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8.新しい光

8.新しい光


 新しい事務所は小ぢんまりとしてはいるものの、なかなか機能的だった。引っ越すに当たり無駄なものはすべて廃棄した。社長室もパーテーションの囲いだけで、ほとんどオープンにした。

 引っ越し後の初日。社長の竹山が社員を集めて抱負を語った。

「みんな揃っているかな…」

 そう言ってみんなの顔ぶれを確認する。

「あれっ?なんだか足りないような…」


 いつも始業時間ぎりぎりに出社していた名取は焦った。朝礼があるというので、今日はいつもより早く来たのに。確かに間に合ったはずだった。事務所さえ間違えていなければ。

「しまった!引っ越したんだ」

 そう。名取は今まで居た事務所に来てしまったのだ。時計を見て時間を確認する。タクシーを使えば何とか間に合うかもしれない。急いでエレベーターに飛び乗った。1階に下りると、ドアが開くのと同時に飛び出した。その瞬間、誰かにぶつかった。

「なんだ、そんなに慌てて」

 井川だった。

「部長もですか!早くいかないと遅刻しちゃいますよ」

「何言ってるんだ?まだ10分前じゃないか…。あっ!」

 どうやら井川も気が付いたようだ。

「今から多久市で行けば間に合うかもしれませんよ。早く!」

 名取は井川を急かした。

「まあ、慌てるな。今から行っても、どうせ竹山のくだらない話を聞くだけだ。」

「そんな、くだらないって…」

 井川は名取を引き留めて、ゆっくりと歩きだした。そして、携帯電話を取り出して今日子に電話した。事務所の電話はまだつながっていないからだ。


 間違えはしなかったのだけれど、いつもと同じ時間に家を出た今日子は必死で歩いていた。最寄りの駅は同じでも、新しい事務所は駅からの距離が遠いのだ。このままだと間に合わない。そこへ携帯電話が鳴りだした。井川からだった。

「あのよー、ちょっと間違えて前の事務所に来たんだ。遅れると言っといてくれ。ちなみにバカがもう一人いるからな」

 今日子は井川の要望を聞き入れることが出来そうにないことを告げた。

「更にバカがもう一人です」


 竹山が話し始めた時、今日子が事務所に入ってきた。

「ほら、やっぱり!」

 今日子は顔を赤くして、みんなが居る端の方にすり寄って行った。

「じゃあ、改めてはじめよう」

 竹山は新体制についての方針と目標を熱弁した。

 今日子は周りを見渡し、井川が来ていないことに気が付いた。そして、名取も居ないことに。もう一人のバカは名取のことだったのかとわかると、つい、笑みがこぼれた。竹山の話が終わると、今日子は井川と名取が遅れることを告げた。

「そんなのは想定内だよ。というより、間違いなくこうなると思っていたよ。予想通りで嬉しいくらいだよ」

 竹山はあっけらかんと言い放った。


10分遅れて名取が事務所に現れた。井川はその後ろから悠々と入ってきた。

「社長の話は終わったのか?」

「はい、たった今」

 今日子が答える。

「ほーら、ちょうどよかっただろう」

井川はそう言って名取の頭を小突いた。

「何がちょうどよかったって?」

 竹山の声がした。名取はギクッとしたが、井川は堂々と席に着いた。名取は自分の席を探しながら、事務所内をうろうろする。土・日は仕事で引っ越しには立ち会えなかったので、荷物だけ運んでおいてもらったのだ。

「井川さん、その席がいいのならいつでも譲るよ」

 給湯室でお茶を入れて戻って来た竹山が井川の前でそう言った。井川が座っていたのは竹山の席だったのだ。

「そうかい?でも、この椅子は座り心地が良くないな」

 そう言うと井川は席を立った。

「俺の席はどこだい?」


 竹山の定めた目標は今の体制においては至極身の丈に合ったものに思えた。先のことは判らないが、心機一転、何とかやっていけるのではないか…。おそらく、今、この場に残った者はみんなそう思ったに違いない。

 名取は自分の席に着いて前を見た。そこには良介が座っていた。

「また、日下部さんの前ですね」

 社長話は聞けなかったが、名取の目にも新しい光が輝いているようだった。






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