ハチミツください①
ファンタジーでよくあるハチミツについてまとめて見ました。雑学として活用していただけたら幸いです。※まだ食べられません。
「テーマを絞りましょう。ファンタジーの定番、回復効果のある料理はいかがでしょうか?」
一人先走って、意味不明な個人レッスンを申し込んだ俺に、相手方からメールが届いた。
冷静に考えればその通りである。いきなり飯テロメニューを依頼しても、相手だって困るだろう。
3回ほどやりとりをして、某有名ゲームでなくてはならない素材「はちみつ」をテーマにレッスン並びに料理を行うことになった。
とうとう予約した日が来た。基本的に土日は昼まで寝ているのだが今日は違う。鞄に筆記用具とエプロンを入れ、バスに乗り込む。普段乗らない路線に少しワクワクしてしまう。座れたのが良かったのか、あっという間に指定されたバス停に着いた。
バスを降りるとラインで到着を知らせるメッセージを送った。これで迎えに来てくれるはずである。
周辺をキョロキョロと見渡していると、小柄な女性が近づいてくる。白いカットソーと黒いパンツという飾り気のない服装だ。彼女は俺を見つめて微笑みながら話しかけて来た。
「こんにちは、タカシさんですか? お約束していたヒトミです」
ドキドキしてしまった。仕事以外で女性と話をするのは何年ぶりだろう。しかも若い。
「早速、お部屋に案内しますね。すぐそこですのでついて来てください」
彼女はそういうと、目の前のマンションを指差しながら歩き始めた。一定の距離を取りながら彼女の後ろをついていく。
胸元まである髪を白いシュシュで緩やかに一つに束ねている。歩くたびに黒髪の尻尾が揺れる。身長は150センチ程度だろうか。歳は20代から多めに見ても30代前半だろうか。そんなことを考えているとあっという間に玄関の前に到着した。
「どうぞ。狭い部屋ですけど」
促されるまま、スリッパを履き部屋に入る。小さなカウンターキッチンとダイニングテーブル、その中でホワイトボードがひときわ異彩を放っていた。
テキストが乗ったテーブルに座ると、スムーズに紅茶が出された。こなれたおもてなし感に思わず、尻をもぞもぞしてしまう。
「では早速、講座を進めさせていただきます。リアルな小説の参考になるように私なりにお話しさせていただきます。気になる点がありましたら、質問してください。今日のテーマはハチミツということで、ミツバチの生態から確認していきましょう。いきなりですが、ここで質問です。1匹のミツバチが生涯で集める蜜の量はどれくらいだと思いますか? 」
「えっ、うーん」 いきなり質問とかめんどくさいな。ハチなんてあのサイズじゃ頑張っても大した量運べないだろ。だが、売っている量を考えるとそれなりに採れるのだろうか。
「コップ1杯、いや、半分くらいかな」
「残念です。正解は小さじ1杯です」
すくなっ! そりゃダメだ。もっと頑張ってもらわなければ調剤の材料として気軽に使えない。急に高級食材になってしまった。
「では、ハチの生態について話を進めていきますね」
ミツバチの社会と題し、コロニーの構成、女王蜂・働き蜂・オス蜂の生態へと話は進んでいく。ミツバチの一生が卵から羽化まで写真付きで丁寧にまとめられている。だがしかし、テキストに載った写真が気持ち悪い。幼虫に蛹となぜこんなに写真をちりばめる必要があったのだろう。
「というわけで、ミツバチは人間社会と同じように、規則正しい集団生活を営んでおり、「社会性昆虫」と呼ばれています」
「今までの話で、何か気になる点はありますか? 感想でもなんでもいいですよ」
ヒトミ先生は微笑みながら俺に問いかけた。
特にわからない点はないけどさ、なんというかモヤモヤする。
「正直、ミツバチには生まれたくないです」
「……。ですよね」
7〜8年の生涯で一回だけ後尾のために空を飛び、約2億の精子を溜め込むと、毎日2千個の卵を産み続ける女王蜂。
羽化してから一ヶ月、掃除・子守・巣作り・内勤・門番・外勤と死ぬまで働きづめの、ワーカーホリック働き蜂。
ちなみに蜜を採りに行かされるのはババアだそうで。死因は敵に喰われる又は過労死。
毎日定刻になると交尾飛行に出かけるだけのオス蜂は、気楽そうに思えるが秋になると穀潰しとして巣から追い出され餓死確定。
転生してもミツバチにはなるまい。人外転生でもミツバチ設定は使わないぞ。俺は一人固く心に誓った。
「では、ミツバチから得られる自然の恵みについて学んでいきましょう」
黒のマーカーを手に取るとホワイトボードに、①ハチミツ、②ローヤルゼリー、③プロポリス、④ミツロウ、⑤花粉、⑥蜂毒と書き込んで行く。
ハチミツの歴史に始まり、ハチミツの成分等講義が続いていく。一通り話が終わるとヒトミ先生が問いかけて来た。
「ここで気分を変えて、小説の設定に使えるような設定を考えてみましょうか」
「ん? 設定? 」
リアリティのある世界観を書きたいとは伝えていたが。まさか、小説の設定まで一緒に考えてくれるのか。
「せっかく飯テロや生産系の話を書くなら、食材の設定にこだわりませんか? 」
「そ、そうですね」 やばい、俺以上に小説の設定について考えてくれている。ここは俺も本気を出さなくては。
「まず、自然のハチミツが思った以上に貴重なものなことがわかったから、回復薬は限られた人しか買えない高級品にしたほうがいいかな。そうすると主人公は薬師とか社会的地位を持たせるのがいいか」
「もしくは、ハチから採れる蜜の量を増やすのはいかがですか? ハチのサイズを地球のものより何倍か大きなサイズにするとか。危険なハチの魔物を退治すると大量のハチミツが手に入るなんて序盤のバトルには良さげじゃないですか? 」
なるほど、巨大昆虫や怪しい魔物の森は定番だな。ハチミツ入手が初期の山場か。主人公が戦い方を身につける導入部として使えるかもしれない。
「ちなみにハチミツの種類には大きく分けて3種類あります。それは単花蜜と百花蜜、甘露蜜です。ミツバチには美味しい花蜜を見つけると、その蜜を採り終えるまで一種類の花に通うという「訪花の一定性」という習性があります。レンゲやアカシアという花の名前がついたハチミツは見たことがありますか? それが単花蜜です。」
「百花蜜は数種類の花の蜜からなるハチミツ、甘露蜜は花蜜ではなく虫の体液が原料です。アブラムシが針葉樹の樹液を吸って分泌した体液をミツバチが集めるのです。」
「うっ、アブラムシの体液! 」
「ポリフェノールが多くて黒蜜や、カラメルのような風合いですよ。味は渋みや苦味が強く、甘さは控えめです。ちょっと抵抗があるかもしれませんが、他の虫から分泌された成分がミツバチによって栄養豊富なハチミツになる。特殊なお薬の原料としてアリだと思うのですが」
確かに。調剤やポーション無双系の話はあるが、ここまでハチミツに凝った設定はない。花により効能がちょっと変わるとか、他の魔物の体液を加えると効果が高まるとか。やりようによっては色々とバリエーションが増やせるかもしれない。
よしっ、ここは腕の見せ所だ。家に帰ったら早速構想を練るぞ。
「ハチミツは花によって色や味が異なります。糖分補給も兼ねて、ハチミツのテイスティングをして見ましょう」
そういうと、ヒトミ先生は紙コップに入った3種類のハチミツをテーブルに並べ始めた。
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