新編8話 激闘
新編第8話です。次話の「しょぼい最深で待っていたもの」は、新タイトルの【異世界にいったら、能力を1000分の1にされました】に掲載済みです。次の話が気になる方は、ご覧ください。
宝箱のショックからまだ立ち直れないさくらを先頭に、なんとも微妙な空気のまま来た道を引き返し、先ほどの分かれ道まで戻る。
反対方向に進んでいくと、何度か弱い魔物の襲撃はあったものの20分ほどで、下層に降りる階段に着いた。
魔物相手にひと暴れしたことで、ようやく元気を取り戻したさくらが、話し掛けてくる。
「兄ちゃん、なんだか魔物も弱いしお宝もショボイし、期待ハズレって感じだよ。」
「さくら、下に行けば何が出てくるか判らないんだから、ちゃんと警戒しておけよ。」
そのようなやり取りをしながら、階段を下りて第二層で彼らを出迎えたのは・・・・・・大量のゾンビの群れだった。
「ぎゃーー!なにあれ、無理無理無理、絶対に無理ーーー!!!」
ゾンビを見た瞬間橘は、その気持ち悪さに意識を失いそうになったが、何とか踏みとどまり自主的にミカエルに意識を明け渡す。
一旦目を閉じた橘が再び目を開けると、そこにはその銀眼に底知れぬ光をを湛えるミカエルがいた。
「一日に二度も呼び出すとは、なんと忙しない事か。して、その原因はあれか?」
元哉がうなずく。その間にもゾンビたちの群れは、ジリジリと近づいてくる。
「まったくこの娘は根性がないゆえに、もう少し厳しく鍛えるべきではないのか? そなた、最近甘やかしておるだろう。」
元哉としては甘やかしているつもりはないのだが、橘に体力と根性がないのは事実。
ただこの場で天使が根性論を振りかざす状況というのはそもそも有りなのか?などと考えているうちに、痺れを切らしたミカエルが、自らの持つ呪法の詠唱を開始した。
「死して猶、生にすがる浅ましき亡者共よ、このミカエルの名の下に天に召されるがよい。我によりて召喚したる天界の光。清浄なる力によりて大いなる物の下へ。今こそ浅ましき肉体が滅せられるとき、穢れに満ちた衣を捨て去り、天に帰るがよい!」
まるで歌を口ずさむがごとく、朗々とした聖句がその美しい口から流れると、ミカエルの体は銀色の光に包まれ、その光はフロアー全体を遍く照らしていった。
ゾンビ達は、わずかでも光に触れただけで、空気に溶け込むように消え去っていく。
やがて光が収まるとそこには儚く光る無数のホタルのようなものが行き場を求めて宙をユラユラと漂っているだけだった。
「やれやれ、あまりに長い年月を亡者として過ごしたゆえに、天へ上る術すら忘れたか。上じゃ、上を目指して登って行くがよい。」
ミカエルの言葉に反応したひとつの光が、上昇して通路の天井に溶け込むように消えた。それを見ていたのかは分からないが、他の光も次々に追従して瞬く間にすべての光は消え去った。
「うむ、それでよい。これで輪廻の輪に戻れるであろう。」
ミカエルは満足そうにうなずく。
「ほえー・・・ ミカちゃん凄いね。全部いなくなちゃった。」
さくらが感心している。
「その呼び方は止めよと、言うておるであろう。いくらこの娘の姉とはいえ、天使に向かって同級生のような呼び方をするでない。」
確かに天使に対して『ミカちゃん』はどうなのかと思うが、まあさくらの事なので仕方ない。
「今のは魂だったのか?」
「そうじゃ、天に昇っていったところを見たであろう。迷った魂を天に帰すのも我の仕事の内であるからな。」
元哉はミカエルに対する考え方を少しだけ改めようと思った。
「さあ、この先の小部屋以外はもう何もない。さっさと下に降りるぞ。」
ミカエルの言葉通り、このフロアーでは魔物は一匹も見当たらなかった。
小部屋に行ってみるとやはりそこには宝箱が置いてある。
今度こそと意気込んでさくらが開けてみると、そこには何の変哲もない女性用の革のブーツが入っていた。
さくらがどんよりした目で元哉を振り返る。
「兄ちゃん、わたし、しばらく無理みたい・・・・・」
宝箱はともかく、下りの階段はすぐに見つかり、第3層に降りていく一行。
50メートルほど進んでも何も出てくる気配がない。
「兄ちゃん、ここは何にも出ないのかなー?」
「さくら、さっきからお前が何か言うたびに、変なフラグが立っているから気をつけろよ。」
元哉の言葉が終わらないうちに、後方に怪しげな気配。
振り返った元哉の視線の先には、紫色のモヤが固まったような場所から『スケルトンが』現れてくるところだった。
体を捻って、回し蹴りを見舞い、スケルトンの上半身を粉砕する。コロンと乾いた音を立てて頭部が地面に転った。
「ほらみろさくら、だから言わんこっちゃない。お前が一言言うたびに何かしら起きてるぞ。」
「ほほう、兄ちゃん。それはこのさくら様がまるで予言者にでもなったかの物言いですなー。」
お子様体型をこれ以上ないほど踏ん反り返らせて、さくらが偉そうに言う。
「そんな意味で言っているわけではないから安心しろ。ところでミカエル、さっきみたいにこの骸骨たちは浄化できるのか?」
簡単に終わらせる方法があれば、それに越したことは無い。元哉は確認するつもりで、ミカエルに問いかける。
「こやつらは魂を持たず、ただ魔法で通りかかる者を襲うようにプログラミングされたただの骨である。浄化はできないことは無いが効率が悪い。したがって、このような雑魚共は蹴散らしてしまえばよい。」
要するに力づくで押し通れという意味だ。宝箱の件で落ち込んでいたことを、まるで無かったかのように、
「よーし、このさくら様に任せたまえ。」
と、急に元気を取り戻したさくらがしゃしゃり出てくる。
ちょうど前方に10体ほどの『スケルトン』が湧き出てくるのを見て、地面に転がっている頭蓋骨を拾い上げ、きれいなフォームで振りかぶると思いっきり投げつけるさくら。
頭蓋骨の剛速球は、唸りを上げて突き進む。スケルトンの群れに衝突すると、先頭にいた一体が爆散してその破片がが周囲のスケルトン達を次々に破壊した。
「よっしゃーー、ストライク!!」
野球なのかボーリングなのか分からないが、さくらは殊のほか気に入ったようで現れてくる『スケルトン』達を倒しまくっていく。
そして、おなじみの小部屋にある宝箱。もう何も期待しないでさくらが開けると、そこには・・・・・・
『おなべのふた』があった。
しょぼ過ぎて何も言うまいという雰囲気で第4層に降りる一行。
そこには、高い天井と石の柱に囲まれた体育館ほどのがらんとしたフロアーがあるのみ。
だがしかし、50メートルほど離れたもっとも奥で、なにやら巨大な物体がゆっくりと立ち上がろうとしている。
見上げるほどの大きさの一つ目の巨人『トロル』だ。
トロルは咆哮とともに巨大な石斧を振り上げて、一行に襲い掛かかる。
「下がってろ!」
元哉の声で、他の二人がさっと後退する。逆に元哉は前進して二人の逃げ場を確保しながら、真正面からトロルを石斧ごと粉砕しようと掌打を打ち込む。
バシッという音と衝撃が周囲に轟くような、拮抗した剛と剛ののぶつかり合い。
だが、上から打ち下ろした分だけわずかにトロルの力が上回り、さらにそこから4メートル近い巨体を利して、上から押しつぶそうとする圧力を加えていく。
(これはとんでもない馬鹿力だな、真っ向勝負の力比べではどうやら分が悪そうだ。多少変化をつけていくしかないか。)
考えを切り替えた元哉は、左手一本で支えていた石斧に右手も合わせて渾身の力で跳ね返し、その勢いに押されて半歩後退したトロルのがら空きの腹に掌打を打ち込む。
さすがにこれは効いたと見えて、自分の腹を押さえて苦しそうな素振りをするトロル。しかしそれも僅かの時間ことで、再び石斧の攻撃を繰り出し始める。
(どれだけタフに出来ていやがるんだ!こいつはこの世界に来て今まで相手をした連中とは、一味違うようだな。)
トロルの攻撃をかわしながら、隙を探す。
後方にいるさくらからは、
「兄ちゃん、そいつの弱点は目だよー!ゲームの攻略本に書いてあったから間違いないよー。」
と果たして当てにしてよいのか、よくわからないアドバイスが飛ぶが、(届くかバカタレ)と心の中で毒づくのが現状では精一杯だった。
どうやらさくらもミカエルもこの戦いに手を貸すつもりはないようだ。
さすがにちょっとぐらいは手伝ってくれてもいいんじゃないかとも思うが、二人がそれだけ自分を信頼している以上は兄として一人で勝たねばならない。
右に左に石斧をかわしながら、トロルの重心が前掛かりになったのを見て足を払う。僅かに体が前に流れかけたが、トロルは右足一本で踏ん張り、横なぎに石斧を振るった。とっさの反応でギリギリでかわす元哉。
体勢を立て直したトロルが元哉を見て、ニヤリと笑う。
(こいつわざと隙を見せて誘いやがった。)
元哉の中で敵に対する評価が急上昇した。かつて戦った酒天童子に匹敵する実力だ。元哉の攻撃は当たっているものの、ほとんどダメージを与えていない。
(なかなかどうして、やるじゃないか。だがそろそろスタミナのほうが持たないようだな。いや、それすらやつの誘いってこともあるか)
確かにトロルの攻撃は序盤よりも遅くなっているように見えるが、まだその目は死んでいない。振り下ろす一撃に必殺の力がこもっている。
このとき元哉は守勢に回る振りをしてトロルが石斧を握っている右手に攻撃の照準を合わせていた。あとはタイミングを計るだけ。研ぎ澄ました感覚で、トロルが僅かに大きく振りかぶった一撃を右によけるとその肘に向けて下から蹴りを放つ。
「グガーーーー!!」
この戦いで、初めてトロルが苦痛の声を上げて自ら下がり、元哉から距離をとる。
迂闊に踏み込まずに相手の出方を伺っていた元哉は、次の瞬間驚愕の声を上げた。
「何だと・・・・再生している。」
確かに破壊したはずの右肘が、見る見るうちに修復されていく。完全に元通りになった腕で石斧を振り上げて、再びトロルの攻撃が始まる。
(馬鹿力に再生か、とんでもなく厄介だな。これではダメージを与えるのは意味がないし、仕方ないあまり気は進まないが戦い方を替えるしかなさそうだな。)
元哉は腰のナイフを抜いて、魔力を注入する。一瞬でナイフの許容量の限界を超えて流し込んだ魔力が暴走し始める。あっという間に自分の右肘ぐらいまで暴走が広がるが、体中の魔力を総動員して押さえ込む。
暴走が始まっている以上、長期戦は不可能、一撃で決めるしかない。
トロルの攻撃に合わせて、カウンター狙いに方針を改めて、相手がどう動くかを見据える。
「さあ来い。」
全身を駆け巡る激痛は無視して、ひたすらトロルの攻撃を読む元哉。そしてついにそのときはきた。
ここ何回かの攻撃を石斧の軌道の外によけていた元哉に対して、トロルは元哉の動きを予想してやや外側を狙った軌道で石斧を振り下ろしてきた。
この僅かな軌道の変化を読み取った元哉が、瞬時にトロルの懐に飛び込み、その下腹に右手のナイフを突き立てる。
「放出」
頭の中で念じただけで、元哉の右腕で暴走していた魔力が、残らずトロルの体内に流れ込む。
「GARUUUUUUUU ---------- 」
トロルは今までにないほどもがき苦しみだした。
暴走した魔力と再生力のせめぎ合い。しかし、元哉がトロルに注ぎ込んだ魔力のほうが、遥かに多かった。暴走した魔力がその巨体を蝕み、すでにトロルは立っている事さえ出来なくなって、その巨体が音を立てて崩れ落ちていく。
「誇っていい、お前は強かった。」
勝者が敗者にかける言葉として、元哉の中では最大級の賛辞のつもりだ。
元哉は容赦なく敵を殺す。だが強敵との戦いの後で自然に芽生える、相手対する敬意を失わないでいるつもりだ。
もしこの気持ちを失ってしまったら、自分はただの殺戮マシーンになってしまう気がするためである。
倒れこんだままで、弱々しくもがいていたトロルは、やがて全身から血を噴き出してついに息絶えた。
残心を解いた元哉に、さくらとミカエルがかけよってきて、その口から彼にとって思いがけない言葉がとび出す。。
「兄ちゃん、なかなか見応えのある一戦だったよ。でも、わたしだったら動き回って隙を見てあのでっかい目に魔力弾の集中砲火でワンサイドゲームだったよね。」
「あの程度のものにようやく勝つとは、そなたは戦い振りに幅がなさすぎる。我ならば最大級の電撃弾で一撃で仕留ておったぞ。」
「お前ら、台無しだよ・・・・・・」
どうやらこの二人にとっては、男の戦いのロマンなど無用であった。