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真っ直ぐに長い国道の脇に、陽子は車体のドアにもたれながら、眉をひそめていた。

「やってしまった・・・・こんな所で、パンクとは」

もう日が落ち終わる七時頃。

黄昏時の雲は、綺麗に通っていく。

陽子は、同時にこの状況の虚しさと悔しさを感じていた。

「ああ゛っ!!みのさんのミリオネアが観れない〜」

陽子は車にしがみつき、ガクッと頭を垂れた。

もちろん、ビデオ予約はしていない。

陽子のポリシーは、リアルタイムこそがゴールデンの神髄だ!である。

陽子のオレンジ色のノースリーブから、白く細い腕が伸びている。

「観たい・・・・今日は、叶姉妹が出るのにぃ〜!!」

しかし、レッカー車が来るまでは動けない。陽子はお腹を押さえて、溜め息をつく。

「お腹もすいたし・・・・あ、そういえば」

右斜め後ろを肩越しに振り返ると、インドカレー専門店『あらびあ』と言う看板が掲げてある。

どうせ、レッカー車が来るまで一時間はある。

「インドカレーを食べながらのみのさんもおつなもんよね・・・・」陽子は短い髪をかきあげ、携帯と車のキー、そして財布とともにカレー専門店へ足を踏み入れた。

カランッ

店のベルが店内に響く。

お客四人とインド人の顔付きをしたコックがこちらを振り返る。

陽子は颯爽とドア側から二番目のボックス席に座った。

もちろん、カウンターの端にあるテレビが見えるようにだ。

左の窓から見える夕日は、いつになく赤い。

「ご注文は?」

コックは陽子を見ずにお冷やを差し出した。非常に流暢な日本語に、陽子は少し驚いた。

「チキンカレーとライスで。後、テレビのチャンネルをミリオネアにかえてちょうだい」

と陽子が答えると、コックは何も言わずに立ち去った。

お冷やのグラスをぐいっと傾け飲み干すと、テレビにはゲストを睨むみのさんのドアップが映った。

陽子はかじりつくようにテレビを見つめる。

しばらくして、丁度宣伝になり、オーダーした品が運ばれてきた。

陽子はカレーを口にしながら、初めて客の顔を観察した。

陽子とは反対の壁側のボックスにいる二十代後半から三十代前半のカップル。

一重まぶたに青いアイシャドウをのせた女性とあまり冴えない輪郭の四角ばったポロというメーカーシャツを着ている男性の組み合わせだ。

女性の方は、始終煙草を吸っていて、何回もカラーリングしたと思われる髪もプラスされ、いかにも不健康そうだ。

男性の小さな目はオドオドしており、女性のつく悪態にうん、うんと頷くだけだ。優柔不断男の典型だ。

次に目につくのが、カウンターに座り、コーヒーを飲んでいる五十近い男。

新聞を読んでおり、ダボダボのズボンに、白いタンクトップ。

肌は焼けており、肩の筋肉は、土方工事をやっているだろうと思わせる。

最後に、三十代後半の男。

どこかの浮浪者と言っても通用しそうなナリをしている。

この暑いのに、ベージュのコートを着込んでいる。

しかも、半袖・・・・いや、七分袖?左右の長さが違うのである。

黒いスラックスに、またもやベージュのチューリップハット。極めつけは、なんとも言えない無精髭。

陽子はこのなんともいえない状況に苦笑した。

ある意味、特徴のある人間が集まっている。もちろん、陽子も例外ではない。

陽子は都内の女子大生で、軽快な振る舞いとその涼しげな美貌で、いつも周りに人が集まる。

一種のカリスマ性をかね備えた女性だ。

だが本人は一人が好きで、ドライブや旅行、カラオケまで一人で行ったりする。

本当に仲の良い友人も一握りで、その友人さえも彼女の行動には首を傾げるのだ。

陽子がカレーをたいらげ、コーヒーを注文して飲んでいると、みのさんがテレビの中で手をふっている所だった。

カレーが意外と美味しく、夢中になって食べていたおかげで、テレビをみれなかった。

陽子はカレーの皿を睨み、この美味しさを呪った。

アンバランスなカップルの男性がトイレに席を立つ。

右脇に黒の手持ちバックを抱えている。

やはり、この女に荷物を任せられるという信頼はおけないのだろう。

テレビは天気予報へと変わっていた。

明日は曇りだそうだ。

最近、暑い日が続いていたのだから、たまには曇ってもらわなければ、日に焼けまくった陽子の雷が落ちるだろう。

男性が帰ってきてから、煙草の火を消して、女性がトイレに入っていく。

洗面所の鏡を見れば、煙草の吸いすぎで、半分口紅がとれかけていることに気付くだろうと陽子は思った。

そろそろレッカー車がきても良い頃だ。窓の外をみるが、やってくる気配はない。

携帯を取りだし、レッカー車について問い合わせの電話をかける。

陽子の目の端では、女がきちんとした化粧で出てくるのと同時に、土方工事の男性がトイレに入っていった。

あの後に、トイレに行こうかしらと考えながら、呼び出し音を聞く。

男性が出て、ただいま向かっていますが、渋滞にはまったみたいだと告げられた。

陽子は覚悟を決め、コーヒーのおかわりを追加する。

時計は、午後八時三分を示していた。

トイレに向かおうと腰をあげると、コーヒーがやってきた。

陽子は、コーヒーの匂いに刺激され、飲んでからトイレに行こうと、腰をおろした。

コックがトイレのドアに手をかけ、ゆっくりと入った。

陽子がミルクと砂糖一本を混ぜ合わせ、口をつけた。香ばしい匂いが鼻をつく。

ガダンッ

何か落ちたような音とともに、水洗の水が勢いよく流れる音がした。

「あ゛ぁぁっ・・・・!!」

悲鳴だ。

唸るような低い声と共に、店内の空気がはりつめた。

陽子は、コーヒーカップを叩き付けるように置いて、立ち上がった。

が、一番最初にトイレのノブに手をかけたのは、浮浪者じみたあの無精髭男だった。陽子も、男の後に続いた。

最初の扉を開くと、洗面所があった。そこには、何もない。そして、だれもいない。

よく辺りを見回すと、無精髭は男女共同トイレのドアを強くひいた。

中には、眼孔を開き、口からよだれを垂らして倒れているコックの姿があった。

蓋の閉まった洋式便座に上体をのせ、右手は何かを掴むかのように曲げられている。

無精髭男は、倒れているコックの左手首に触れ、首を横に振った。

「死んでる。すぐに、警察に通報してくれ」

無精髭男の視線は陽子でなく、いつの間にかきていたカップルと土方工事の男に注がれていた。

煙草好き女は死体をみて、声にならない悲鳴をあげ、顔を真っ青している。

土方工事の男は眉をひそめ、舌打ちをした。

「なんだ、こりゃ・・・・」

「見て解らんのか、死体だよ」

と、無精髭男がのんびりと答えた。

「それより、警察呼んでくれ。そこのアンタでいい」

指を差された煙草好き女は茫然としていたが、我に返り、携帯をバックから取り出した。

陽子は死体の傍にしゃがみ、胸の前で腕を組んだ。

「自然死、自殺、もしくは・・・・」

「殺人・・・・と言いたいのかな」

その言葉の主に視線をやり、陽子は問いかけた。

「・・・・アンタはどう思う?」

問われた相手は、無精髭をさすりながら、陽子を見つめた。

目つきが、ギター侍に似ている、と陽子は思ったが、その目には何か不思議な輝きがあった。

惹き付けられる何かを秘めた眼差しに、陽子はたじろいだ。

しかし、直感した。

こいつは、犯人じゃない。

もしかしたら、犯人を探し当てることができる人間かもしれない、と。

「さぁな。ただ、言えることは人が一人死んだってことだな」

陽子は頬を膨らまして、そいつを睨んだ。

「アンタは気に入らないけど、その応対は気に入ったわ。名前は?」

無精髭男はチューリップハットを脱ぎ、陽子に演技がかったおじきをした。

「梨ノ木 (なしのきとおる)と申します。以後お見知りおきを、可愛いお嬢さん」

陽子は冗談のような名前に呆れて、天井を見上げた。

「・・・・・先が思い遣られる気がするわ」

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