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オーリック公国 18 デートじゃないよ、調査だよ

 ◇ ◇ ◇



 天上に春のさやかな月が浮かび、夜の深まった頃、僕とシャイナは2人きりで城を飛び出した。

 こんなことをしていると知られたら皆にはどう思われることだろう。

 シェリスはおそらく、夜中に2人で抜け出すなんてロマンチックね、とか言って、それなのにキスの1つも出来ないなんてと呆れるだろう。

 クリストフ殿下は、どうして一緒に連れて行ってくれなかったのかと、自身の力が足りなかったせいだとお思いになって悔やまれるだろうか。

 諜報部の方たちは、自分たちがついていながら、僕たちに自身の足を、しかもこんな夜更けに動かさせてしまったことにひどく落ち込まれるだろうか。

 別に諜報部の方たちを信じていないわけではない。ただ、自身で確かめることに、いや、地震で確かめなければいけないと思っているだけだ。

 僕と、特にシャイナは、夜の闇の中でもひときわ目立つ、長い銀の髪をすっぽりとフードに隠して歩いていたのだけれど、路を進むごとに酒場の客引きだったり、劇団、楽師の踊り子さん達の興行だったり、はたまた賭場や娼館だったりと、色々な人から声をかけられた。

 

「そこの人、これはまた随分と別嬪さんだねえ。どうだい、今夜一夜限りでも構わないからうちの舞台の賑やかしになっちゃあくれないかい」


 とか、


「今日は美味い酒が入ってるよ。一口飲めば、日ごろの悪いことなんてすっかり忘れられるほどのものさ」


 中には、


「ねえ、そこのお兄さん。ちょっと寄ってゆかれませんか。今夜は私暇なのでお相手をしてくださいませんか」


 なんて、肌色の多い衣装を纏った、強めの香水をつけた女性に、シャイナに気づいていないかのような誘い文句までかけられたりもした。

 もちろん僕は余計なところへ寄るつもりなどこれっぽっちもなかったのだけれど、そのたびにシャイナがぎゅうっと僕のコートの端を引っ張って、先へ先へと進んでいった。


「シャイナ。僕は別にやましい気持ちがあってあそこらへ寄ろうとしてたんじゃないよ。情報収集のためだよ」


 情報を得るには人に話をさせる必要があるけれど、それならば人の口が軽くなる場所、と選んでいただけで、決して、まさかシャイナの隣にいるというのに――いなくたって行ったりはしないけれど――本来の目的を疎かにするはずもない。


「ええ、十分に存じ上げております。ユーグリッド殿下のお役目のことは」

 

「シャイナ。殿下って呼ぶのはまずいんじゃ。一応、お城から忍んで出てきているわけだし」


 こちらの素性が知られれば、今は行動がとりづらくなる。身分が必要なことは、身分を明かしても問題のない場、つまりは昼間にすればいいことだ。

 シャイナは黙ったまま答えなかった。

 代わりに、一層強く、服の裾を掴まれた。


「はやくするべきことを済ませてしまいましょう。たしかに出がけに声はかけてきましたが、私たちが朝までに戻らなければ、皆を不安にさせてしまいます」


 早く済ませるとは言っても。

 僕だけだったならば、色々と小回りも利くし、潜入もやりやすかったのだろうけれど。

 何かシャイナには当てがあるのかと持っていると、シャイナはじっと僕のことを見つめていた。


「ですから、ユーグリッド様。早く案内してください」


「あ、案内って?」


 シャイナはこちらを探るように、宝石のような紫の瞳を半眼にして、僕のことをじっと見つめていた。

 僕が分かっていないようだと判断したのか、仕方ありませんねとでも言いたげにため息をついた。


「ユーグリッド様が本当に何の当てもなく、ただ情報の収集のみを目的として、臣下の方々の心配を無視するような形で、わざわざ危険に身を置かれるとは思っておりません」


 臣下の心配って……それはシャイナも同じことなんじゃ、と思ったけれど、もちろん、そんなことを口に出したりはしない。


「それに、時間も限られております。もちろん、現在の時間はそれほど遅いものではありませんが、私たちが寝静まるのを待つおつもりだったとするなら、もっと時間がかかる場合のことを考慮なさっていらっしゃらないはずもありませんでしょう」


 まあ、昼間の件からも簡単に想像は出来ることだ。

 これ以上、シャイナを誤魔化すことに意味はないだろう。というよりも、元々無意味だったのかもしれない。


「そうだね。じゃあ、行こうか、商人ギルドと、その元締めのポシスギルド長のところへ」


 一応、完全に侵入者という事になってしまうので、シャイナには帰れとは言わないまでも、外で待っていてくれるようには頼んでみた。

 しかし、


「ユーグリッド様は、私が1人でいるところを襲われてしまっても全く構わないというのですね」


 と、明らかに嘘泣きなのだろうけれど、涙を堪えているような、実際に瞳の端に涙を湛えて言われてしまえば、それ以上の説得は諦めざるを得なかった。

 惚れた弱みというか、何というか。


「女の子ってずるい」


「何かおっしゃられましたか?」


 先程の涙はどこへやら。

 跡さえも見えない、僕が何を気にしているのかもわからないという表情で、可愛らしく小首を傾げている。

 僕は首を振ると、商会ギルドの入り口を見据える。

 警戒していないのか、それとも罠であるのか、見張りをしているような雰囲気は感じられなかった。

 

『念のため、ここからは出来る限り遮音していこうと思う。結界を張るけど、一応、これ以後の会話は念話で』


『分かりました』


 シャイナからはすでに予想していたかのような速さで返答が来た。

 すみません、もし違ったら後で謝ります。

 謝って済むかどうかは後で考えるとして、僕は扉の鍵を外すと、ゆっくりと中に身を躍らせた。

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