屍人の行進
10年前の『大災害』のウイルスによって感染した死体たち、『屍人』たちが感染網を広げていった現代日本の旧首都「東京」。大阪に置かれた暫定政府のもとで東京及び周辺都市圏は一時的封鎖に置かれ、その地に残された人々はまだ屍人の居ない若しくは駆逐された場所に「砦」を作り上げ、屍人に怯えながらもそれの侵攻に備えて生活をしていた。
その中でも「第一避難指示地域」、かつての新宿は屍人の発生源の一つでもあったために多くの人々が屍人へと変化し、街はかつてないほどの混乱と大惨事に見舞われた。生存者が次々と建てた砦もおびただしい数の屍人の侵攻により木端微塵となり、もはや正常に活動している生存者の砦は確認できるだけでは「新宿第13生存者区」のみであった。
しかしそこで保たれた安定も今から数か月前ほどに冷淡に崩れてしまった。
「新宿第13生存者区」にて謎のウイルスによって突如として屍人が複数体発生、感染の波は瞬く間に区内全土へと広がり、「新宿第13生存者区」は屍人によって自然解体。暫定政府の国防軍による救助活動が始まるまで一時的な回避・避難手段としてより細い区割りによって生存者は生活することを余儀なくされた。
少女の居た聖女学園高校もその細かく区割りされた避難所の一つであった。少女はそこで屍人たちがいつ襲ってくるのか分からないという恐怖に怯えながらも、逞しく生きようとしていた。名前は「裕子」であった。
「ねぇ・・・・・・裕子」
夜の薄暗い教室の中で親友の聡美が話しかける。
「何?」
「あんまし考えたくないけれども、もしゾンビがさぁ・・・・・・ここまでやってきたとしたら・・・・・・裕子はどうする・・・・・・?」
「何そんな不吉なこと考えてるの!?縁起でもない!」
「でも・・・・・・実際にゾンビはこんな近くまでやってきてるんだよ・・・・・・?何があったとしてもおかしくはないよ・・・・・・?」
「祈るしか・・・・・・ないよ・・・・・・」
「祈る?」
裕子の口から出た言葉に聡美は思わずきょとんとする。
「誰を祈るの?もしかして・・・・・・」
「そう・・・・・・何かあったときは隼人が助けてくれる・・・・・・そう信じるしか・・・・・・いや・・・・・・いまはそれしか手段がないよ・・・・・・」
「あんたまだ高田が好きなの!?『ゾンビを一掃してやる』って言ってこの町から出て国防大学高校に行ったあの死に急ぎ野郎の事をまだ想ってるの?」
「だって・・・・・・!隼人は中学の卒業式の時に約束してくれたんだもん・・・・・・!『裕子に何かあったら絶対に駆け付ける』って・・・・・・!その時にもらった隼人のミサンガまだ大事にとっといてあるのよ!」
「でも高田とは連絡取れてるの?」
そう聡美が言うと裕子は静まり返った。
「メールはしたけど・・・・・・もうあれから一年が経ったわ・・・・・・」
「やっぱり高田は・・・・・・」
「やめて!」
その声は学校全体を響き渡らせるような轟音であった。そんな悲鳴に思わず聡美は
「・・・・・・悪かったわ。」
というしか事を逸らす術は無かった。
裕子と聡美が険悪なムードに陥ってる中で事は唐突に起きた。教室の外から何やら不気味な音が響き渡ってきたのだ。聡美は思わず外を見た。校庭にはいつの間にか数多もの屍人が溢れかえるようにして学校の中へと向かっていった。それは正しく「屍人の侵攻」そのものであった。嘘から出た実のような衝撃を聡美は感じた。聡美は思わず、
「逃げるよ!」
といって裕子の手を引いて校舎の地下へと入っていった。裕子には何が起こったのか全くとしてわかっていなかった。裕子はひどく混乱していた。
「ちょっと待って!逃げるってどういうことよ!一体どうしたの聡美!」
「見て解らないの!?ゾンビたちが襲ってきたのよ!」
「屍人たちが・・・・・・襲ってきた・・・・・・!?何言ってるの聡美!?」
「窓を見てもまだ分からないの!?」
そう言って聡美は窓の方へと指をさした。裕子ははっとして窓のほうに目を向けた。窓の外には大量発生した屍人たちが校庭内をうろつき、次々と一般人や学生を襲っている。そこには有事の際に駆け付ける警察官や軍人の姿はなく、校庭は無法地帯と化していた。
裕子はその光景を見て何も言葉が出ずにいた。そんな中、聡美は恐る恐る裕子の後ろを指さした。
「裕子・・・・・・後ろ・・・・・・!」
裕子は聡美が指し示すその二つの言葉の意味に数秒間理解ができなかった。裕子は何も知らないままに後ろの方を見た。
裕子の後ろには今にも襲い掛かろうとしている屍人がいた。
「裕子!避けて!」
裕子はその聡美の指示に咄嗟に反応して横へと避けた。其れに交差するように聡美が飛び出した。
「聡美!」
裕子がそう叫ぶのもつかの間、聡美はポケットに隠していたナイフを素早く取り出し、屍人の首を切る。
尻餅をついて避けていた裕子はその瞬間をしっかりと目に焼き付けていた。裕子は呆然としていた。
「ほら!早く行くよ!!」
裕子は聡美に言われるがままに腕を掴まれて校舎の地下へと連れていかれた。聡美の足が止まるのは校舎の地下についてからであった。
「・・・・・・もうっ!裕子は鈍感なんだからっ!心臓が止まるかと思ったよ・・・・・・!」
聡美がそう言っている中、裕子は一人涙を流していた。
「どうして・・・・・・!どうしてこんなことになっちゃうの・・・・・・!?どうしてこんな嫌なことが起きちゃうの!?また誰かが死ななきゃいけなくなるの!?そんなの嫌よ!私は大切な人を死なせたくない!もう一人になりたくない!・・・・・・雫みたいな親友をもう失いたくない・・・・・・!」
かつての災害で失った親友の名を挙げて裕子は泣き叫んでいた。そうすると聡美はこう呟く。
「そんな顔で高田と会ったらどうするの・・・・・・?」
「・・・・・・え?」
「そんなグッシャグシャの顔でどうやって高田と目を合わせる気でいるの?」
「・・・・・・だってさっき聡美は『隼人は死んだかもしれない』って・・・・・・」
「そんなことまだ一言も言ってないじゃない。第一『何かあったら高田が助けてくれる』って言ったのはあんたじゃない。そんな顔してたら助けられたときに恥ずかしい思いをするよ?あんたはただでさえ体が弱弱しいんだから気だけはしっかり保ちなさい!そんなんじゃ雫のためにもならないよ!?」
「そうだね・・・・・・私すっかり取り乱していたね・・・・・しっかりしなきゃ・・・・・・」
正気に戻った裕子の声を聞いて聡美はほっと一息をついた。
「ふぅ・・・・・・これで一安心と行きたいところなんだけど・・・・・・」
そう言って聡美は次に地下の倉庫室に指をさして、
「ここから地下の出口に出るためには・・・・・・地下の倉庫から鍵を探さなきゃいけない・・・・・・でも・・・・・・」
聡美はぐっとつばを飲み込んだ。
「私たちは倉庫の鍵を持っていない・・・・・・」
「それはつまり・・・・・・」
「そう、職員室にまで行って鍵を取りに行かなきゃいけないわ。こんな状況の中だけども・・・・・・」
すると一目散に裕子は手を挙げた。
「私が行くわ!」
「ダメよ!」
即座に拒否された。
「何でよ!?このままじゃ私は聡美に頼ってばっかじゃない!そんなのは嫌よ!」
「冷静に考えて!裕子!あんたはゾンビに立ち向かえる武器を持ってるの?」
「鉛筆・・・・・・しかない・・・・・・」
「そんなんじゃダメよ!幸運にも私はナイフを持ってるわ。これならゾンビに立ち向かえるはず・・・」
「でも・・・・・・」
「裕子!?今は誰に頼られたとかだらに頼ったとかを考えてる暇はないのよ!?今は今行ける人が行くべきなのよ!?裕子が言ったら私のためにもならないし、裕子のためにもならないのよ!?」
「・・・・・・わかった・・・・・・今は聡美に任せるよ・・・・・・」
「オーケー。じゃあ行くわね。」
聡美がそう言うと裕子は聡美の袖をつかんだ。
「・・・・・・何?」
「ちゃんと帰ってきてよ・・・・・・?」
「なーに言ってんの!?このサトミ様に任せなさい!」
聡美はそう言って薄暗い地下通路をかけていった。
裕子は一時間弱ほど聡美の帰りを待った。そして聡美は約束通り帰ってきた。しかし、
「どうしたの聡美!?どこもかしこも傷だらけじゃない!?」
聡美は瀕死の状態で帰ってきた。
「ごめん・・・・・・ね・・・・・・ちょっと時間が・・・・・・かかっちゃったけど・・・・・・ちゃんと戻ってきたよ・・・・・・」
「どこがちゃんとなのよ!バカ!」
裕子は半分泣きそうになっていた。屍人に嚙まれた跡が痛々しく映る聡美は裕子に倉庫室の鍵とあるものを渡した。
「なにこれ・・・・・・どういうこと・・・・・・?」
聡美が渡したものはナイフであった。少ししたうちに聡美はこう言った。
「あんたが・・・・・・それで私の首を切るのよ・・・・・・」
その聡美の言葉は裕子にとって残酷であった。
「何で!?・・・・・・何でわざわざこんな状態の聡美にとどめを刺さなきゃならないのよ!?」
裕子は泣きっ面でそう訴えた。
「早く治療をしないと・・・・・・!私のカバンに包帯があったはず・・・・・・!」
「ダメよ!そんなことをしちゃ!」
「なんでよ!なんで死にかけてる聡美を助けちゃいけないのよ!?」
「ゾンビに噛まれた人は最長でも5分しか正気を保てない・・・・・・こうしている間にも私の体にはゾンビのウイルスが拡散してだんだんと私を蝕んでいくわ。そうしていくうちに私はゾンビ化していって裕子を襲うかもしれない・・・・・・!そうならないうちに私が正気を保っている間に裕子が私のとどめを刺すのよ・・・・・・!今私を助けるとしたらそれしか方法はない・・・・・・!」
聡美は洗い息呼吸を整えようとしつつ、こう続けた。
「私には何もないけど・・・・・・あんたには高田がいるのよ?・・・・・・高田のためにもあんただけでもちゃんと生きなくちゃ・・・・・・あと、私事でもあるけど昔高田と喧嘩しちゃったことがあってさ・・・・・・もし高田にあったらよろしくって伝えてよ・・・・・・?」
「でも・・・・・・!」
「早く!時間がない!」
「ッ・・・・・・!」
裕子は上に上げたナイフを下に振り下げた。聡美は安らかに絶命した。
裕子は聡美から受け取った鍵で倉庫室の扉を開け中へと入った。
「また一人になっちゃったよ・・・・・・あはははは・・・・・・」
裕子は狂気のあまり笑おうとしたが涙があふれ出てそれすらもままならなかった。そんな中で裕子ははっとして服についた聡美の返り血を見る。
「聡美のためにも・・・・・・生きなくちゃ・・・・・・」
そう決心した裕子は地下の倉庫の中から出口につながる鍵を探した。しかしどこを探しても、何時間探してもその鍵は見つからなかった。遂に裕子は精魂尽き果てて倒れてしまった。裕子には倉庫のドアから屍人たちのうめき声とドアをたたく音が聞こえてきた。
「ごめん・・・・・・聡美・・・・・・私もう無理だよ・・・・・・私もそっちに行くよ・・・・・・」
遂にドアは決壊した。屍人たちが次々と倉庫へと流れ込んできた。裕子は屍人たちの方に目をやる。そこには多くの群れのようなものを成してこちらへと向かってくる屍人たちがいた。そんな中でもひときわ目立つ存在の者がいた。
それはあの怪物であった。