12 淡恋
「ところでナクロ様、もう翌日の早朝なのですがお城に連絡を取らないとまずいことになりませんか?お体のこともありますし迎えに来ていただくのに、どなたに連絡をすればよろしいでしょうか?」
シェリアが困ったようにナクロに尋ねる。少し小首を傾けてこちらを伺ってくるその姿を見て、かわいいな。と思ってしまったことにナクロは動揺してしまう。
(俺は何を思ってるんだ!)
誤魔化すように咳払いをすると、迎えに来てもらえそうな人物を思い浮かべる。
(やっぱりあいつしかいないか)
「それじゃあ、第三騎士団の副団長イルディス=ヤールに連絡を取ってくれ。あいつならこの状況をごまかしてくれるはずだ」
「イルディス=ヤール様ですか・・・?」
イルディスの名を聞いたとたんに複雑な顔をした兄妹に何か不都合があったかと訝しく思う。
「何か不都合でも?」
「いえ、分かりました。俺もこれから一度戻らなければいけないので丁度いいです」
「仕事か?手間をかけさせてすまないな」
「気にしないでください。行き先は同じですから」
「それどころか、会う人も同じだものね」
会う人も同じ?ナクロが不思議に思っているのを感じたのか、ライルが苦笑すると教えてくれた。
「俺は第3騎士団に所属しているんです」
「しかも今日から副団長様付きの事務官だものね。初日からそれどころじゃなくなりそうだけど」
驚いて唖然としているナクロを見てシェリアは肩をすくめた後、「ほら、行ってらっしゃい」とライルを部屋から追い出した。
「あいつは・・・いや、ライルを俺は見たことがないのだが、いつから入っているんだ?」
「もう2週間になります。ご存知のとおり私は商人ですけど、兄はその才能が全くなくて。行く先々でいつも色々言いくるめられて、ただ同然で品物を売り払ってきてしまうんですよ。その代わりに剣の才に恵まれたのか用心棒などをして身を立てています」
ちょっと困ったように苦笑いした後、「旅の間、私の用心棒にもなりますしちょうどいいと言ったらちょうどいいんでしょうね」とシェリアは言葉をこぼした。
「そうか。最近事務仕事ばかりで鍛錬所に顔を出せていなかったしな。落ち着いたら剣の相手をしてもらおうか」
「ぜひお願いします。きっと兄も喜びます」
ライルは朗らかに笑うシェリアから目が離せなかった。そしていつになく穏やかな気持ちでいる自分に気づく。今までに感じたことのない心の中がじんわりと暖かくなっていくような快い気持ちの中、1つ不満があるとすれば---
「なぁ、シェリア。お願いがあるのだが」
「なんでしょう、殿下?どこか具合が悪くなりましたか?私ったら気が利かないで申し訳ありません。すぐに出て行きますのでイルディス様がいらっしゃるまでゆっくりお休みください」
ナクロが怪我人であることを思い出し、シェリアは急いで出て行こうとした。だが、その手をナクロが掴む。シェリアの手は労働者とは思えないほど白く滑らかで、かすかにひんやりとした細い指に自分の指を絡めたくなる衝動をなんとか抑える。
「殿下・・・?」
一瞬ぼんやりしていたのだろう、シェリアの訝しげな声にはっと我に返るとナクロは掴んだ手をゆっくりと引っ張った。抵抗もせずシェリアは引き寄せられるとベッドサイドに膝をつき下から覗き込むようにナクロを見た。その視線から心配しているであろうことがありありと感じられる。
だがそれよりも下から見上げるシェリアにナクロの意識は釘付けになっていた。
「・・・もう少しここにいてくれないか?」
視線を外せないままかけた言葉は自分でも驚くほど不安げな響きを持っていた。魔獣に対して不安になっていたわけではない。自分の望みに対してシェリアがどう反応するのか分からず不安になったのだった。
「・・・わかりました」
躊躇ったのも一瞬のことで、シェリアはにこりと笑うと手を繋いだままベッドサイドに椅子を引き寄せると、ストンと座った。
「では、イルディス様がいらっしゃるまでお話を一ついたしましょうか」




