第23話 ……そういえばなんで本物の武器持ってるんですか?
奥に進むと、スライム遭遇エリアの入口には、看板が立っていた。
「スライム遭遇エリア ★初心者向け★」
その下に、注意書きが小さく書いてある。「お子様は保護者と一緒にお入りください」「討伐棒の貸出は受付まで」「写真撮影OK ストロボはご遠慮ください」。
白波さんが、看板を読んで、ちょっとだけ笑った。
「……ストロボ撮影禁止のダンジョン、初めて見ました」
「観光ルールですからね」
「うん、観光ルールですね」
俺たちは、エリアに足を踏み入れた。
広い、ドーム状の空間。床は石畳。壁にはフェイクの蔦が巻きつけてある。ところどころに観光客の家族連れが立っていて、子供がスライム討伐棒を握って、楽しそうにスライムを叩いている。
ぱしゃ、ぱしゃ。スライムが弾ける音と、子供たちの歓声。
「親子連れで楽しむダンジョン……」
白波さんは、目の前の光景を、しばらく眺めていた。
「私、ホロダイで「観光地化されたダンジョン」のマップを作ろうとしたことがあって、却下されたことがあるんです」
「え、そうなんですか」
「『プレイヤーは冒険感を求めてる、観光地はプレイ体験として弱い』って」
「そうなんですね」
「でも今、本物の観光地を見て、『これは確かに、ゲームとしては弱い』って、わかります」
白波さんは、ふっと笑った。
「でも、本物の観光地は、これはこれで、すごくいい。家族で来られる場所ってのは、それだけで、貴重なんですね」
「はい」
俺は、そう答えながら、リュックから観光客用の棒を取り出した。
棒。木製。プラスチックの先端。コンビニの隣の観光案内所で、五百円で買ったやつだ。
白波さんが、俺の手元を見て、首を傾げた。
「……それ、何ですか」
「観光客用の討伐棒です」
「RENさん、剣、持ってますよね」
「持ってますけど、観光地で振り回したら、たぶん、通路ごと壊しちゃうので」
「……」
「観光ルールに合わせて、こっちで戦います」
白波さんは、俺の棒と、肩の剣を、交互に見た。
『マスター(笑)。今のあなた、観光案内所のバイトみたいですよ』
「うるさい」
「あの、ノアちゃん、何か言ってますか」
「観光案内所のバイトみたいだって」
「ふふ。ノアちゃん、配信通りの口の悪さですね」
「はい、口、悪いです」
『マスター。私の悪口を白波さんに伝達しないでください』
◆ ◆ ◆
タイミングがいいと思い、コラボ配信を、ここで開始した。
ノアが端末を操作して、カメラを起動する。
『三、二、一』
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┃ LIVE ┃
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>【草の民】キタ━━━(゜∀゜)━━━!!
>【攻略ガチ勢】コラボ配信きた!白波つむぎ来てる?
>【holodive_master】あれ、画面に白波さん映ってない?
>【ルカたん】¥3,000「お二人とも、楽しんできてくださいね」
>【ノア推し】ノアちゃん待ってました!
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「こんにちは。今日は、白波つむぎさんとコラボで、新宿のE級観光ダンジョンに来ました」
俺はカメラに向かって、頭を下げた。
白波さんも、ぎこちなく、頭を下げた。
「白波つむぎです、こんにちは。RENさんとのコラボ、すごく緊張してます」
「白波さんは、今日は配信なしで、俺の配信に同行してくれる感じです」
「お邪魔します」
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>【草の民】白波さん緊張してて草 かわヨ
>【攻略ガチ勢】お、白波さんは自分の配信回してないのか。完全にREN側に振り切ったコラボだな
>【holodive_master】観光地のE級ってことで装備軽めだな
>【草の民】ん、白波さんVRゴーグル持ってない?
>【攻略ガチ勢】「リアルマップを再現したMOD」コンセプトだから、VRゴーグル不要なのかも
>【ルカたん】¥1,000「白波さん、無理しないでくださいね」
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
◆ ◆ ◆
最初のスライムが、ぽよん、と現れた。
観光地のE級スライム。直径三十センチくらいの、青い、半透明の球体。攻撃力は低くて、観光客の子供でも棒で叩けば倒せる。
「白波さん、後ろにいてください」
「は、はい」
白波さんが、半歩下がった。
俺は、観光客用の棒で、スライムを軽く叩いた。
ぱしゃ、と弾けて、青い液体になって、地面に消えた。
時間にして、一秒。
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>【草の民】観光客用の棒で倒してて草
>【攻略ガチ勢】RENが棒で倒すの初めて見たw虚空断ち使わないんかw
>【holodive_master】観光地ルールに合わせてる優しいRENすこ
>【ルカたん】¥3,000「優しい」
>【ノア推し】ノアちゃん参戦まだー?
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「白波さん、大丈夫ですか」
「……はい」
「えっと、観光地のE級スライムは、これくらいで倒せます」
「……はい」
「あの、何か、変ですか」
白波さんは、自分の頬に、手を当てていた。
「水滴が、飛んできました」
「あ、すみません。スライムの破片が」
「いえ、いいんです、ただ……これ、本物の水滴なんだなって。重さがあって、温度があって、頬に冷たくて」
「はい」
「ホロダイは、頬に水滴を浴びる感覚はないんです」
「そうなんですね」
「うん。すごい」
白波さんは、自分の頬を触りながら、笑った。
ちょっと、変な笑い方だった。
怖がっているような、感動しているような、混乱しているような、そういう全部混ざった笑顔だった。
◆ ◆ ◆
次のエリアに、観光ルートが続いていた。
「コボルト遭遇エリア ★中級者向け★」
看板の下に、注意書きがあった。「お子様は無理せず、保護者の指示に従ってください」「コボルトは追いかけてくることがあります」「ガイドラインから外れないでください」と。
白波さんが、看板を見て、また少し笑った。
「『コボルトは追いかけてくることがあります』。注意書きが、リアルですね」
「観光ルールですからね」
「ホロダイのコボルトは、追いかけてくる範囲が決まってて、エリアの外には出てこないんです」
「ああ、本物のコボルトは、エリアの外まで追いかけてきます」
「えっ」
「あ、観光地は大丈夫ですよ。観光地のコボルトは、たぶん、ガイドラインから出ないように調整されてるはずです」
「『たぶん』って、結構、不安になる言い方ですね」
「すみません」
◆ ◆ ◆
エリアに入って、十秒くらいで、コボルトが三体現れた。
犬みたいな顔の二足歩行の小型モンスター。身長は俺の腰くらい。手に粗末な棍棒を持っている。観光地のE級コボルトは、攻撃力こそそこそこあるけれど、知能が低くて、フェイントですぐ釣れる。
俺は、観光客用の棒を構えた。
コボルトの一体目が、棍棒を振り上げて、突進してきた。
俺は、半歩横に避けて、棒で軽く首を叩いた。
コボルトが、ふわっと光になって、消えた。
二体目、三体目も、同じパターンで、軽く倒した。
時間にして、五秒。
白波さんは、俺の後ろで、両手を口に当てていた。
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>【草の民】はえええええ
>【攻略ガチ勢】RENの動き、観光地用の難度に合わせて手加減してる感じが見える。プロの所作
>【holodive_master】ホロダイ勢からすると「コボルトに棒で勝てるの?」だが、まあRENだしな
>【ルカたん】¥5,000「白波さん、大丈夫?」
>【ノア推し】ルカたんが白波さんを心配してるの優しい
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「白波さん」
「あ、はい」
「血、ついてないですよね。大丈夫ですか?」
「……」
「血?」
「あ、いえ、コボルトの血が飛んだら、あれだなって思って。観光地のだから、たぶん、消えるはずですけど、」
「……」
白波さんは、口に当てていた両手を、ゆっくり下ろした。
俺の方を、まっすぐ見た。
目に、力が入っていた。
「RENさん」
「はい」
「私、ちょっと、聞いていいですか」
「うん、なんでも」
白波さんは、深呼吸を、一つした。
それから、震える声で、聞いた。
「……なんで、本物の武器、持ってるんですか」
「え」
「いや、虚空断ち、使わないなら、何で持ってきたんですか」
「えっと、念のため、というか」
「念のためにで、本物の剣背負って観光地に来る人、いますか」
「……」
「いや、いないですよね」
「……はい」
「RENさんって、普段、もっと、危ないところに行ってるんですか」
俺は、ノアの方を、ちらっと見た。
ノアは、肩の上で、なんとも言えない顔をしていた。
『マスター。正直に言うのが、たぶん、一番です』
「うん」
俺は、白波さんの目を、見た。
「白波さん」
「はい」
「俺、普段、S級ダンジョンに潜ってます」
「……」
「八十二層まで踏破してます」
「……」
「で、たまに、骨折して帰ってきます」
「……」
「あの、ごめんなさい」
白波さんは、しばらく、俺をじっと見ていた。
俺は、自分が、何か悪いことを言ったような気がしてきた。
┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
>【草の民】コラボ相手のRP濃すぎるwww
>【攻略ガチ勢】RENの「S級ダンジョン八十二層」「骨折して帰る」、コラボでもブレないな
>【holodive_master】白波さんの反応もガチで困惑してて演技派すぎる
>【陰謀論者】演技じゃないぞ
>【草の民】↑出た
>【陰謀論者】黙る
>【ルカたん】¥10,000「RENくん、白波さん、ちゃんと話してくださいね」
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
白波さんは、五秒くらい、黙っていた。
それから、深く息を吐いて、笑った。
「……うん。だと思った」
「え」
「半年分見返したから、たぶんそうだろうなって思ってました」
「……」
「ただ、本人から聞くと、現実感がすごい」
白波さんは、俺の隣に、半歩近づいた。
「RENさん」
「はい」
「私、今日、ここにちゃんと来てよかったです」
「……はい」
「もうちょっと、見せてくださいね。本物のダンジョンを」
俺は、頷いた。
白波さんは、もう震えていなかった。
でも、まだ緊張はしていた。でも、目の中に、混乱だけじゃなくて、好奇心が混じっていた気がした。
◆ ◆ ◆
俺たちは、最後のエリアに向かって歩いた。
「バット遭遇エリア ★上級者向け★」
看板の前に立つと、白波さんが、ふっと首を傾げた。
「あれ……空気、ちょっと、変わりました?」
「え」
「さっきまで、空気が、テーマパークっぽかったんです。明るくて、人工的で。でも、ここから先、なんか、ちょっと湿った感じがする」
「……」
『マスター、白波さんも気づいているみたいです』
ノアの声が、肩の上で、低くなった。
『……魔素濃度、上がってます』
「……どれくらい」
『観光地のE級にしては、かなり高い。普段はこんな数値出ないはずです』
俺は、看板の先を見た。
通路の奥は、暗かった。観光ルートの照明が、まだ点いていない。点いていても、その光を吸い込むような、別の暗さが、奥にある。
空気の中に、ピリッと、しびれるような感覚があった。
俺の体は、こういう空気を、知っている。
S級ダンジョンの深層で、強敵に出くわす直前の空気。
「……白波さん」
「はい」
「ちょっと、後ろに、いてください」
俺の声色が、変わったのが、自分でわかった。
白波さんも、それを察したらしく、ぱっと息を呑んだ。
「……はい」
俺は、観光客用の棒を、リュックに戻した。
代わりに、肩から、虚空断ちの紐を、外した。
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>【草の民】え、なんか空気変わったぞ?
>【攻略ガチ勢】RENが虚空断ち抜いた。観光地で、虚空断ち。本気の構え
>【holodive_master】え、ちょっと待って、何が起きてる?
>【ルカたん】¥30,000「RENくん、気をつけて」
>【陰謀論者】来たぞ
>【草の民】陰謀論者、何が来たんだよ
>【陰謀論者】わからん。でも、来たぞ
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観光ルートの先で、誰かの悲鳴が聞こえた。
子供の声だった。
すぐに、保護者らしい大人の声も、聞こえた。
「ちょ、何これ、聞いてないよ!」
観光客が、こっちに向かって、走ってきた。
家族連れ、老夫婦、修学旅行の学生たち。
みんな、顔が真っ青だった。
白波さんが、俺の腕を、ぎゅっと、掴んだ。
「RENさん……これ、本来、ある光景ですか?」
「……いや」
俺は、首を振った。
「観光地のE級では、こういうことは、起こらない」
ノアが、肩の上で、羽を広げた。
『マスター。これ、ブレイクの前兆ですよ』
「……ブレイク」
『はい。観光地のE級が、もっと上のランクのダンジョンに、繋がってます』
俺は、虚空断ちの柄を、強く握り直した。




