で、朝までに戻っていなければ、シェリスたちが騒ぎ出すに違いないのだ。
「シャイナ。シャイナ。大丈夫?」
「……はい……問題、ありません……」
問題あった。
完全にお眠だ。
「シャイナ。せめて」
僕はシャイナを背負う。
意識のない人間を抱きかかえるのは大変だ。それも、近くのベッドまでとかではなく、これからお屋敷まで戻らなくてはならないのだから。
背中に感じるやわらかな感触のことは、今は出来る限り考えないようにして、すでに先程の見張りの人たちに警戒されている可能性も考慮して、気配を断ち、知覚されないように魔法を使いながら、証拠品を収納して、僕は部屋を後にした。




