降誕祭
「結局、シャイナ姫を降誕祭に誘うことは出来なかったなあ」
もしかしたら訪ねて来てくれるのではないかと期待して、ギリギリまでお城で待っていたのだけれど、結局シャイナ姫がエルヴィラまで遊びに来てくれることはなかった。
手紙を送ったりもしてみたけれど、返事が送られてきたのはシャイナ姫からではなく、ファラリッサ様からだった。
その手紙には、シャイナ姫もエルヴィラの降誕祭を楽しみにしている様子だとは書かれていたけれど、僕と一緒に行くのは断固として拒否したいということだろうか。
僕の言動に問題があったとはいえ、やはり落ち込む。
「兄様。せっかくのお祭りなのだし、元気を出して。可愛い妹の私がいるじゃない」
アルデンシアから帰って来た当初はかなり沈んでいたシェリスも、元の調子を取り戻していて、今もお祭りを楽しめるようにと、いつものようなドレスではなく、動きやすいように、素朴なブラウスとベスト、スカートを合わせていて、お姫様というよりも普通の女の子のような格好だった。
普段は真っ直ぐに伸ばしている金の髪も、今は結い上げていて、白く細いうなじが覗いている。
「そうだね。はぐれないように、手を離したらいけないよ」
父様と母様にも心配をかけてしまったようで、まあ、多分、見えないところから護衛されてはいるのだろうけれど、見かけ上は僕たち兄妹2人だけでお祭りを楽しめるようにさせてくれていた。
もっとも、仮面をつけていたり、変装していたり、変身の魔法を使っているわけではないので、賑わう人達には僕たちのことはバレバレで。
「シェリス様は可愛いねえ。可愛いうちのお姫様にはサービスだよ」
気前のいい、気さくな、捻り菓子の店を開いている主人からは、おまけにもう1本貰っていた。
「シェリス。1本ずつね」
片方を預かり、はぐれてしまわないように空いている方の手同士をつないで歩いていると、目の前には大勢の人でごった返しになっているというのに、1人の女の子が目に留まった。
年齢はシェリスやシャイナ姫と同じくらい、被っているつばの広い白い帽子の内側からは祭りの明かりに照らされたきらきらと光る銀の髪が覗いている。
前を向いて、僕達には背中を向ける格好でいたために、顔を見ることは出来なかったけれど、ほっそりとした腰つきに、華奢な手や足首。立ち方からは品の良さが伝わってくるため、きっとどこか良いところのお嬢様なのだろう。
あまりこういった場所に慣れてはいないのか、周りをきょろきょろと見回したり、人とぶつかりそうになったり、つまずいてしまいそうになったりしていて、見ているこっちがはらはらさせられる。
両親あるいは友達をはぐれてしまったのか、人混みに圧倒されているような彼女は、どう進んだらいいのか、どこへ行ったらよいのか、迷っている様子だった。
「お連れの方とはぐれてしまったのですか、お姫様」
女の子は皆お姫様ですよと教わっている。
たとえ、初対面であろうとも、紳士的に声をかけたつもりだったけれど。
「––っ!」
正面から見つめ合うと、色付きの大きな眼鏡の向こう側から、彼女の宝石のように綺麗な瞳が大きく見開かれた。
その拍子に、少しずれてしまった眼鏡を、後ろを向いた彼女は慌てた様子でかけ直していた。
「あなた––」
「初めてお目にかかります、殿下。では、私はこれで」
振り向いた女の子は、僕の言葉を遮ると、シェリスが社交の場で見せるような、それよりももっと完璧に造った笑顔を浮かべて、さらりと僕の誘いを断ると、再び前を向いて人混みを進もうとしていたけれど、やはりうまく進めずに立ち往生していた。
「よろしければ、私がご案内いたしましょうか、お嬢さん」
彼女がそうしたいというのであれば僕もそれに倣おうと思って、シェリスの方を確認すると、少し頬を膨らませていたけれど、どうやら反対するつもりはないらしい。
「結構です。あなたはどうぞ妹さんと––きゃっ」
言った傍から歩いている人とぶつかりそうになってよろめいている。
たとえ誰であろうとも、こんな状況の子を放って置くことは出来ない。
「あなたは助けなど必要ないかもしれませんが、どうか私にもあなたのような可愛らしい方をエスコートさせていただく機会をくださいませんか?」
微笑んで膝をついて手を差し出すと、「そこまでおっしゃるのならば仕方ありませんね」と、若干頬を染めながら僕の手をとってくれた。
「お名前を伺っても?」
「‥‥‥リーチェです」
そっぽを向きながらそう答える彼女の様子に、思わず笑ってしまいそうになったけれど、ここで笑ったら何と言われるか分かったものじゃない。
「どうかしましたか?」
リーチェは僕をじっと見上げていたのだけれど、僕が顔を向けると、さっと帽子を深くかぶり直してしまった。
「大丈夫です‥‥‥気づかれたりはしないはずですから落ち着きましょう」
僕は何も言っていないけれど、リーチェは、何でもありませんと深呼吸をしていた。
「大丈夫? 私はシェリスよ。よろしくね、リーチェ」
気づいていないのか、それとも気づいていてそう振舞っているのか、シェリスはどうやら、警戒よりも心配する気持ちの方が勝ったらしく、いつもと変わらない口調で手を差し出していた。
「‥‥‥よろしくお願いします」
リーチェも、少し眉を顰めながらも、その手をとった。




