第2話:出会い
予定より、はるかに遅い午後5時に、佐上緋亜は新しく住むマンションに着いた。マンションは、いかにも清楚なイメージがあって、引っ込み思案の彼女には余り合わないと、自分でも言っていたところだが、新しい生活にはもってこいの気がする。
「佐上さんの部屋は1405室でしたよね」
引越し業者の人は、ダンボールを二つ重ねて持ちながら問う。「は、はい……。そうですよ。ありがとう」
14階は、階段で上がるには無理ということで、緋亜はエレベーターのボタンを押した。隣は、さっき問いかけられた、業者の人だ。顔を下に向けた。なんだか、知らない人と一緒にいるのは、感情がむずむずして仕方が無い。そう思っているうちに、エレベーターが一階に来ていた。中には一人乗っている人がいて、緋亜は思わず顔を上げた。一体、どんな人がここに住んでいるんだろう。
降りて来たのは、男性だった。カッコいいスーツ姿に、凛々しい眼差し。ただ、身長は150センチの彼女を追い越すか追い越さないかぐらいだ。
「……こ、んにちは」
詰まってしまった。
「こんにちは」
彼は笑顔で返してさっさとその場を去ってしまう。あの人は私のことをどう思ったんだろう? 悪いイメージじゃなかったかな? 名前は何て言うんだろう……。緋亜は心の中で呟く。そして、エレベーターに乗り込んだ。
緋亜は家についてすぐ、隣の家の人たちに挨拶をしようと思った。業者さんがうまいから、ダンボールが部屋中に散乱していなかったのだ。
部屋は合計で5つある。一人で住むには多すぎるぐらいだろうが、趣味のピアノを置くための防音が装備されている部屋、生活するための部屋、寝室、仕事部屋(使う理由性はほぼないけど)ぐらいに分けられてしまう。
リビングにはもう、テーブルと二つの椅子が並べてあった。リビングの中で、ちゃんとした状態で置いてある家具は、その二つしかなくてなんだか寂しそうな感じがする。
「はいはい。早く帰ってきて、他の家具も出すからね」
彼女は家具に話しかけていた。家具にも、魂があって感情があって、この世界にいる価値がある。緋亜はそうやって昔から思っているのだ。
「じゃあ。行ってきます」
緋亜は部屋から出て行った。そして、隣の1406号室へ向かい、チャイムを鳴らした。『どちら様でしょうか』向こう側から声がすぐにした。
「初めまして。私、1405室に引っ越してきた佐上と申します。良ければお顔だけでもご拝見してもいいでしょうか」
出来る限り丁寧に、そして詰まらない様に。『はい。いいですよ』
この人はいい方だ! 心の中で、叫んだ。
「初めまして。高野美咲です。よろしくね、佐上さん」
玄関が開いた。高野美咲と名乗る女性は、長く帯のような黒髪の似合う人だった。
「こちらこそ。よろしくお願いします!」
緋亜が返事をすると、「では」と言って、美咲はドアを閉じた。
次は、1404室の人だ。軽い足取りで玄関に向かい、チャイムを押した。が、返答が無い。
「留守なのかな……?」
もう一度鳴らして見る。……やっぱり返答が無い。きっと留守なんだろう。でも、どこに行っているんだろう。それとも、会社勤めの人なのだろうか?
「明日の朝、もう一度……」
緋亜はそう考えてから、自分の家に戻った。