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◆物語喰らい《テイル・イーター》

地震の端っこを喰らいましたが、僕は無事でした。

世間の動向も少し落ち着いてきたので、明日からの計画停電が開始される前にとりあえずアップ。



 理々川が今日は珍しく、フツーにパソコンに向かっていた。

 『珍しくフツーである』という言葉に逆説(パラドックス)的な響きを感じつつ、何とは無しにディスプレイを覗いてみる。

 どうやらネットのニュースサイト上の記事を熱心に読んでいるらしい。


「あ、おはよ七森君。見てコレ。きのう、都内大手企業で火災、放火の疑いアリだってさ。コレって想骸の仕業かな?」


「想骸は放火なんてしねえだろ。そりゃただの放火魔だ。大方その企業に個人的な恨みでも持った人間の仕業ってトコじゃないか?」


「え……スゴイ! 当たってるよ!『犯行の手口から見て内部事情に詳しい人間の可能性が高い』だって!」


「ふーん」


「まさか七森君には名探偵の素質が!?」


「ねえよ。そんな行く先々で不自然なくらい事件が起こりそうな素質」


 とは言ったものの、実は少しだけ心当たりがあるのが口惜しい。

 昔から、どうも自分は普通の人間が遭わなくてもいいトラブルに妙に巻き込まれ易い体質であるような気がするのだ。

 眼の事といい、この【形而課】で働いている事といい。

 理々川はどうでもいいようなトコロに対してのみ異様にカンが良かったりする。

 というか今思ったが、ひょっとするとコイツもそういったトラブルの立派な一員なのではなかろうか……?


 などと思いつつ、オレは自分のデスクへ向かいパソコンを立ち上げた。


 ◇


 夜。

 街の一角にある公園のベンチに、中年の男が座っていた。

 背広を着たサラリーマン風に見えるが、肩を落とし、俯いたその眼に覇気はない。全身から疲労の色が滲み出ていた。

 やや広い公園に、この男以外のひと気は無かった。

 この時間になるとこの公園を訪れる者など殆ど居ない。


「こんな所でなにやってるんですか?」


 ふいに声を声を掛けられ、中年男は驚いて顔を上げた。

 目の前に、少年が立っていた。

 顔に微かな笑みを浮かべながら、ベンチに座る中年男を見下ろしている。


「なんだお前は。あっちへ行け!」


 不快感を顕にして、中年男は少年を恫喝した。

 中学生くらいの、どちらかというと線の細い少年。

 どういうつもりで話しかけてきたかは知らないが、単純にその容姿からは驚異を感じない。

 その印象が、中年男に強気の態度を取らせていた。


 しかし、少年はその恫喝に少しも怯む様子を見せなかった。

 そして一言、中年男に向かって言った。


「僕、知ってるんだけど。火事の件」


 中年男の顔に、はっとした様な表情が浮かび、次に縋るような、卑屈な表情に変わった。

 少年が何を言っているか、自分の何を知っているか、一瞬で理解したようだった。


「な、なんで――」


「偶然、アンタが放火してる現場を見ちゃってさ」


「う嘘だ! あの時まわりに誰も居なかったはず。確認して……」


「あんなに焦った様子だったのにちゃんと確認なんてできたの? 使ったのは確かペットボトルに入れたガソリンだったよね」


「――!」


 自身の犯行手口を知っている。

 その事が、この少年の言っている事が事実であると中年男に悟らせた。


「実は携帯で動画も撮ってたんだ。なんなら見てみる?」


 そう言いながら、携帯の画面を突きつける。

 そこには、かなり鮮明に、中年男の犯行の様子が映し出されていた。


「な! 何が望みだ! 金か!?」


 先程の強気な態度とは打って変わって、酷く狼狽えた態度だった。


「お金? そんなの要らないよ」


「た頼む! 見逃してくれ! 仕方がなかったんだ!」


 中年男は少年に縋り付かんばかりの勢いで懇願した。


「仕方がなかった? どう仕方がなかったの?」


「聞いてくれ! 悪いのはアイツらなんだよ!」


 覇気の無かった中年男の眼に、怒りと憎しみに満ちた鈍い光が宿っていた。

 沸き上がった感情を破裂させる勢いで、中年男は一気にまくし立て始めた。


「俺は……俺はこの歳まで身を粉にしてあの会社の為に尽くしてきたんだ! 年下の社員に嫌な雑用を押し付けられても、残業せざるを得ない量の仕事を押し付けられても、嫌な顔ひとつせず従ってきた! プライドも捨てて、ストレスも貯めこんで、ずっと会社に忠誠を尽くしてきたんだよ! なのにあいつらは……会社の上役たちは、いとも簡単に俺を捨てやがった!」


「……だから会社に火を付けたの?」


 少年の顔からは、笑みが消えている。


「どうしてもやりきれなかった! だってそうだろう! 俺の長年の忠誠を裏切ったのはアイツらだ! だから何か……何か制裁を与えなきゃ報われん!」


「黙れよ」


 少年は短く吐き捨てた。

 その眼に、氷のような――そう表現するに相応しい程の冷たさが宿っている。


「会社に忠誠を誓った? 身を捧げた? それはアンタがそうしようと決めて、そうしたんだろ? 自ら望んで、(エサ)を与えてくれる相手に嫌われないように尻尾を振ったんだろ? そうやって世間から後ろ指を刺されない様な『人並み』を手に入れたんだろ? それもこれも、アンタがアンタの望むモノを手に入れる為にアンタが選んだ選択肢の結果だ」


「な……なにを……!?」


「甘えた題目掲げて被害者ヅラするなって言ってんだよ、オッサン。尻尾を振った相手が見返りをくれなかったからって喚き散らすなんて、見苦しいよ」


 完全に蔑むような冷徹な視線とは裏腹に、それらの言葉には高温のマグマが沸々と滾っているかの様な、静かな熱が篭っていた。


「ぐ……この……! ガキの分際で! お前に俺の人生の何が分かる!!」


 自分の半分も生きていないであろう少年に言いたい放題に言われて、中年男は激昂し、捲し立てる。


「俺には家庭があるんだよ! もう歳の親の面倒だって見ていかなきゃならない! お前だって親に養われているんだろうが!!」


「そういうのを大義名分に掲げて圧倒的に『正しい』と思ってるトコロが気に入らないんだよ。――放火のコトなんかよりもね」


 放火、という単語を聞いて、この少年が自分の弱みを握っているという事実を思い出す。

 感情のままに昂っていた中年男の顔が一瞬にして再び弱気な表情に戻った。

 どんなに怒鳴り散らしてみたって、その事実が中年男と少年との間に完全な優劣関係を定めている。


 そんな中年男の心中と態度の変化に興味を持った様子も無く、少年は淡々と語り始めた。


「別に僕は放火の事を非難するつもりはないよ。アンタをクビにした会社がどうなろうが僕には関係ないし、知ったことじゃない」


「ほ…本当か!? それならこの事は警察には……」


「僕が許せないのは、アンタのような――自分のアタマでろくに考えもせず【大きな物語】に流されただけの癖に偉そうな顔をしてる人間。そういう人間の存在が、何よりも許せない」


「……? 大きな物語? いったい、何を言って……」


「あんたが今まで生きてきた中で盲信してきたような、『正しい』価値観の事だよ。家庭を持ち、国や会社に忠誠を尽くし、寿命を終える事が『誰もが望む幸せ』だと信仰してる。誰にとっても正しい、誰もが味方してくれる価値観だと信じてる」


「そ……それはそうだろう! 俺だけじゃない! みんな――みんなそうじゃないか!」


 無表情だった少年の顔に、明らかな不快の色が浮かんだ。


「『みんな』って誰だよ。誰の事を指して言ってるんだ? 少なくとも僕はその『みんな』の中に入ってないよな?」


 その声に、苛立ちにも似た微かな怒気が含まれていた。


 一体この少年が何を望んでいるのか、中年男には解らない。

 まるで意思疎通ができないように感じ、ひょっとすると頭がおかしいのではないか――と、そう思い始めていた。

 しかしとにかく、放火の事だけは何としても黙っておいて貰わなくてはならない。


 黙っておいて貰わなくてはならない。


 黙っておいて貰うには――


 黙らせるには――


 ちらりと足元に目をやると、そこにちょうど手のひらに鷲掴みできる程の大きさの石が落ちていた。

 辺りに、少年以外の人間の気配は全く無い。

 焦りと不可解、そして先程の数々の生意気な暴言への怒り――それらが綯い交ぜになって生まれた黒い感情が中年男の内部に首をもたげ始めていた。


「頼む。家には妻と娘が……」


 もう一度懇願し、頭を下げる。


 しかし、少年は黙ったまま、返事をしない。

 先程と同じく、見下した眼で見ているだろう事は、表情を確かめるまでもなく分かった。

 ドコの誰とも知れない子供(ガキ)が。

 自分をクビにした奴らのような眼で。


 中年男の中に張っていた最後の糸は、そこで、切れた。


 頭を下げていた姿勢から更に身体を沈めて、中年男は足元の石を素早く拾う。

 そして振りかぶり、少年の頭めがけて打ち下ろした。


 が――


 打ち下ろした手が、少年の頭に達する前に停止していた。

 受け止められたのだ。

 しかし少年は腕はおろか、目線すら上げておらず、何らモーションを起こした様子はない。

 では一体、中年男の腕を何が受け止めたと言うのか。


 中年男は自身の目を疑った。

 少年の足元から、ゆらゆらと揺れる不気味な影が立ち昇っていた。

 その影の一部が、ある部分から質量を持って存在し、中年男の腕に絡み付いている。


「アンタの望む通り、この件は警察には通報しないよ。その代わり――」


「あ……あ……」


 理解の許容範囲を遥かに越えた状況に、中年男はただただ意味を失った声を上げるしかない。

 その目の前で、不気味な影がゆらゆらと、より一層高く立ち昇る。

 大きくなった影の一部に、がぱり、と大きな穴が開いた。


「――あんたの『物語』を、喰い殺させてもらう」


 中年男は口を絶叫の形に歪ませたが、次の瞬間には少年の足元から現れたそれに飲み込まれ、辺りにその最期の声が響く事はなかった。


◆続く

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