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3.先を読め

3.先を読め


 揺れが収まったものの、また余震が来るかもしれないと思うと散らばった書類を片付ける気にもならなかった。井川をはじめ、社内に居た社員たちは席に着いて茫然としていた。

 家族や顧客に連絡を取ろうとしても、携帯電話はおろか、固定電話もつながらない状態で、唯一の情報源はテレビかインターネットだけだった。

 そんなところへ志田が戻ってきた。

「みんな大丈夫か?」

 社員たちは志田の顔を見て、思い出したように志田の無事に安心感を覚えていた。なにしろ、いま、ここに居ない者のことを心配する余裕も時間もなかったのだから。


 その直後、余震が来た。大きい。

「うわー!もう終わりだ」

 名取が叫んだ。

「バカ!」

 井川は名取の腕を引っ張って、書類棚の前から連れ出した。他の者はまた机の下に身を隠した。志田は入り口のドアを開け、部屋の中央へ移動した。


 これもかなり大きな地震だったが、余震はすぐに納まった。

 テレビの画面には東北地方で津波が発生した映像が繰り返し伝えられている。

 秋元がボソッとつぶやいた。

「電車動いているかなあ」

 その一言でほかの社員は「あっ」と顔を見合わせた。電車が動いていなければ、家に帰ることさえできない。しかし、そんな彼らの心配をよそに井川が言った。

「お前ら、今日は泊まりだよ。仕事も止め。今のうちにコンビに行って、食料を買って来い」

 井川のいい加減とも思えるこの提案がその日の夜以降、思いがけない幸運をもたらすことになるとは誰も気が付かなった。



 良介が家に着くと、玄関には下駄箱から放り出された靴が散乱していた。リビングに行くと、娘の里香(りか)と息子の里史(さとし)がテレビにかじりついていた。東北地方を襲った津波の映像が繰り返し流されていた。

 良介はこの時初めてこの地震がもたらした現実を知った。

「えらいことになってるなあ」

 良介に気が付いた里香と聡史は驚いた表情で良介を見た。

「パパ、どうして居るの?」

「たまたま近くに居たから、帰ってきた。他のみんなはどうした?」

「仕事してるよ」

 そういえば、仕事場の方から機械の動く音が聞こえている。

 良介の家は妻の実家で、自営業を営んでいる。メーカーに納める製品のパッケージを作る仕事をしている。

 こんな地震の後も仕事を続けているなんて、大したものだ。良介は苦笑いした。



 その後、小さな余震が何度かあったが、もう安心していいだろう。誰もがそう思った時、ようやく、これからどうすればいいのかということを考え始めた。

 案の定、都内の交通は麻痺している。JRも私鉄も地下鉄も、すべての路線で電車は運行を見合わせている。バスは走っているようだが、道路は大渋滞に陥っている。

 小林商事の社内に残されて連中は、皆、電車で1時間以上かかるところから通勤して来ている。

 石山と浅井はそろそろ電車も動き出すのではないかと、とりあえず、駅へ向かった。帰るのをあきらめたほかの連中は近くの中華料理店へ繰り出した。幸い店は営業していた。

「せっかく食料を買ってきたのに、わざわざ店に来ることはなかったんじゃないですか?」

 名取が井川に聞いた。

「夜中とか、明日の朝に食うもんが無かったら困るだろう」

「また買いに行けばいいじゃないですか」

「じゃあ、お前はさっき買ってきた握り飯でも食ってろ」

「いや、いいです。部長について行きます」

  井川たちが注文を終えて宴会を始める頃、店は急に込み始めてきた。電車が動かないので歩いて帰るサラリーマンやOLたちが夕食を取ろうと押しかけてきたのだ。コンビニでもそういった連中が長蛇の列を作った。道路には歩いてでも家に帰ろうとする人たちがあふれている。駅に向かった石山と浅井も戻ってきた。

「ダメだ。動く気配が全くない。食いもの屋はどこも満員だし、コンビニも弁当やパンは売り切れですよ」

「ほら見ろ!先に買っておいて正解だったろう」

「さすが、部長」

 名取は両手をすり合わせながら井川にぺこりと頭絵汚下げた。

「長い夜になりそうだな」

 そういうと井川は紹興酒をグラスに満たした。




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