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ふたたび

 ある日の酒場。

 ヒムラハムはいつものように隅っこのテーブルで酒を飲んでいた。

 相変わらずの貧乏鍛冶職人である。

 腕が良いからといって、商売上手とは限らない。彼はまさにその類だった。相手の値切りに根負けして、経営は常に赤字状態だった。

 それでもこの酒場の主は、ヒムラハムの事を以前から高く評価していて、金が無くても酒と飯を出してくれた。

 

 ヒムラハムの座るテーブルに誰かが近づいてきた。

 「やあ旦那、調子はどうです?」

 聞き覚えのある声とその顔。

 魔王討伐の話をもってきたあの男だ。

 「お前、どこから湧いて出てきたんだ?」

 ヒムラハムの問いには答えず、男はテーブルに座った。女店員を呼び、二人分の酒と料理を注文する。

 「鍛冶屋の仕事、かなり大変だそうじゃないですか」

 まあな、と返してジョッキの酒を空けるヒムラハム。皿に盛られた炒った豆を口に放り込む。

 男が辺りを見回してから顔を近づけた。

 「ちょっとした儲け話があるんですが、どうです?」

 なに?!

 ヒムラハムは豆をかじるのをやめた。

 「少々大変かもしれませんが、旦那程の腕前なら何とかなると思ってます」

 胸が高鳴る。

 「しかも、今回の報酬は前払い」

 おお~!

 いや、待て。このまま男の口車に乗ってしまって、本当にいいのか?

 「報酬を先払いするなんて、かなり危険度が高いんじゃないのか?」

そう言って、もうひとつ豆を口に入れる。

 男は身を引いて視線をそらした。

 「確かに危険ですが、報酬額はかなりいい。ま、旦那が乗る気じゃないなら、ほかを当たりますがね」

 ちなみに、と男はまた顔を近づけ報酬額を小声で言った。

 一生遊んで暮らせる程ではないが、魅力的な金額だ。

 しかも、無事完遂すればさらに報酬が貰えるらしい。

 これは絶対に危険だ。

 しかし金は欲しい。

 男の顔を見た時から、答えは決まっていたのかもしれない。

 「よし、引き受けた」

 男は満面の笑顔を作った。

 「さすが旦那。そうこなくっちゃ」

 丁度そこへ酒と料理が運ばれてきた。木製のジョッキを持つ二人。

 「では旦那との再会と、旅の安全を願って」

 乾杯!!

 半分程一気に飲んでジョッキを置くヒムラハム。

 「但し、条件がある」

そう言って男の顔を見つめた。


 出発の朝。

 日の出前の大通り。薄暗い石畳の道をヒムラハムは歩いていた。左腰に剣が一本。あとは背中の荷物に二本。男と酒場で会ってから出発までの日数では新しい剣を鍛えることはできず、作り置きで間に合わせた。

 とは言っても、腰の剣は前回の魔王討伐に使ったものだが、背中の二本はここ一番、の自身の最高傑作だった。それを持っていかないといけない程、今回の旅は厳しいものなのだ。


 正門前の広場。

 数頭のラクダと二台の荷馬車。

 酒場で会った男が手を振りながら近づいてきた。

 「やあ、旦那。調子はどうです?」

コイツはいつもこのセリフだな、と思いつつ、まあまあだと答えるヒムラハム。

 「旦那の言われた条件は、全て用意しました。無事に帰ってこられたら、また酒場で乾杯しましょうや」

 ニッコリ笑う男。今だに正体の分からない奴だが、相変わらずどこか憎めないところがある。

 ヒムラハムに気づいた旅のパートナー達が集まってきた。今回の旅で出した条件でもある。

 「兄貴、お久しぶりっす」

背の高い、煙しか出せなかった魔法使い、クンセイ。

 「また兄貴と旅ができるなんて、光栄です」

擦り傷しか治せなかったバン・ソーコ。

 そして、

 「お前から誘ってくれるとは、仕方無いからお前の女になってやるぞ」

弓の名手、パトラ姫。

 「情報収集と交渉はお任せ下さい」

相変わらずクールなネゴ・シエタ。

 この顔ぶれが揃えば、旅は成功したようなものだと感じるヒムラハム。


 男に見送られながら、一行は出発した。

 早速、とても気になっていることを質問した。

 「荷馬車が一台、何か豪華ですが?」

 待ってましたとばかり、パトラ姫が近づいてきた。

 「王宮仕様だ。中はもっと凄いぞ。あたしとお前の寝室だ。覚悟しておけ」

 聞くんじゃなかった。

 後悔するヒムラハム。

 「ではアルカス様、今回の旅の行程ですが・・・・」

 あ、またその名前なのね。

 ヒムラ、いやアルカスの気持ちをよそに、ネゴの話が始まる。

 正門を抜け、広大な砂漠が視界を埋める。日の出が迫り、少しづつ辺りが明るくなっていく。

 砂漠の向こうから何かがやって来る。

 アルカスが手を振った。

 みんなも手を振った。

 あの盗賊たちが手を振り返しながら、旅に合流しようとしていた。




                  了

 

 

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