1.決意
1.決意
タイムスリップから戻ってきてからというもの、どうも仕事に身が入らない。
世の中不景気のせいで、会社の業績も上がらない。
就任5年。そろそろ潮時かもしれない…。
3月上旬。この日、志田は親会社の業績発表会に出席していた。決算を間近に控え、関連企業4社の代表が一堂に介し、一年間の業績を報告するのだ。
一通りの報告が終わったが、どこの部署も決して褒められたものではなかった。親会社の社長からは来年度に向けて、大幅な経費削減を実施するようお達しが出た。その方法は各々考えて計画書を提出するようにと。
会議が終わると、志田は親会社の社長に呼び止められた。
「志田君、ちょっといいかな…」
志田はなぜ呼び止められたのか見当がついていた。
二人は応接室のソファに差向いで座った。
「半分だ」
社長が告げた。
すなわち、社員を半分にしろということなのだ。
「もう1年だけ、現状維持でいかせてもらえませんか?」
「君の気持は解るが、本社の方も危ないかもしれんのだ。関連会社の赤字を埋め合わせできるほど余裕がないんだよ」
志田はこう言われることを覚悟していた。もし、万に一つでも望みがあるのなら老骨にムチ打ってでも、もう1年頑張ってみようと思っていた。しかし、それは叶わなかった。
「解りました。それでは私は従えません」
そう言うと志田は上着の内ポケットから、用意していた辞表を取り出した。社長は黙ってそれを受け取った。
「後任の人事は既に考えています。彼なら上手くやってくれるでしょう」
井川はこの日、朝から志田に呼び出されていた。
「考えは変わらんのか?」
「もう、疲れたよ」
「上からも言われているのか?」
「この業績じゃあ、仕方ないからな」
長い間、志田と一緒の会社を盛り上げてきた井川は志田の気持ちが解らないではない。しかし、タイムスリップから帰ってきてからの志田には覇気が感じられなくなっていたのも十分に判っていた。
「俺も辞めるかな」
井川がポツリとつぶやいた。
そんなやり取りがあり、井川は志田が本社へ出かけた後もなんだか上の空だった。 何度もたばこを吸いに外階段の踊り場に出た。
そろそろ志田が帰るころだと思い、席を立った。
「まあ、なるようにしかならんわな」
そう呟き、ポケットから煙草を取り出した。
「部長、禁煙ですよ」
名取が腕をクロスさせて『ダメ』という合図をした。
「解ってるよ!もうすぐ社長が帰って来るから、コーヒーでも淹れてやれ」
「えっ!僕がですか?」
「たまにはいいだろう」
むくれる名取を無視して井川は非常口へ向かった。既に煙を吐き出しながら。
失意を抱いたまま、志田は小林商事に戻ってきた。
帰って来る途中もずっと、社員にどう話をしようかと考えていた。こんな時に限って時間が経つのが早い。何も思いつかないまま小林商事の玄関にたどり着いた。
そして、エレベーターに乗り込み、間もなく到着するという時だった。
強烈な揺れが襲ってきた。エレベーターは停止し、照明が消えた。揺れはしばらく続いた。志田は立っていることさえままならず、床にしゃがんで手で頭を覆った。
「なんだこりゃあ!地震なのか?それにしてもデカいぞ。このエレベーター大丈夫なんだろうな…」
確か、以前、立て続けに事故を起こして問題になったメーカーのものではないということは知っていたが。
東日本大震災…。
その瞬間、志田は死を覚悟した。