タマが抜かれるという、陸軍特別刑務所にぶち込まれて
第一部 緑の刑務所
第一章 俺は囚人兵の警備隊員
「これより本裁判の判決を述べる。」
畜生、またこの夢だ。もうわかってるって。
「被告人ペドソアレス中尉は、6月27日の夜半、ガルゴフ陸軍基地における夜間巡回中、兵3名及び基地
副指令による物資横領を目撃、口論の末被害者4名を乱打し重症を負わせた。よって当軍事法廷では、被告人に対し、懲役7年の実刑を処すこととする。」
ま、当然といえば当然だわな。
「尚、追加事項として、国防軍輸送軍団総司令部より被告人に対する減刑嘆願書が提出されており、当法廷ではこれを考慮し、3年間の減刑とし懲役4年とする。ただし刑の執行猶予は付与せず、また被告人の軍における中尉待遇を特務曹長待遇に降格する。以上、これをもって結審とする。」
くそったれ。けど、10年は喰らうと思っていたから、4年に減刑されたのはありがたいし、なによりも軍籍剥奪による不名誉除隊にならなかっただけましか。
それにしても、一兵士の軍事裁判だというのに、軍の高官達が傍聴席に並んでいるのにはおったまげた。
なんせガルゴフ基地の司令官、所属師団の師団長とその副官達、それに輸送軍団総司令部のお偉いさん達まで列席していたからだ。中でも、親父の友人だという総司令部の副部長で、実質的責任者であるジェル将軍がいたのには驚いた。ガキの時から知っているから、どうにもやりにくい。
くそったれ。
小声でつぶやいて立ち上がった俺に、警備兵が二人近づいてきて、俺は両脇を抱えられた。
どうにでもなれ。
「大丈夫かい?」
皺枯れた野太い声がして、俺の胸に手が伸びてきた。
そうだ、俺は「つばめのお宿」で寝てたんだ。俺は、その声と同じくらい皺だらけの手を握り返してやった。
「また悪い夢を見てたんかい?」
「ごめん、起こしちゃったね。」
「いつものことさね。じゃ、あたしゃまた寝かしてもらうよ。」
そう言うと、この皺くちゃの手の持ち主は俺に背を向けた。俺は枕元の小さな電気をつけた。
俺はベッドから起きて服を着ながら、横で寝ているサラ婆さんを見た。
彼女の推定年令は76歳、この「お宿」じゃ最高年齢の{お姉さん」で、主だといってもいい。本人は30歳から歳をとってないとうそぶいている。彼女は、若い頃鉱山の落盤事故で旦那を亡くし、それ以来この「お宿」で暮らしているということだ。
以来数十年。とっくに引退しててもおかしくない歳だというのに、今でも現役で男達の相手をしてくれているのには恐れ入る。天職だよ、と言っているが、根っからの男好きなのかもしれない。
はっきり言っておくが、俺は別にババァが好きというわけじゃない。が、少なくともここには40以上のおばさん達しかいないし、なんといってもサラ婆さんには俺の親父も世話になっていたらしいのだ。
まったく食えねえ婆さんだ。
「つばめのお宿」は、この村に何軒かある未亡人と身寄りのない女性の救済施設で、早い話、売春宿だ。
近年落盤事故は起きてないから、相対的に女性達の年齢層は高くなる。けど、まぁ、こんな軍の刑務所村に男達の欲望を発散できる場所があることは、考え方によってはいいことなのかもしれないが。
俺は、私服の上に軍用の防寒ジャンバーを着ると、窓からうっすらと明るくなってきた外を眺めながらタバコに火をつけた。
結審からちょうど1ヵ月後、俺はこのラスパロマス陸軍特別刑務所に移送され、半年間は刑務所の規定により鉱夫として働いた。そして今は軍務に戻り、警備と訓練の毎日を過ごしている。本来ならば刑期の間はずっと鉱夫として働くところであったのだが、人材不足で警備兵がいないので、こっちに回されたというわけだ。
ラスパロマス陸軍特別刑務所。
人はここを「緑の刑務所」と呼ぶ。ここに入ったらタマ抜かれる、と言われているが、案外住めば都なのだ。
もともとは鉄鉱石やその他の鉱石を産出する鉱山町で、その地理的環境に軍が目をつけ、30年前から刑務所として管理し始めると、軍で犯罪を犯した囚人達を鉱夫として送り込むようになった。
広大な土地で、どっかの地方の田舎町よりもずっと広いのだが、行政的には昔から村を名乗っている。鉱山と軍の刑務所という、二つの顔を持つ村、それがこのラスパロマスなのだ。
この村の北側と西側には、木が一本も生えていない岩肌むき出しの崖がそびえ、二重の有刺鉄線壁とサーチライト、それに軍用犬を連れた24時間のパトロールによって、脱走者を防止している。鉱山と鉱石を運ぶ鉄道施設もここにある。
東側には深い渓谷があって、ここに唯一外界と村をつなぐ鉄道橋兼車両橋がかかっており、それを人は「自由の橋」と呼ぶ。もちろん最重要警備箇所であることはいうまでもない。
村の中央には、メインストリート沿いに役場や学校、商店や市場があり、村で最も人出と活気がある地区となっている。この「つばめのお宿」も、その一角にある。
役場から南に行くと、そこに俺が所属しているラスパロマス陸軍基地と農園地帯がある。
そして村の最南端には深い密林が広がっていて、これが自然の防護壁になっているわけだ。ここには、一応警備兵の詰所があるのだが、簡単な鉄条網しかなく、その気になればいつでも脱走可能なのだ。なぜそんな風になっているのか。まぁ、早い話、新兵達の度胸試しみたいになっているからだ。
我が国では、2年制の徴兵制度が実施されていて、初年度の新兵と2年目の兵士がそれぞれ1年間駐屯している。その中でもやはり初年度の新兵達が脱走を企てるのだが、ほとんどが密林の深さに恐れをなし、すごすごと戻ってくる。戻って来ない奴らは、たいてい森の中で座り込んでたりするので、警備兵の役割はそいつらの保護が最大の仕事だといっていい。俺もこの半年間に、何度か密林のパトロールに出かけたが、湿気や虫、徘徊している動物の気配がものすごくて、毎回閉口してしまった。ある意味、恰好のサバイバル訓練施設だとも言えるだろう。
確かに、囚人兵だけでは人数が足りないから、徴兵で来た兵隊達を駐屯させ、訓練と警備の実践をさせるというのは、悪くないアイデアだ。
が、この南のジャングルに脱走した兵の中には、白くて牛ほどもある巨大な狼に出会ったという奴が何人もいる。複数の目撃者がいることから、そいつが実在するのは事実なのかもしれない。しかし、狼は本来平原で生息している動物だから、密林にいるのが不思議でならない。村の老人達に言わせると、そいつは密林の守り神なのだという。真偽のほどはわからないが、確かにその狼を見た者は妙におだやかになり、性格も変貌してしまうらしい。神に出会って魅せられるというか。タマを抜かれるというか。俺自身はまだ見ていないから何とも言えないが、ひょっとしたら密林に咲く植物の幻覚作用なのかもしれないと思っている。
そんなことを考えながら歩いていると、30分ほどで基地に着いた。これから基地の食堂でしっかり朝飯を食ってからパトロール用の軍服に着替える。今日は農園地帯の巡回からだから、比較的楽とはいえ、やはりこの時期の朝はまだまだ冷え込む。俺は身震いしながら食堂へ向かった。続く