坂東蛍子、解答する
単品でも読めますが、「出題する(http://ncode.syosetu.com/n3028cw/)」の後編としての側面もありますので、先にそちらを読んで頂けるとより楽しんでもらえるかなと思います。
地球上にはまだまだ明らかになっていないミステリーが沢山ある。ミステリー・サークルも、ミステリー・トライアングルも、ミステリー・イチゴミルクガナッシュも、ありとあらゆるミステリーは隙あらば身近な雑踏に紛れ込んで息を潜めている。例えばコンビニ脇に置かれた公衆電話が突然鳴り出したとして、その電話の繋がっている先が営業マンなのか霊界の住人なのかは取ってみるまで誰にも分からない。一寸先は謎。それが世界の真理なのである。
「身近なところ」のモデルケースを紹介しよう。東京都千代田区のとある私立高校の二年B組には、実は宇宙人が一人紛れ込んでいる。大城川原クマと偽名を名乗っているそのおさげ髪の少女は、大マゼラン雲に属する赤土の惑星からやってきた地球外生命体で、遺伝子サンプルとして活きの良い若者たちの毛髪を採集し、母船へ送ることを任務としている。
任務遂行の過程で、クマは地球未成人の生態観察も並行して行っている。中でも飛び抜けて存在感を放つのが坂東蛍子という名の地球人だ。実はこの少女、クマだけでなく彼女の所属する部隊全体でも問題視されている。何故ならクマが異星探査道具を学校に設置する度、どういうわけか蛍子がめざとく見つけては破壊してしまうからだ。彼女はまるで日常の所作の一環であるかのように高価な道具をバラバラにする。特に今日などは休み時間ごとに校内を駆け回って破壊活動に勤しんでおり、クマはテレパシーで状況報告を受ける中途で胃が痛くなり保健室で寝込む羽目になった(破壊された道具の費用は基本的に隊員持ちなのである)。
局所的な経済的打撃を受け、本部は先日緊急対策会議を開いた。会議を進めていく過程で、意見は「偶然」派と「意図して此方の戦力を削っている」派、「どちらでも良いが人間一人に軍事力を削られてたまるか」派の三派に収束し、最終的に「たまるか」派の提案で全会一致した。『坂東蛍子の行動を意識的敵対行為と判断し、学校へ暗殺部隊を派遣する』――これが会議の末の結論である。実行は翌明朝、つまり蛍子の命も明朝までということになる。クマは学校も蛍子も好きだったので今回の決定を少し残念に思いながら、お小遣いが貯まっていく未来に目を輝かせた。
ただ、これだけ記し終えた後で述べるのも何なのだが、今回は「身近な謎」がテーマなので宇宙人来襲の話はどうでも良い。申し訳ない。忸怩たる思いである。
それでは話を戻し、本題に入ろう。実はこの坂東蛍子という少女も「身近のところ」の謎を追っている一人なのだ。といっても、彼女の場合は宇宙人の例よりもさらに身近な謎を追っている。何せ友人が出題した謎だ。世の中で最も近い距離にある謎と言っても過言ではない。
『アステヲハナスナ』
これが謎を解いて手に入れた暗号だ。出題文を受け取った蛍子が一日掛けて学校中を周り、色々なものをひっくり返して解き明かした暗号である。これを解くことが出来れば、蛍子は望月嗚呼夜という偽名を名乗る、一年もの間正体を隠し続ける友人の顔を拝める手筈となっている。クマ、嗚呼夜、思えばこの学校は偽名ばかりだ。
紹介し忘れていたが、坂東蛍子はこの物語の主人公だ。友人の秘密を探るような無粋さはないが友人の顔ぐらいは知っておかないと寂しくなってしまう、我儘で純朴な女子高生である。
「アステヲハナスナ・・・単純に変換するなら『明日、手を放すな』だけど。『離すな』とか『話すな』だったりするのかな」
あるいはア(A)を捨て、ヲ(wo)を残せという意味かも知れない。坂東蛍子は暗号に頭を捻りながら夜を明かし、朝家を出た後もまだ呻り続け、道中野良猫に餌をあげ、そのまま状況を打開することなく教室に着いてしまっていた。
「おはよう、坂東さん。今日は全校集会の日だよ」
善良な図書委員の善良な言葉に蛍子が頷く。
「体育館だよね。先に行ってて良いよ」
体育館前は既に長蛇の列だった。何処に隠れていたのか驚愕するほどの高校生達が、校長の長い話をきくために内に眠るマゾヒズムを奮い立たせ収容施設へ行進している。皆朝は辛いのだろう。ベルトコンベアに乗せられた鮭缶のように程良い汁気と塩気に浸りながら、やがて来る積み込みの時を待って各々廊下でアンニュイなポーズをキメていた。
(アステヲハナスナ・・・アステヲ・・・)
「ほ、あー、坂東さん、おはよっす」
隣に並んでいた大城川原クマが蛍子に声を掛けてきた。
(大城川原さんの方から挨拶なんて、珍しいわね)
返事をしながら蛍子はクマを観察し、彼女が嗚呼夜である可能性について見当してみた。今日のクマはいつもと違って、なんだか意味ありげな視線をしている、と蛍子は思った。なんというか、私に何かメッセージを持っているような目だ。何かを待っている目にも見える。
(明日手を放すな、か)
坂東蛍子は暗号の通り、試しにクマの手を握ってみることにした。
「な、なん!なんすか!」
「今日ずっと手を繋いでて良い?」
蛍子はにっこり笑った。老若男女、皆の表情と財布の紐が緩む魔法の笑顔である。
「・・・貴様」
しかしクマは不審げな顔を向ける。そして時間を置かずはたと何かに気づいた様子になり、声のトーンを落とした。
「私を盾にして暗殺隊への反撃を考えているのか」
何言ってんだろう、と蛍子は思った。やっぱり大城川原さんじゃないよなあ。だってこの子、裏表なさそうだもん。名前もキャラも怪しいけど、実は怪しいだけで普通に天然の女の子でしたってオチが透けて見えるわ。
「まあバックに謎の組織があって、その操り人形とかだったら、その意味不明発言も納得いくんだけど」
「・・・・・・」
蛍子は口を手で覆った。ちょっと馴れ馴れしく言い過ぎちゃったかな、とクマの機嫌を窺う。クマは脂汗を浮かべていた。
「・・・この手の意味は」
「んー、こっちが訊きたかったんだけどな」
「ほ、他に何を知っている」とクマが言った。蛍子は促されるままに仮説を答えた。
(昨日解いた暗号にアスってあったから・・・)
「今日が指定の日であることは間違いないと思ってるんだけど」
“作戦は中止だ!”
クマは慌てて蛍子の手を振りほどくと、頭上に手を振り、上空で待機している監視員にジェスチャーサインで指示を送った。必死の形相で口をパクパクさせる。
“本人が決行日を知っているということは我々の情報が筒抜けになっているということだ。このままでは思わぬ不意打ちで大損害が出る。繰り返す、作戦は中止だ!”
「?」
蛍子は突如隣でじたばたし始めたクマに首を傾げていたが、足下で何かが転がる音がしてそちらの方に目を向けた。直後、背後から肩を叩かれ、ほぼ同時に右の掌に誰かの掌が乗った。
「落としましたよ」
「え、あ、どうも」
その手は蛍子の手の中に何かを押し込みながら、するりと去って行った。坂東蛍子は地面から手元に持ち上げていた視線を更に上にしたが、そこにはもう声の主の姿はなかった。人混みに紛れてしまったようだ。少しひんやりした肌の触れあいだけが僅かに残っている。
「落とし物、なんだろ・・・あ」
蛍子は握り込んだ右の拳を開いた。手の中には一口サイズのチョコレートが入っていた。
「あ、あ、あー!」
少女は奇声を上げ、首を振って周囲を見回した後、地面に落ちた不自然なクルミを見つけ、悔しそうにそれを踏んづけた。混雑の鮭缶たちは皆ピンと背筋を伸ばし、才色兼備の優等生の悔恨の喚きに呆気にとられている。蛍子も含め、朝礼前に一同すっかり目が覚めたようだ。実に喜ばしいことである。
「手を放すなって、不意打ちじゃ、しかもすぐ振り向かせないために地面に目を向けさせて、あ、じゃあ、ずっと様子を見られて・・・!」
“か、監視もバレているぞ!今すぐ距離をとれ!”
「うーっ!」
空は高く、夏は近く、少女は今日もチョコレートを頬張る。
【大城川原クマ前回登場回】
レーザービームを撃つ―http://ncode.syosetu.com/n9146cb/
【望月嗚呼夜前回登場回】
出題する―http://ncode.syosetu.com/n3028cw/
次回、星空の下で夢を語る―http://shinchobunko-nex.jp/books/180049.html