4.それから
4.それから
日付が変わる頃、ようやく電車が動き始めた。しかし、井川たちは会社に泊まった。
「俺は応接のソファで寝るからな」
井川はそう言うと応接室に向かった。
他の連中は折りたたみ椅子を並べてベッド代わりにする者も居たが、たいていは自分の席で座って寝た。
名取はどうしても横になりたかったので、床に転がった。床にはタイルカーペットが敷かれているので思ったほど悪い寝心地ではなかった。
翌朝、一番に起きたのは井川だった。井川は寝違えた首の辺りをさすりながら、秋元に近づいた。
「おい、いつまで寝てるんだ!」
秋元は眠たそうな表情で一瞬、井川を見たものの、また机の上に顔を伏せた。
「バカ野郎!」
今度は井川のげんこつが飛んできた。はずみで椅子ごと後ろに下がったところに名取の手が転がっていた。
「痛てーっ!」
椅子のキャスターが名取の指を乗り越えた。名取は飛び起き、寝ぼけ眼で辺りを見回した。
井川はそんな名取には見向きもしないで秋元に命じた。
「いいから、インターネットで電車が動いているか調べろ」
「電車ですか?昨日の夜には動いていたんだから大丈夫でしょう…」
「バーカ、あんなのは臨時電車だ。今、動いているかどうかは判らんだろう」
秋元は目をこすりながら、パソコンを立ち上げた。名取は何が起きたのか解らずに手を押さえてボーっとしている。
交通情報ではJRをはじめ、多くの路線が3割から5割の間引き運転で運行されているということだった。
「これじゃあ、昨日帰れなかった連中で電車は混みますねぇ」
「ほうら見ろ!よし、タクシーを呼んでくれ」
「えっ?タクシーで帰るんですか?」
「そうよ!座って帰りたいからな。それと、禁煙車じゃないやつな」
良介も週末は家で過ごした。テレビでは相変わらず、被災地の映像や福島の原発のニュースばかりが映し出されていた。
そして、月曜日になり会社へ行こうと最寄り駅に向かった。駅の入り口付近は多くの人でごった返していた。間引き運転の影響で、何本かの電車をやり過ごさなければ電車に乗れない状態だった。
良介はすぐに家まで引き返し、自転車で会社に向かうことにした。
会社に着くと、ほとんどの社員が定時になってもたどり着くことが出来ず、開店休業状態だった。
とりあえず、取引先へ一通り連絡を取ってみたが、先方も被害の確認や対応に追われていると見え、仕事どころではないといった感じだった。
良介をはじめ、出社してきた社員は仕事をする気分にもなれず、ただ、テレビのニュースを眺めているだけだった。それでも良介は自転車で来ていたので、近場の顧客を何件か回ってみた。
夕方になると、電車の運行状況が悪くなるため、早々に帰宅するよう社長からのお達しが出た。志田もこの日は会社に来ることが出来なかったため、自宅待機をしていたのだ。
予期せぬ出来事で社長を退くことを公表しそびれていた志田も震災から1か月を過ぎ、ようやく社会も落ち着きを取り戻した頃、竹山を呼んだ。
「なんだかんだで延びてしまったけれど、後は頼むぞ。最初に嫌な仕事をしてもらわなくちゃならん」
志田は後任に竹山を指名した。こうして、親会社から命じられたリストラは竹山が断行することになった。
竹山ははじめに希望退職者を募った。しかし、その時点でリストラの候補は既に決まっていた。自ら名乗り出てくれる者には退職金に特別手当を付けるということでこれまでの労をねぎらう気持ちがあったからだ。
加東をはじめ数名が名乗りを上げた。親会社から転籍するときに満額に近い退職金を既にもらっており、収入がなくなってもさして生活に困るわけでもない。そんな者たちが先に手を挙げた。
しかし、命じられた人数にはまだまだ及ばない。竹山は井川を呼び、リストを見せた。その中には今日子と知美の女子社員二人、若手の青田の名も載っていた。それに管理部長の石山まで。管理部と企画部を切り捨てるようだ。
「どういうことだ?」
「見ての通りですよ。井川さんならお解りかと思いますが」
井川はリストを凝視した。5秒、10秒…。更にしばらく見てから竹山に向き直った。




