新編9話 最深で待っていたもの
新編第9話です。次話の「真実と誓い」は、新タイトルの【異世界にいったら、能力を1000分の1にされました】に掲載済みです。次の話が気になる方は、ご覧ください。
しばらくすると、トロルは光の粒子となって消え去り、そこには黒光りする石と宝箱が出現した。
「ミカちゃん、今度は宝箱開けてよ。」
すっかり自信を喪失したさくらがミカエルに役目を押し付けようとすが、
「我は、このようなものに興味はない。」
と、にべもなく断られてしまった。
しぶしぶ宝箱に近づき蓋を開け、中を覗き込むさくら。そしてそこには、
「ヨーシ,とうとう『初めての冒険者装備4点セット』コンプリートだぜ・・・・・・・・いるかーーーー!!!」
お約束通りに箱に入っていた『ひのきのぼう』を投げ捨てた。それにしても、見事なノリつっ込みである。さくらは『笑いに』関しては決して手を抜かない子だ。
一人でドタバタしているさくらを尻目に、ミカエルは黒い石を手に取り正体を見定めようと熱心に見ていた。
「これはなかなか面白いものが手に入ったぞ。この石は魔力が結晶化したものだな。そなたの暴走した魔力に晒されて、少々劣化してはおるが、何かに使えるかも知れんからとって置くがよい。」
この世界では一般的には『魔石』と呼ばれている黒い石を元哉に手渡す。
「魔力が結晶化するものなのか?」
元哉は、信じられないといった表情でミカエルから魔石を受け取った。
「この娘も言うていたように、この世界の魔力は粘性が強い故に、何かの拍子でそのように形をとることも有り得るであろう。」
そうなのかと、納得してアイテムボックスに仕舞い込む元哉。
「兄ちゃん、ここで行き止まりみたいだけど、上の部屋みたいになにか仕掛けがあるのかな?」
さくらが言う通り、ガランとした何もない空間が広がっているだけで、囚われている者など見当たらない。
「あのデカイやつがいた辺りから調べてみよう。」
元哉の一言で歩き始める一同。
最も奥に来てはみたものの、特に変わった様子もなく、壁をたたいてもその先に空間が隠されている気配が伺えない。壁や床をくまなく調べても何も見つからないまま、先ほどこのフロアーに降りてきた石造りの階段まで戻ってきてしまった。
階段の一番下の段に腰を下ろして、さくらがゴソゴソしている。
「兄ちゃん、何にも手掛かりがないねー。それより、これどうしようか?」
さくらが自分のリュックにしまっていた『おなべのふた』と『ひのきの棒』を取り出して考え込む。
お前が考え込んでも無駄だろうと、言いかかった元哉だが、自分の真後ろの壁から聞こえた『ゴトッ』という音に振り向く。
そこにあるのは、先ほどまで何もなかった壁の一部が青く発光している光景だった。一体なんだろうと三人で近づいてみると、壁には円形の窪みがあり大きさは、さくらが手にしている『おなべのふた』がちょうどはまり込むようなサイズ。
まさかと思いながら、さくらが窪みに『おなべのふた』をはめ込むと今度は階段を挟んだ反対側の壁が『ゴトッ』と音を立てる。アイテムは貧相そのものだが、仕掛けは本格的らしい。
「兄ちゃん、いよいよ宝探しらしくなってきたね♪」
さっきまで文句を言っていたさくらはテンションが急上昇しているが、目的は宝探しではないことに早く気がついて欲しいものだ。
反対側の壁も同じように光っており、こちらには棒を差し込むような穴が空いていた。先ほど床に投げつけたことなどすっかり忘れた顔で、『ひのきのぼう』を差しし込むさくら。
ブウウーーンという低音と軽い振動がフロアーに響くとともに、トロルがいた奥の場所の天井の一部がゆっくりと降りてくる。
ズーーンと音を立てて床に接地したその物体は、飛行機のタラップのような形状をしており、どうみても隠された空間に訪問者を招き入れる階段だった。
歓迎されるかどうか分からないが、覚悟を決めて頷き合う三人。警戒しながら階段を上っていくと、その先には、半径半径20メートルほどのドーム状の部屋が広がっていた。
部屋の中には、中心に見たことのない生物の石像があり、壁には30センチほどの魔石が8個埋め込まれている。
不用意に石像へ近付こうとしたさくらにミカエルから
「動くな!」
厳しい口調で制止が入る。
「魔力の流れを感じる。我の指示があるまで、その場から動くでない。」
そう言われてしまうと、魔力に対する知識などほとんどない元哉とさくらは従わざるを得ない。
二人がその場で待機の状態に入るのを見届けたミカエルが、石像に向けて手をかざすと、その石像を中心にして半径5メートルばかりの魔法陣が姿を現した。
「ほう、これは・・・」
何かを言葉にしようとしたミカエルだが、解析を優先したのか、何も言わずにじっと魔法陣を見つめている。
「うむ、なるほど、そのような仕組みであったか。」
納得顔のミカエルに元哉が尋ねる。
「何か判ったのか?」
「そなたは誰に尋ねておる。この程度の玩具の様な魔法陣ごときに、我がこれ以上関わりあうほどの物ではない。そなた達に丁寧にも説明してやると、この魔法陣は、何がしかの刑罰のようなもので、石像にされたものの魔力を奪い続ける仕組みである。」
また、上から目線で話を始めたミカエルに、元哉は気になっていることを尋ねた。
「その割には、さっき随分と納得したような顔をしていたが、それにこの怪しげなやつは助け出して大丈夫なのか?」
「我が納得したのは、この神殿に入ってから不審に思うていたことの解が得られ故にな。ああ、この者は暴れたりはせん故、心配することもなかろう。それでは、救い出してやるとするか。ほれ、そなたこの文字に魔力をこめたナイフを突き刺せ。」
ミカエルが指差したその文字は、魔法陣の最も外側にある『Θ』を崩したような字体の一文字だった。
元哉はナイフを引き抜くと、魔力を込めて突き刺す。パチンという音とともに今まで床に広がっていた魔法陣は消え去った。
三人がその石像に近付いていく。遠目では人間のように見えなくもないが、近くから見るとその異形の姿がハッキリと判る。
頭にはねじくれた二本の角、マントを羽織る背中の生地の切り込みから伸びるコウモリの様な翼、マントの下まで伸びている尻尾、石像になってさえ伝わってくる人族から見れば恐怖の象徴のような存在が、そこには不動のまま立っていた。
「ミカちゃん、これってゲームに出てくる魔王のような気がするけど、早くもラスボス戦がはじまちゃうの?」
「さくらよ、なんでも戦いで解決しようとするそのカボチャ頭は何とかならぬのか。とにかく黙って見ているがよい。」
『ぐぬぬーー』と言う顔で何か言いたげなさくらだったが、黙っていろと言われては仕方がない。その横でミカエルは呪文の詠唱を開始している。
「生者は生者に、死者は死者にあるがままの姿を我が前に差し出すがよい。」
ミカエルの手から放たれた銀色の光が石像を包み込むと、たちまち元の姿を取り戻した異形の存在が現れた。
しかし、目も開かないままその場に崩れ落ちかける。危うく転倒しかけたそれを元哉がすんでのところで支えて、あらかじめ用意しておいた毛布の上に横たえた。
「そなた、水に魔力を流して飲ませてやるがよい。そなたの魔力がその者を回復させるであろう。」
言われた通りに水筒の水に魔力を流して少しずつ口に流し込む。意識は戻らないものの、喉がゴクリと鳴り水をうまく飲み込めた気配が伝わってくる。
しばらくすると、うっすらと目が開き、しきりに口を動かして何かを伝えようとしているが、まだ声が出せるほど回復はしていなかった。
「まだ無理をするな、もう一口これを飲め。」
元哉が少しだけ頭を持ち上げて、水を飲ませる。今度は目に見えて回復した様子で、擦れた声を出している。元哉が口元に耳を近付けてみると
「娘を助けてくれ。どうか娘を。」
とか細い声でしきりに訴えている。
「お前の娘を助ければいいんだな。」
元哉の問いかけにかすかにうなずく異形の者。震える手を動かして、部屋の壁の一ヶ所を指差す。今まで石像や魔法陣に気を取られて気がつかなかったが、言われてみればそこの壁は継ぎ目が塗り込められているような不自然さであった。
元哉はそこの壁に近付いてコンコン壁をたたくと、確かに薄い壁がその先の空間を塞いでいるような気配が伝わった。無造作に貫手を放つと簡単に突き抜ける。そのまま開いた穴から土壁をゴリゴリと崩して通路を作ると中に入った。
入ってみるとそこは、同じような造りのドーム型の部屋に人間の姿をした全裸の少女の石像があった。ミカエルが先ほどと同じように魔法陣を解除して、少女を元の姿に戻す。さくらが少女の胸を見て再び『ぐぬぬ』という顔をしていたが、今はそれどころではない。
元哉がアイテムボックスから取り出した狼の毛皮に包んで、少女を抱き上げて手前の部屋に運び込むと、気配を感じた父親が、先ほどよりも力のこもった声で娘の安否を問うてきた。
「心配するな、まだ意識は戻っていないが、お前より元気だ。」
「そうか、心から礼を言う。お主達のおかげで娘を救い出すことができた。感謝する。」
少女にも少量の水を口に含ませて、様子を見ているとうっすらと目を開き意識がハッキリしてきた。だが周囲に自分を見下ろしている人間がいることに警戒と戸惑いを隠せないでいるようだ。
「このお水飲をむと元気が出るよ!」
さくらが木のコップを差し出す。ゆっくりと体を起こしながら、不安そうにコップを手に取る少女。毒なんか入ってないよと繰り返し促されて、恐る恐る一口飲んでみると、強力な魔力が体の中に流れ込んで一気に体力が回復する。
「なんてすごい魔力、こんな水一体どこで手に入れたのですか?」
「そんなものはいくらでも手に入るから、気にしないで大丈夫だよ。それより服を着ないと、兄ちゃんあの服出して。」
普段このようなお世話係は橘が受け持っているが、今はミカエルになっているため人間の些細な世話にかまけることはない。そのかわりにさくらが頑張っているのだが、実は彼女はなかなか面倒見がよくて、特に近所の低学年の小学生たちから『さくらおえねちゃん』と呼ばれて慕われていたりするのである。
元哉がアイテムボックスから出した、宝箱にあった服と靴を出す。ちなみに彼は少女が起き上がったときに、狼の毛皮が肌蹴てしまい色々な所が露わになったので、後ろを向いている。
さくらに手伝ってもらいながら、服を着る少女。胸のボタンが気持ちきつめだったのを見たさくらが、みたび『ぐぬぬ』という顔をしていたが、何のことかさえ気がついていなかった。
「さあ、準備ができたから、お父さんに顔を見せてあげなくちゃ。兄ちゃん手を貸して。」
一人で歩けないこともないが、回復したばかりで転んだりするのが心配なので、元哉が横から支えて少女をまだ起き上がれない父親の元まで連れて行く。
「オンディーヌ、無事であったか。」
「父上、わたくしはこの通り元気です。父上はわたくしの為にご自分の命まで削られて、まことに申し訳ありません。」
「いいや、これでよいのだ。娘を護るのは父として当然のこと、あの時そなたを護り切れなかった無念をようやく晴らすことが出来た。こうして無事なそなたに合間見えることが出来て、わしはもう思い残す事はない。それに、わしがそなたの口から聞きたいのは、侘びの言葉ではないぞ。」
「父上、ありがとうございます。わたくしは、父上に護られたおかげで今ここにこうしております。せめて今しばらくの間、いいえ、少しでも長い間ご一緒にいさせて下さいませ。」
再会した親子は、娘はやせ衰えた父の手を取り、父は満足に力の入らぬ手で娘の頬を撫でながら、互いに涙を流し合っていた。
次回の投稿は、土曜日の予定です。