表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
配信者ランキング1位の俺、 実はリアルダンジョンを VR配信だと思われている  作者: 八乙女モモ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/55

第21話 私が先に言うべきだったのかな?

 翌朝、瑠花は珍しく朝早く起きた。


 朝六時。普段なら絶対に起きていない時間だ。瑠花の朝は、十時くらいに始まる。それが「お嬢様」として育った瑠花の標準時だった。


 でも今日は、早く目が覚めた。


 というか、よく眠れなかった。


 ベッドから起き上がって、窓辺に立つ。向かいのアパートのカーテンは、まだ閉まっている。蓮はまだ寝ているらしい。当たり前だ、こんな朝早く起きている人は珍しい。


 瑠花は窓に額を当てて、ぼんやりと外を見た。


 ……コラボ配信まで、あと五日。


 頭の中で、昨日の夕方の光景が、何度も再生されていた。


 ベランダで剣を磨いている蓮。


 夕日に反射する黒い刃。


 あの剣を、白波つむぎは、見ることになる。


 白波つむぎは、ホロダイのトップ配信者だ。瑠花も、ルカたんとして配信を見たことがある。冷静で、技術があり、洞察力のある人だ。


 あの人なら、本物の剣を見て、本物のダンジョンに連れていかれて、何が起こっているかすぐに察するだろう。


 察した上で、白波つむぎは、どう動くだろう。


 ……わからない。



   ◆ ◆ ◆



 朝食は、トーストを焼いた。


 最近、瑠花は少しだけ料理をするようになった。蓮におにぎりを作るために、台所に立つ習慣ができた。それまでは、家政婦さんが作ってくれるものを食べるか、コンビニで済ませるかだった。


 今日のトーストは、少し焦げてしまった。


 でも、食べた。


「……」


 考えごとをしていた。


 考えていたのは、白波つむぎのことだった。


 昨日の夜、瑠花は決めた。「願うこと、画面の向こうから見守ること、ルカたんとして声をかけ続けること」。それくらいなら、自分にもできる、と。


 でも、朝になって、考えが揺れていた。


 ……白波さんに、先に言っておくべきなんじゃないかなと。


 瑠花の中に、その考えが、芽生えていた。


 白波つむぎのVStreamのアカウントには、たぶん、DM機能がある。瑠花は「ルカたん」として、白波つむぎに、メッセージを送ることができる。


 送るとしたら、なんて書く?


 『あの、RENさんとのコラボ、楽しみにしています。


  ただ、一つだけお伝えしたいことがあります。


  RENさんは、ホロダイの話をしているとき、たぶん、本物の話をしています。


  驚かないであげてください』


 ……いや、これは送れない。


 送ったら、白波つむぎは、何のことかわからない。あるいは、わかった上でコラボ自体をキャンセルする。それは、蓮を傷つけるからダメだ。


 じゃあ、別の文面なら?


 『RENさんは、ちょっと変わった人ですが、悪い人じゃありません。


  いきなり驚くようなことが起こっても、離れないであげてください』


 ……これも、変だ。


 知り合いでもない他人から、こんなメッセージが届いたら、白波つむぎは「なんだこの人」と思って、ブロックするだろう。瑠花だって、逆の立場ならそうする。


 ……「ルカたん」としてなら、どうだろう。


 ルカたんはRENの配信の常連で、白波つむぎも認知しているはずだ。「ルカたんからのメッセージ」なら、白波つむぎは、少しは話を聞いてくれるかもしれない。


 でも、ルカたんとして、白波つむぎに直接コンタクトを取るのは、配信文化的に「重い」気がする。「視聴者がコラボ相手にDMを送る」というのは、配信者からしたら、たぶん、嫌な行為だ。


 ……どうしよう。


 瑠花は、トーストを噛みながら、考え続けた。



   ◆ ◆ ◆



 午前中、瑠花はノートPCを開いた。


 VStreamを開く。白波つむぎのチャンネル。


 最新の配信を見ようとアーカイブを確認した。「黄昏の遺跡ソロクリア達成! RENさんとのコラボも決定しました」


 白波つむぎ本人が、コラボの告知をしていた。


 瑠花はその配信を最初から見た。


 白波つむぎは、いつも通りだった。プロのゲーマーで、解説が丁寧で、視聴者からの質問に的確に答えていた。配信の終わりに、コラボについて触れていた。


「RENさんとのコラボ、すごく楽しみにしてます。私、ずっとファンだったんです」


 白波つむぎはそう言って、笑った。


「ちょっと気になっていることもあって、その、聞きたいことがあるんですけど。それは当日のお楽しみということで」


 瑠花は、画面を一時停止した。


 ……白波つむぎ、気づいてる。


 瑠花にはわかった。白波つむぎの、あの「気になっていること」という言い方。あの「当日の楽しみ」という、ちょっとぎこちない笑い方。


 あれは、何かを薄々感じている人の顔だ。


 たぶん、白波つむぎは、RENの映像が「ホロダイじゃないこと」に、気づいているかもしれない。


 ……だったら、私が言う必要はないかな。


 瑠花は、ほっとしたような、寂しいような、複雑な気持ちになった。


 白波つむぎは、自分の頭で、ちゃんと、考えている。


 仮説を立てて、確認しに来ようとしている。


 ……それなら、私が先回りして「警告」する必要はない。


 自分の手で、自分の目で、確かめに来る人を、邪魔したくない。


 瑠花は、ノートPCを閉じた。


 窓の外を見る。向かいのアパートの二〇三号室は、もう、カーテンが開いていた。蓮が起きたらしい。今日も、剣の手入れをするんだろう。回復薬を作るんだろう。来週末の準備をするんだろう。


 ……私にできることは、やっぱり、画面の向こうで見守ることだけ、なのかもしれない。



   ◆ ◆ ◆



 昼前、瑠花の部屋のドアがノックされた。


「お嬢様、お父様からお電話です」


 家政婦さんの声だった。


 瑠花は固まった。


「……お父さん?」


「はい。お嬢様が昨日、本社にお越しになったと聞いて、お電話くださったそうです」


 ……あ、と瑠花は思った。


 工藤主任が、たぶん、報告をしたんだ。「瑠花様が映像を見せに来た」と。父はそれを聞いて、心配して電話をかけてきたのだろう。


 瑠花は深呼吸をして、子機を取った。


「お父さん、おはよう」


『瑠花。昨日、会社に来たんだって』


「うん。ちょっと、聞きたいことがあって」


『工藤から聞いたよ。映像を見せたって』


「うん」


『何の映像なんだ』


 瑠花は、しばらく黙った。


 父は、たぶん、答えを待っている。瑠花が「実はね、お父さん」と話し始めるのを、待っている。


 でも、瑠花は、言えなかった。


『……瑠花』


「お父さん」


『うん』


「ごめんなさい。今は、まだ、言えないの」


『そうか』


「でも、変なことに首を突っ込んでるわけじゃない。たぶん」


『たぶん、か』


「うん、たぶん」


 父は、しばらく黙った。電話の向こうで、深く息をつくのが聞こえた。


『瑠花。お前のお母さんがよく言ってたんだけどな』


「うん」


『お前は、人を見る目はある。だから、お前が「言えない」と判断したことは、たぶん、言わなくていいんだろう』


「お父さん……」


『ただ、危なくなったら、すぐに言いなさい。お前一人で抱え込むのは、お父さんは、嫌だ』


「……うん」


『うん、じゃ、またな』


 電話が切れた。


 瑠花は、子機を握ったまま、しばらく立ち尽くしていた。


 お母さんが、よく言っていた。


 お母さんが亡くなったのは、瑠花が中学生のとき。交通事故で即死だったみたいだ。それから、瑠花は引きこもるようになった。その時からコンビニとリビングを往復するだけの生活が始まった。


 お父さんは、たぶん、ずっと心配していた。


 でも、何も言わなかった。何も聞かなかった。瑠花の世界に踏み込まないでくれた。


 その距離感が、瑠花にとってはありがたかった。


 ……お父さん、ごめんね。


 瑠花は、子機を置いた。


 いつか、ちゃんと話せるときが、来るかもしれない。


 でも、今はまだ、言えない。


 言えないことを抱えているのは、苦しい。


 けれど、その苦しさは、たぶん、蓮が抱えている苦しさに比べたら、ずっと軽いものだ。


 蓮は、本物のダンジョンに毎日潜って、本物の命を懸けて、それを「ゲーム配信」として消費されている。


 その消費を、本人は、たぶん、無意識に「歓迎」している。「ゲームだと思われている方が、自分は普通の人でいられる」と。


 その気持ちが、瑠花にもわかる気がする。


 お母さんが亡くなったとき、瑠花は「天城ホールディングスの社長令嬢」として扱われた。葬儀で、たくさんの大人が瑠花に頭を下げた。「ご愁傷様です、お嬢様」と。


 瑠花は、そのとき、思った。


 「お嬢様」じゃなくて、ただの「瑠花」として悲しみたい、と。


 でも、それは許されなかった。


 ……蓮も、たぶん、似たようなものなんだろう。


 「最強の探索者」じゃなくて、ただの「神崎蓮」として配信したい。だから、ゲーム配信者として扱われている方が、楽なんだ、と。


 その壁を、瑠花が壊す権利はない。


 白波つむぎが壊すかどうかは、白波つむぎ次第だ。


 瑠花にできるのは、画面の向こうで、見守ること。


 ……うん。


 瑠花は、自分の決意を、もう一度、確かめた。



   ◆ ◆ ◆



 昼。


 瑠花は、自分でおにぎりを握った。


 今日は鮭、昆布、梅干し。三種類。


 ツナマヨは、まだ、二回目はうまく作れる気がしなくて、入れなかった。


 タッパーに詰めて、メモを書いた。



『お疲れさまです。


 来週末、楽しみですね。


 白波さんと、いい時間を過ごせますように。


 瑠花より』



 書いてから、メモを、ちょっと見つめた。


 「白波さんと、いい時間を過ごせますように」


 私が言いたかったのは、たぶん、そういうことだ。「私が先に言うべきだったのかな」と何度も自問した。でも、結論は「言わない」だった。


 代わりに、メモに込めた。


 言葉が届くかどうかは、わからない。ただの応援の一文に見えるだろう。


 でも、私には、これが精一杯だ。



   ◆ ◆ ◆



 昼過ぎ、瑠花はアパートに向かった。


 タッパーを、二〇三号室のドアの前に置く。メモを添える。


 いつも通り。


 でも、今日は、いつもより少し、長く、ドアの前に立っていた。


 この扉の中に、本物の探索者、S級のモンスターを倒せる人がいる。三年間、ダンジョンの中で生き延びた人がいる。


 その人は、来週末、初めて誰かと一緒にダンジョンに入る。


 ……どうか、白波さんが、隣に立ってくれる人でありますように。


 瑠花は、扉に向かって、もう一度、心の中で願った。


 それから、振り返って、坂を下りた。



   ◆ ◆ ◆



 その日の夜。


 瑠花の部屋のノートPCの画面に、VStreamのアラートが点いた。


 白波つむぎの新しい配信告知。


 タイトル「コラボに向けて、ホロダイのRENさんの配信を全部見返します配信」


 ……え、と瑠花は固まった。


 全部見返す? 半年分の配信を?


「マジか……」


 瑠花は思わず声に出した。


 白波つむぎ、本気だ。コラボに向けて、RENの配信を全部、もう一度見返すと言っている。


 それは、白波つむぎが、RENの配信に「分析する価値がある」と判断している証拠だった。プロが、本気で相手を理解しに来ている。


 ……白波さん、たぶん、当日確信を持ってくる。


 半年分の配信を見返したら、絶対に「これホロダイじゃない」と気づく。気づかないわけがない。


 その上で、当日、現地に来る。


 来た上で、本物のダンジョンに入る。


 入った上で、たぶん、何かを言う。


 ……白波さん、何を言うんだろう。


 瑠花は、白波つむぎの配信告知を、もう一度見つめた。


 不安と期待が半分ずつ混じっていた。


 あの人が、隣に立ってくれる人でありますように。


 この願いだけは、何度繰り返しても、減らなかった。



   ◆ ◆ ◆



 別の場所。


 白波つむぎは、配信機材の前に座って、伸びをしていた。


 告知配信を出したばかりだ。「コラボに向けて、ホロダイのRENさんの配信を全部見返します配信」


 「全部見返す」と言ったとき、コメ欄が湧いた。「白波さん本気じゃん」「分析配信きた」「コラボへの気合がすごい」


 つむぎは、画面を見て、少し笑った。


 「気合」じゃない。


 「確認」だ。


 仮説Dの。


 つむぎは、ノートを引っ張り出した。一ヶ月前に書いた、四つの仮説のメモ。仮説Dには、すでに小さなチェックマークが入っている。


 その横に、つむぎは新しい一行を書き加えた。


 『直接会って、確かめる』


 ペン先で、その一文を、もう一度なぞった。


 仮説Dが本当だったら、つむぎはとんでもない場所に連れていかれる。


 仮説Dが間違っていたら、ただの楽しいコラボになる。


 どちらでも、つむぎは、行くつもりだ。


 行って、自分で確かめる。


 画面の向こうで、ずっと寂しそうに見えた、あのRENという配信者の隣に、ちゃんと、立ってみる。


 立った上で、何が起きるかは、その時に考える。


 来週末まで、あと五日。


 つむぎは、ノートを閉じて、長い深呼吸を一つした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ