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農業地区のパトロールは、ほとんど遠足!一応銃と軽装備はしてはいるが

2 遠足気分のパトロールと石の儀式


「ねぇ曹長、ちょっといいですかい?」

 先頭を歩いていたロドリゴ一等兵が急に後ろを向いて俺に話しかけてきた。俺の前、つまり3人の真ん中にいるパブロ二等兵も俺に顔を向けた。俺は横列を指示してロドリゴの横に行った。こいつら二人は、分隊としてのチームメイトであり宿舎のルームメイトでもあるから、気心が知れている。

「どうした?」

「どうした、じゃねぇですよ、なんで俺達はこっちに回されたんです?また国家機密だなんて言わないで下さいよ」

 元々俺達は鉱山地区の監視塔に就くシフトになっていた。それがこの農場地区のパトロールに急遽変更になったのだ。ロドリゴが不思議がるのは当然だが、軍において上官の命令は絶対であるし、俺も二人には重要な国家機密であるから説明できないとはぐらかしてきた。

 ここなら誰かに聞かれることもないから、話してやってもいいだろう。

「どうしても知りたいか?」

「えぇ」

「じゃあタバコよこせ」

「えぇ?ちっ、まったくしょうがねぇなぁ」

 ロドリゴが苦笑いしながらタバコを俺に差し出した。俺はパッケージから1本抜いて、軍用ライターで火をつけた。澄んだ空気とともに煙が体中に浸み込んでくる感じだ。ロドリゴも一服したが、新兵のパブロはタバコを吸わない。

「俺もそのうち話そうとは思ってたんだがな。お前らも、明後日偉いさんが来るのは知ってんだろ?」

「もちろんっすよ」

 パブロも頷く。

「国家情報局の局長さんが非公式にお忍びで来るんでしょ」

「そうだ、カチンスキー将軍閣下だ」

「で、その将軍閣下様の非公式訪問のおかげで、俺達のシフトが変更になったってわけですか?」

「その通りだ、ロドリゴ一等兵」

 俺はタバコを足で踏み消した。二人の顔に疑い深い表情が浮かぶ。俺は苦笑いしながら、胸ポケットから自分のタバコを取り出した。

「本来なら、本当に国家機密なんだが、お前らに隠しててもしょうがねえからな」

 そう言って俺はタバコの煙を吐き出した。マジでタバコを吸って落ち着かないと話せない内容だからだ。

「理由はいくつかある。まず第一に鉱山と駐屯地の視察」

「視察?」

「あぁ。ここが軍の刑務所になる前、将軍はこの駐屯地に赴任していたんだとよ」

 そして、その時に俺の親父や輸送軍団のジェル将軍と知り合ったらしい。が、それはとりあえず二人には黙っておいた。

「二つ目に、現在の国際情勢の確認及び把握と情報分析」

 これには二人が素っ頓狂な声を上げた。

「このくそ田舎で???国家情報局のお偉いさんが、ここで何を確認するっていうんです?」

 二人が不思議がるのも当然だ。

「そんなこと俺が知るかよ。鉱山の採掘量が、国家経営にどれだけ影響を及ぼすか、とかそんなんじゃねえのか」

 言ってる俺も嘘っぱちだとは思ったが、俺だって聞かされてないのだから仕方がない。

「三つ目。これが非公式の非公式たるものなんだが、どうやら昔の女に会いに来るらしい」

「昔の女?」

「あぁ」

 それが噂では「お宿」のサラ婆さんというのだからかなわない。アナ兄弟というやつだ。

「そして」

 ここで俺は一旦話を切り、短くなったタバコを吸った。

「四つ目・・・。その将軍閣下様が俺を名指しで面会したいんだとよ」

「め、面会って・・・曹長とですか???」

 これには二人とも絶句した。

「あぁ・・・。だから俺はお前らに話したくなかったんだよ」

「け、けどなんで曹長に面会したいんです?」

「俺は知らねえけど、向こうは俺のことを知ってる。将軍は、ここで俺の親父と知り合ったんだ」

 二人は黙ってしまった。

「どうせ、上司をぶん殴ったダチの息子の顔を拝みにくるんだろうよ。どんな顔してるのか見たいんだろうな」

 数日前、この駐屯地の司令官室に呼ばれた時は、さすがに俺もこいつら同様に絶句し、更に随員のリストを見て息を止めてしまったものだ。そこには、士官学校の同級で同室のバデイだった、ファンポポロス少佐の名前が書かれていたからだ。

 ファンポポロス国家情報局所属陸軍少佐。士官学校卒業後、奴は陸軍特殊作戦コマンド、通称フォースに少尉として任官し、やがて大尉としてその特殊部隊の作戦参謀となった。同期の出世頭として一番最初に少佐になると、少佐のまま国家情報局に引っ張られ、現在は情報参謀や情報分析官をしているという。つまりエリート中のエリートというわけだ。

 クールポポ。あのくそ野郎。

 どちらかというとすぐに熱くなる俺と違って、奴は当時から物事を冷静に判断し、分析する能力に長けていた。そしてあらゆる事態を想定しながら臨機応変に対応するという、まさに特殊部隊員や工作員向きの性格をしていた。が、そのクールガイが、なんで俺と馬が合ったのかは未だに謎だ。

「状況がわかったか?」

「え、えぇ・・・」

 さすがにロドリゴの声が小さい。当たり前だ。俺はまた縦列を指示して先頭に立った。


「お~い、ペドぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 随分先から俺を呼ぶ声がした。俺は苦笑いするしかない。俺を呼び捨てするのはカルロ爺さんしかいないからだ。

 爺さんは御年80歳、生まれも育ちもこのラスパロマスで、元々は鉱山で鉱夫頭をしていた。引退してから奥さんと畑仕事を始めているが、この爺さんも俺の親父のダチだ。しかし、この距離で歩いてくる人間を識別できるというのは相当視力がよくないと不可能だ。まったく、この村の人間は文字通り化け物ばっかだ。

 俺達が近づくと、爺さんは鍬を持つ手を休めた。

「おう、ペド、久しぶりだなぁ、元気にしとったか?」

「おかげさまで。カルロさんは?」

「ハッハッハ、俺は相変わらずよ」

 この豪快さと笑顔が爺さんの取柄だ。

「けど、こんな朝早くから、カルロさんはもう働いてるんです?」

「おぅ。そろそろ大根の種を蒔かにゃならんからな」

 大根と聞いて、俺の腹がグぅぅっと鳴った。カルロ爺さんが育て、奥さんが作る大根の煮つけは、駐屯地の食堂でも提供されているが、まさに絶品で一番の人気メニューだからだ。

「なるほど、もうそんな季節ですか」

「あぁ。ところで、今度カチンスキーのくそガキが来るんだって?」

 まったく、国家情報局の局長をくそガキ呼ばわりできるのはこの爺さんぐらいなもんだろう。爺さんにとって将軍がくそガキなら、俺達なんぞ赤ん坊以下だ。

「えぇ。現状視察とのことですが」

「なぁにが現状視察だ、どうせサラのケツでも拝みに来るんじゃろうが」

 俺達3人は何も言えない。特に俺はそのサラ婆さんを知っているから、尚更黙るしかない。

「ところでペド、お前さんはもう石の儀式を済ませたのかい?」

 石の儀式と聞いて、俺達の顔色が変わった。タマを抜かれる恐怖の儀式だと皆知っているからだ。

「いいえ、まだ・・・そろそろなんですが・・・」

「そうか。でもま、他の二人にゃ関係ねえんだろ?」

「え、ええ」

 どうにも声が小さい。

 石の儀式というのは、この村に1年以上居る者なら、誰もが受けなければならない儀式だ。例外は子供と年寄りだが、新たに来るのは囚人兵と徴兵ぐらいのものだし、徴兵のロドリゴやパブロは1年以内のローテでまた移動するから関係ない。俺には、ほっと安堵の顔をした二人がつくづく羨ましかった。

 この儀式は、まず、村の者数名と鉱山へ行ってエメラルドの原石を採掘する。そして、村に戻ってから、長老立ち合いのもとその原石を心臓の皮膚下に埋め込むのだ。麻酔代わりに、アルコール度の高いアルカ酒を飲んでから手術を受けるのだが、その時ショックで意識を失ったり、逆に暴れたりする者もいるという。タマが抜かれるというのは比喩だが、この儀式を受けた者は皆ふにゃけておとなしくなり、文字通り去勢されたようになるのだ。性格破壊というか人格破壊というか、とにかく恐怖の儀式なのだ。

「ふふ、ペド、そうビビらんでもいいぞ。儀式自体はあっという間に済んじまうからな」

 そう言って爺さんは右の拳を左胸に当てた。それが儀式経験者の挨拶であることは俺も知っている。


 それにしても、確かにロドリゴが言った通り、この辺鄙な村で国際情勢の確認なんぞできるわけがない。そんなものは、情報局のオフィスで充分できることだし、局にはポポのような分析官がうじゃうじゃいる。

 まったく、偉いさんは何考えてんだよ。

 俺は、詰所へ歩く道すがら、ふとそんなことばかり考えていた。

 国際情勢と言われて俺が思いつくのは、北の諸島共和国との関係改善ぐらいだ。互いに小競り合いや密輸に密漁、スパイや工作員の密航なんぞをやっているし、そんなもんは日常茶飯事だ。互いの政府は、関税の低減、貿易の促進、人的交流の増加等を盛んに唱っているが、それがなんとなく嘘っぽく聞こえるのは、俺だけじゃないはずだ。

続く





















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