新編7話 朽ち果てた神殿にて
新編第7話です。次話の「激闘」は、新タイトルの【異世界にいったら、能力を1000分の1にされました】に掲載済みです。次の話が気になる方は、ご覧ください。
オーガキングを倒した後、彼らが出てきた洞穴に入る三人。
「兄ちゃん、何か宝物あるかなー?」
無邪気に期待しているさくらと
「ここ何か変な臭いがするから、早く出たい。」
と主張する橘、キングとさくらの戦いの後、ミカエルは引っ込みいつもの彼女に戻っていた。
一番奥まで入ってみたものの、そこにはいくつかの武器や防具とオーガに襲われた人間が持っていたと思われる十数枚の金貨や銀貨が在るのみで、後は食い散らかされた骨の残骸などが見受けられるだけだった。
期待はずれに肩を落とすさくら。
とりあえず、金目のものは回収していくかということになった。さびた剣などもあり、価値があるのか疑問に思ったが、ためしに橘がクリーンをかけると新品同様の輝きを取り戻した。
広場を埋め尽くしていたオーガの死体は、橘が大規模に地面を陥没させて、一気に埋め戻すことで、見た目は何事もなかったようになっている。
「はなちゃん便利すぎるね。私もこんな魔法使えたらいいのに・・・・」
さくらが羨ましげに言葉をかける。
「神様がこの世界の魔法を丸ごとくれたお陰ね。でもさくらちゃんだってバハムート召喚できるでしょう。」
「あっ、すっかり忘れてた。ためしに今呼んでみようか。」
「ダメに決まっているでしょう。召喚するのはちゃんと用事のあるときだけ!」
殺戮現場の後片付け後の会話にしては、至極ノンビリとした姉妹の会話である。念のため確認しておくが、さくらの方が姉だ。あくまで戸籍上の話であるが。
「おーい、そっちの片付けは終わったかー?」
元哉は、オーガキングをはじめとする原形を留めたオーガの死体を回収して回っていた。すべてアイテムボックスに放り込んである。姉妹がそろってオーケーを出したのを見て元哉は提案した。
「じゃあ、神殿に行って見るか。」
集落跡地に隣接する神殿に向かう三人。しかし、集落が日々オーガたちの生活の営みで踏み固められて、ある程度整地されていたのに対して、隣接する神殿には誰かが入った形跡がまったくない。
緑一色のこの森の中で、かつては威容を誇ったであろうその姿は、かなり昔に打ち捨てられて、造り上げた者たちの記憶から忘れ去られた存在のようだ。
石畳が敷き詰められていた参道も、石の間から様々な植物が伸びており、その草木を掻き分けていかないと前に進めない。
ようやく正面の入り口らしきところに辿り着いてみると、荒れ果てたを通り越して朽ち果てたという印象しか浮かばない。
「元くん、本当にここに入るの?」
かなり及び腰になっている橘が、元哉のシャツの背中を引っ張る。
「俺もここまで酷いものだとは思っていなかったから、なんだか気が進まなくなってきた。さくらはどうだ?」
「兄ちゃんもはなちゃんも、なに眠たい事言ってるの! これこそ冒険、お宝目指して出発だー!」
さくらさん、超アグレッシブモード。下手をするとひとりで突撃し兼ねない勢いだ。その上、人を助け出すはずが、目的がいつの間にかお宝になっている。
「しょうがない、入るか。」
元哉の言葉に
「おおーー!」
「はぁーー・・・・」
まったく正反対の二人の反応だった。
入り口らしきところから10メートルほど石造りの通路を進むと、礼拝所と思しき広い部屋につながっていた。見たところでは、ちょっと小さめの教会とでもいおうか、祭壇や信者が座って祈りをささげたであろう木の椅子などが雑然と置いてある。
部屋中が長い年月の間にたまった埃でひどい有様だったので、橘がクリ-ンの魔法をかけてここで一旦休憩兼昼食の時間にあてる。
さくらのたっての要望で、昨日捕った名前すらわからない鳥の丸焼きを切り分けながら、橘が話を切り出す。
「この神殿ってこの世界の人が造ったもののようだけど、なんか見覚えがあるのよね・・・・。」
「そうなのか、俺は神殿って聞くと神社の拝殿か、ピラミッドの近くににあるやつしか思い浮かばないが。」
食事を取る手を止めて、元哉が答える。
「はなちゃん、そんな細かい事はいいから、昼ごはん終わったらお宝目指して出発だよ!」
この子は完全に目的を見失っているようだ。
昼食後、活動を再開する三人。礼拝室をくまなく探してみるが、特に何も手がかりはなかった。
「兄ちゃん、こういうところはね、祭壇の下とか壁を叩いて音が違うところとかに隠し通路があるんだよ。」
さくらの『昔のゲーム豆知識』が披露される。
元哉は祭壇に手を掛けて動くかどうか調べてみると、わずかにズレる気配が伝わった。
さくらさん大ビンゴ! 『かいしんのいちげき』が炸裂した。
くどいようだが、中学生のとき宿題を忘れてオロオロするさくらにいつもノートを写させてくれたとなりの席の田中陽子さんが言っていたように、さくらはやればできる子である。
元哉が力をこめて祭壇を右にズラしていくと、そこには地下につながる階段がポッカリと穴を開けていた。三人で頷きあい、元哉を先頭に橘、さくらの順で下りていく。
地下に降りてみるとそこは、自然にできたものか人が掘ったものかは分からないが、高さ3メートルほどの洞窟のような通路が先に続いている。先ほどの礼拝堂もそうだったが、太陽の光が入っていないのに通路全体が薄暗い程度の明るさを保っている。
「ここを進んでいくようだな。」
「兄ちゃん、これダンジョンだよ。必ずゲームに出てくるやつ。」
「何だダンジョンって?」
「地下牢とか監獄って言う意味だけど、迷宮みたいなところかしら。」
三人が会話をしているとき、上のほうで重たいものが動くようなズウーンという音が通路に響いた。上のほうを仰ぎ見ると、祭壇が元の位置に戻って階段を塞いでいる。
退路を断たれることは、死に直結する深刻な事態だ。もう覚悟を決めるしかない。前に進めば地上に出る方法が見つかるという可能性に賭けるしかない。
意を決した三人は、さくらを先頭に橘、元哉の順で前に進み始める。しばらく進むと、通路が二手に分かれていた。どちらに進むか迷っているさくらに元哉が指示を出す。
「さくら、左手側の壁に沿って進め。橘、マッピングはまかせた。」
「「了解」」
元哉の指示通りに左に進むと、20メートルほど行った地点でさくらの探知に反応があった。
「兄ちゃん、この先に飛んでる魔物が20。飛び方から見るとコウモリみたいな感じ。」
「私に任せて!」
橘が術式を組み始まる。
(直径は30センチで、2.5メートルの高さを100メートル進む、これでよし)
橘がスッと指を前方に向けると、そこにはバチバチと激しく放電する電気の球が浮かんでいた。耳を澄ますとさらに向こう側から、ギャーギャーと喚くような鳴き声が近づいてくる。魔力を感知した魔物たちが接近を開始したようだ。
「さあ、行ってきなさい。」
橘の声で、高電圧の火花をスパークさせながら前方に動き出す放電球。10秒後にバリバリバリと雷のような音と光を発して消滅した。魔物たちをすべて飲み込んだようだ。
動くものの気配が消えて、前に進んでみると確かにコウモリのような黒焦げの物体が、多数落ちている。
『キラーバッド』と呼ばれている名前だけはカッコいいコウモリの魔物で、E~Fランクぐらいの冒険者が相手にする魔物だった。橘の魔法は完全なオーバーキルで、火を使ったわけではないのに黒焦げで、原形すら判別が難しい。
やり過ぎちゃったという顔でたたずむ橘に元哉が、敵の姿を確認してからでも間に合うから、もっと落ち着いていけと注意を促す。
さらに進んでいくと、犬のような鳴き声が響き、3匹のコボルトが現れた。
「兄ちゃん、犬が立って歩いているよ。コイツらあたしがやっちゃうよー。」
「さくらちゃん、そのワンちゃん達不細工だから、遠慮なくやっていいわよ。」
犬好きの橘から見ると、日本で見られるような可愛い犬たちを冒涜するかのようなその魔物の姿は、確かに不細工だった。
さくらは、正拳、回し蹴り、裏拳の3発でキャンという声とともにコボルトたちを沈めたが、そこにわずかな隙があった。
さくらの脇をすり抜けた4匹目が、橘に向かって飛び掛って来たのだ。元哉が防ごうとしたが、橘の体が壁になっていて、ワンテンポ遅れる。
「キャーー!!」 『キャン』
ヤラれる!!と思って目を閉じた橘が、恐るおそる目を開いてみると、反射的に出した右手のコブシと偶然そこに当たって地面に横たわっているコボルトがいた。
橘は、自他共に認める運動音痴で、腕立てや腹筋は10回が限度という、一般の女子高生以下の身体能力しか持ち合わせていない。魔法以外の方法で魔物を倒したのは、今回が初めてだった。
そんな最弱の橘に一撃で倒されたコボルトを見て、全員が思った。
(こいつら、弱くねーー???)
橘のまぐれ当たりもあって、何とか無事に魔物の襲撃を防いだ一行は、通路の突き当たりにぶつかった。そこは小部屋になっており、3匹のオークが石斧を持って待ち構えている。
「兄ちゃん、今度はブタが立ってるよ。異世界ってすごいね。」
さくらが変なところに感心している。とりあえず倒して来るといって、一人で小部屋に入ったと思ったら、急にスピードを上げてオーク達をからかうように追いかけっこを始める。
「ほら、こっちだこっち、この豚野郎!」
などと挑発を繰り返して、縦横無尽に部屋を駆け回る。さくらは自慢の俊敏性を生かして、オークの分断を図っていた。
さくらの意図に気がつかないオークが、単独でさくらに向かってくると見るや、振り回す石斧をアームガードで弾き飛ばして、ドテッ腹に正拳を一撃見舞う。さくらの正拳を受けたオークは、壁まで吹っ飛びそのまま動かなくなった。
(やっぱりコイツら弱いね。)
敵の戦力の確認が出来たら、後は攻勢に出るだけだ。残る二匹に正面から突っ込んでいく。先ほどと同じように石斧を弾き飛ばして、アッパー・・・・・・は届きそうにないので腹に正拳、残った相手にはわき腹にミドルキックを打ち込んで終わらせた。
「ふっ、またつまらない者を殺してしまった。」
「いいからさくら、さっさと行くぞ。」
変に格好をつけていたさくらに元哉が早く切り上げろと急かす。
「兄ちゃん、待ってよー! おおー、兄ちゃん達大変だ。宝箱発見!!!」
小部屋の隅にいつの間にやら出現した宝箱が鎮座していた。さくらが興奮するのも無理はない。今にも駆け寄って開けようとするさくらを押し留めて、元哉が慎重に宝箱に近づく。
ナイフの先で留め金を外して、開口部にナイフをこじ入れて隙間を作ってから、その隙間に指を掛けて飛び退きながら一気に開いた。
元哉がトラップを警戒して慎重に開けた宝箱は、普通に開いただけで何も罠はなかった。ちょっと恥ずかしい思いの元哉をよそに、さくらが宝箱の中を覗き込んで・・・・・・うな垂れた。
「・・・・・・・・・・・・」
中に入っていたのは、橘が着るには少し大きめ、さくらが着るにはもっと大き目の何の変哲もないベージュ色のシャツと七分丈のズボン、所謂『布の服』だった。