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オーリック公国 17 いつか絶対言わせてみせるけれど、それは今じゃない

 シャイナは1つため息をつくと、顔を真っ直ぐに前へと向けて、何かを考えているように黙ってしまった。長い沈黙の後、ゆっくりと、自分で言葉を確かめるように、ポツリとつぶやいた。


「……ここで私が何を言ったところで……次にまた同じようなことが起こった場合……あなたはきっと、同じようになさるのでしょうね……」


「そんなことは――」


 そんなことはないと言いかけたけれど、シャイナの紫の双眸に射抜かれて、僕は口を噤んでしまった。

 僕自身、今後同じような状況に陥った場合、おそらくは自分1人で、少なくともシェリスとシャイナには何も告げずにいるだろうと簡単に予想出来てしまっていたからだ。


「今回に限らず、ユーグリッド様が私たちに黙ったままに事態を解決なさるたび、どうしたらそのようなお考えをやめていただけるでしょうかと、ずっと考えていました。私がユーグリッド様の護衛など必要なくとも大丈夫だということを示すことが出来れば良いのでしょうか? それとも、私が泣いて引きとめたら良いのでしょうか?」


 そんなことはいたしませんけれどと、シャイナは小さく笑っていたけれど、限りなく本気に近いのだろうという雰囲気は伝わってきていた。

 一瞬、新緑の葉を散らしかねない強い風が吹き、シャイナの銀細工のように美しい髪がサラサラと流れ、ワンピースの裾がパタパタとはためく。


「もっとひどい、おそらくは最低に近いのではないかという手段をとることも考えましたけれど、それはやめておきます。私だって――いえ、何でもありません」


 そんなことでシャイナを嫌ったりはしないよと言いたかったけれど、シャイナの意思を尊重して言わないでおいた。

 僕だって、そんな風にシャイナの気持ちを無視させたくはない。


「『結婚いたしましょう。そうしたら王位に就かれるのですよね』ってところかな」


 だから僕が言葉の続きを引き取ることにした。

 シャイナがはっとしたように勢いよく僕の顔を見つめる。

 驚きに満ちている顔で、大きく紫の宝石のような瞳を見開いて、何度も瞬かせていた。


「どうして――」


「どうして考えていることが分かったのかって顔だね」


 そんなことを思わせてしまった自分が情けなく思う。

 確かに、僕が結婚して王位に就けば――それは近い将来必ずそうなることなのだけれど――今のように気軽に動き回ることは出来なくなる。

 もちろん、今が気軽に動き回っても良いという事ではないけれど。

 王位に就くからには、その国の国民全員に対して責任を持つという事だ。

 有事の際、どうしても僕の認証などが必要な場合でない限り、僕自身が動くということは、それは即ち、僕のことを国王だと認めてくれている国の人たちを信じていないということになる。

 時には僕が動くことも必要ではあるのだろう。

 国王自らが動いているところを見せるということは、それだけ士気も高まるだろうし、何より怠慢な王では誰もこの国でついてきてくれようなどとは思えないだろう。

 しかし、それとこれとは話が別で、僕が出る必要などありませんと、そう思わせるようにならなくてはならない。


「わかるよ、そのくらい。恋をすると、相手のことをよく考えるようになるからね」


 寝ても覚めても、食事をしているときにも、勉強や身体を動かしているときも、お風呂に入っている時(変な意味ではないけれど)にも、稽古事をしている最中にも、何をしているときにだって、相手のことが完全に頭から離れるということはない。

 だから、こんなに近くにいて、同じ景色を見ながら、同じことを話し合っているのに、相手の考えが分からないほど、鈍い男ではない、と自分では思っている。もっとも、つい先日、鈍い男はモテないと呆れられたばかりだから、自信を持って言えないところが何とも情けなくはあるのだけれど。


「そんなに心配なのならば、僕の一番近くでそれを見ていてくれるだけでいいのに。シャイナが待っていてくれるのならば、僕はどんなところへ行ったって、必ず帰ってきてみせるよ」


 では、と、決心したように開きかけたシャイナの花びらのように可憐な唇に、僕は人差し指を押し立てた。


「でもそれは、僕だってそんな心づもりで言われたって嬉しくないと思えるほどには、君のことが好きなんだから、今は言わないで待っていてよ。いずれシャイナに本心から『僕なしじゃ生きていけない』と言わせてみせるからさ」


 僕はそれからくるりとシャイナに背を向けて立ち上がってしまったので、その時のシャイナの反応を確認することが出来なかった。


「分かりました」


 シャイナは思いつめたように重くつぶやいた。

 じゃあ、シェリスたちには黙っていてねと飛び立とうとしたところで、服の裾を摘ままれた。


「私もついてまいります。まさかお断りになられたりはなさいませんよね?」


 そのつもりで来たのですよと、シャイナはその場でくるりと回った。

 深い海のようなワンピースの裾がふわりと広がる。


「それとも、危険だからとお止めになりますか?」


「いいや。シャイナのことは死んでも――死なずにちゃんと守るから、その心配はしていないけれど、こんな夜中に起きているのは美容の大敵なんじゃないの? シェリスはよくそう言っているよ?」


 それほど遅すぎる時間というわけではなかったけれど、シャイナは女の子だし、そういう事には気を遣うのではないかなと思っている。

 もちろん、シャイナの同行を断る理由づけではない。


「そうですね。そうなったら、ユーグリッド様に責任を取っていただきましょうか」


「えっ?」


「私がこんな夜中に起きている羽目になっているのはユーグリッド様のせいですから」


 いや、もちろん、責任は取るつもりだけれど、それって、どういう意味で――

 焦る僕を横目に、シャイナはやわらかな笑みを浮かべていた。


「冗談ですよ」


「なんだ、冗談か……」


 嬉しかったような、残念だったような、とりあえず、ため息をつきたくなる気持ちだった。


「ええ、冗談です」


 一応、後から言い訳が出来るように、夜警の騎士の方にはひと言声をかけてから、門を開くと大きく音が出てしまうので、僕たちは門を飛び越えて、夜の闇の中へと飛び出した。


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