人を喰う者
それを『人を喰う者』と呼ばずに何と呼べただろうか。しかし、その怪物は目の前の獲物を前にして何もしなかった。少女はそれが一体何なのかはまったくもって解らなかった。
少女を取り巻く状況は絶望極まりない状況であった。上下左右を見ても屍人たちが今にも少女を襲おうとおぞましい眼光を少女に向けてゆっくりと近づいてきていた。彼らと同種である筈のその怪物も少女へと向かって歩いてくるのを少女はその目に焼き付けていた。少女の物語はこの薄暗い校舎の中でもより暗い所に位置する倉庫で終わりを告げる筈であった。
しかし現実は違った。近づいてきた『人を喰う者』である筈であったその怪物はその片手に持ってた腐敗臭溢れる壊れたナイフで次々と周りの屍人たちを切り付けていき、なんとあろうか屍人たちは首を飛ばして倒れていった。その怪物は少しだけよろめいてナイフの扱いは雑というしか他になかった。しかしそれでも怪物は屍人たちを1体ずつ確実に倒していき、この場所でただ一人の「生存者」である少女に近づいてきた。
少女にはそれもまた一つの恐怖として認識するほかなかった。きっとあの怪物は通常の屍人を一発で倒せる人為的な異形種。そう認識するのが少女にとって妥当であった。普通の屍人を襲ったならば次に狙うのは生存者である少女。そう考えても何にも問題はなかった筈なのだ。少女の命が奪われるということ以外は。
しかし、怪物は数奇な行動をとった。怪物は少女の腕を掴んでかむどころかそれを肩に担いでおぼつかない足で数多の屍人たちの中をかけていった。中には生存者である少女にめがけて飛びついてくる屍人もいたが、そのようなものは怪物のおぼつかないナイフ裁きによって切られていった。
怪物とそれに担がれた少女は学園の校舎を出て、外へと駆り出した。数か月前の災害によって町は屍人によって溢れかえっており、どこもかしこも動き回る死体で溢れていた。そんな中を怪物は何の問題もなくかけ走っていた。さっきから逆様になってしか街を眺めていなかった少女はその荒れ果てた景色に無言のままではあるが驚きを隠せずにはいられなかった。
そして怪物は建物の隙間にある彼の住処へと到着し、少女は訳も分からないままに怪物から降ろされた。怪物は訳も分からず混乱している少女にこう発した。
「怪我ハ……無いカ?」
少女ははっとして怪物のほうを見た。怪物は継ぎ接ぎだらけの半屍人だった。