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◆室長

 形而課・執務室。

 ここに来るのは久しぶりだった。

 ドアをノックする。


「第ニ級観測官、七森です」


「入れ」


「失礼します」


 入室を促す女性の声を聞き、俺はドアを開け、室内に入った。

 さして広くもない部屋だが、モニターや来客用の向き合ったソファなど、必要な物は揃っている。

 正面には、執務用のデスク。

 そこには、黒いスーツに身を包んだ20代そこそこといった妙齢の女性が座っている――はずだったが、代わりに何故か小さな少女が座っている。

 俺は眉間に手を当てて目を閉じ、しばし考える。


「……えーと、俺の脳に重篤な記憶損傷が生じて無いのだとすれば、ウチの室長はお子様じゃなかったと記憶しているが」


「目の前に座ってるのが、その室長だよ」


 俺の軽口を軽くいなすようにして少女は答えた。


「そういえばこの姿に乗り換えてからお前に直接会うのは今日が初めてだったな」


 どうやら、間違いなくこの少女が俺達のボス、つまり室長らしい。

 長く黒い髪と、眼鏡の奥に見える鋭い眉と目付き――面影はそのままだったので、まあ察しは付いていたのだが。


「今回はまた――ずいぶんと可愛らしい姿ですね」


「ふん。培養中だった複製体の成長が追いつかなかったらしくてな。今回は10代前半くらいの体に転写する事になった。全く、この年頃の身体は未発達で何かと不便が多いのだがな」


 と、咥えたタバコに火を付けながらいう。なるほど、確かに色々と問題が発生しそうだ。


 室長は その稀有で、かつ強力な特殊能力の行使と引換に肉体と精神の摩耗が高い事から、その能力行使の度に政府の機関で『転生処理』を施される。

 自らのクローン体を作成し、ほぼリアルタイムでバックアップされている本人の記憶を転写する――そういった処置を、もう何度も行っているらしい。

 故に、いま眼の前に座る、まあ美少女と言ってよい容姿の女性の本当の年齢がいくつなのかは俺も知らない。というか空恐ろしいので誰も訊かない。

 俺が知るうちでも、彼女は既に2度、肉体が換わっている。最初に会った頃は30代半ばの女性、次に20代前後の女性、そして今回は10代そこそこの少女の体だ。

 だんだん若返ってゆくのはひょっとすると転生処理担当者の陰謀か何かか? にしても今回のはやり過ぎだろ。


「おい七森、聞いているのか?」


「――と、すみません」


 少し思考が内側へ行き過ぎた。

 そんな俺を、室長はゆっくりと椅子の背もたれに自身の体重を預けつつ眺めた。

 煙草の煙を吐く。


「――最近の調子はどうだ?」


「良くもなく、悪くもなく――ですかね。先週メンテを受けましたが、眼の機能に問題は無さそうです。たぶん、アタマの方も」


 俺をこの形而課に引き入れた張本人でもあるせいか、彼女はいつも何かと俺の身体を気遣ってくれているようだ。

 もっとも、それは形而課の室長としての義務も多分に含まれているだろうが。

 俺から見れば、彼女は超人だ。

 そう頻繁にではないものの、規模の大きい想骸が発生した際には彼女自身が掃討に乗り出す事もあり、それでいてこうして組織のトップとしての職務も問題なくこなしている。

 政府の上の方が彼女の有能さを買って、高額な費用を食う転生処理等、多くの特権を付与している事実にも頷けるというものだ。


「理々川とはどうだ。上手くやっているか?」


「まあ一応。相変わらず馬鹿なせいで苦労させられてますが」


「先日の想骸掃討時の報告書は読んだ。お前の眼が記録していた映像データもな」


「任務中でさえあんな馬鹿やるなんて、流石に想定外でしたよ」


 想骸の攻撃を喰らいそうになった俺を、自身の身体をぶん投げてタックルする事で回避しようとしたあの行動の事だ。

 下手をすれば理々川が俺の代わりに想骸の一撃を喰らっているか、或いはタックルの勢いでふたりとも怪我をしていたか。


 室長は少女の顔に微笑を浮かべている。


「まあそう言うな。あれは中々よくできた娘だぞ。おかしな子ではあるが。件の行動も、お前の身を案じての事だ」


「だとしたら判断ミスですよ。下手すれば俺もアイツもふたりして大怪我してた」


「結果的には二人ともかすり傷程度で済んだろう。もし理々川がああしてなければ、お前一人が想骸の一撃を喰っていたかもしれない」


 と、そこで室長は頭を逸らし、天井に向けて煙草の煙を一際大きく吐き出した。


「死ぬ時は相棒のお前と一緒だと、多分そう思ってるんだよ。あの子は」


「イヤ……ただ何も考えてないだけですよ」


「かもな」


 憮然とした態度の俺に対し、室長は相変わらず歳若い少女の貌に似つかわしくない、闊達な笑みを浮かべている。

 その貌で、改めて俺の眼を見つめた。


「だがな、七森。私に言わせればお前は物事を少し理屈で考え過ぎるきらいがある。お前はいつだって『正しい』選択をする。だが、時として理屈よりも直感がより良い選択を選び取る事も、無いわけじゃない」


「……」


 その言葉に身をつまされる思いがあったというわけでもないのだが、室長その眼に見つめられ、俺はとっさに言葉を返せなかった。


「お前はあの子が自身の身を省みず、犠牲にしてまでお前を守ろうとする事が気に入らないんだろうが、お前ももう少しあの子を信じてやっていいんじゃないか?」


「いや、別に俺はそんな……」


 と返すべき言葉を探したものの、またも見つからなかった。

 まるで母親か先生に窘められた子供のような気分だ。

 見かけがいくら少女になろうが変わらない。

 どうやら俺はこの人には敵わないらしい。


「フ……まあいいさ。今日はこんな話をする為にお前をここに呼んだんじゃあない」


 俺に向けていた目線を落とし、室長は咥えていた煙草をデスクの上の灰皿に載せた。


「第七観測塔が大規模な想骸の発生を捉えた」


「またですか? 最近多いですね、あの辺り」


 先日想骸を想骸した場所も、第7観測塔の監視区域だった。


「ああ、だが今度のヤツは先日のとは規模が違うぞ。今度の想骸は――【哲学者】だ」


「――! 哲学者の想骸が確認されたんですか?」


 驚いた。

 それは、現在までで実在が確認されている想骸の中でも最も危険とされる部類に属する想骸だ。


「そうだ。個体識別名【哲学者リオタール】。かつて【大きな物語の死】と呼ばれる大規模な思想変動(パラダイムシフト)を引き起こそうとした哲学者の強力な想骸だ」


◆続く

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