8話 わかるのに読めない本
「おとぉしゃま、あれよみたい!」
「どれだい?」
僕とアリアちゃんは、自分の背丈じゃ届かない椅子にちょこんと座り、父親たちに全てを任せて指差しで伝える。
そして僕が指差したのはーー
「えっと、ポーンロンド王国の歴史? 本当にこれ?」
「それ!」
多分これ、この国の歴史だよな?
学校の歴史の授業は好きじゃなかったけど、覗くだけ覗きたい欲が出てしまったのでこれを選択。
「ははは! 勤勉な子で素晴らしいじゃないか! いずれ歴史は学ぶんだ。アリアも一緒に読むといい」
「はい! ヒカリちゃんと、おとーさまとよみます!」
アリアちゃんの文字を教えたい気持ちは何処へ行ったのやら。
完全に本読みに移行しそうだ。
お父様が本を僕とアリアちゃんの前に置き、一ページ開く。
「ぽーんろんど、おとーさま、なんてよむの」
「ポーンロンド『おうこく』の『れきし』だよ?」
「むずかしい」
アリアちゃんは少し顔を顰め、唸っている。
「おとぉしゃま、これは?」
僕は読めるはずの文字を指差し、父に顔を向ける。
「これは?」
「これは、初代国王様の名前だよ?」
「なんてよむの?」
自分でも読んでみようとするけど、なんだろう、この違和感。
「ロンド陛下って読むんだよ? こっちはポーン王妃さまだよ?」
「じゃあ、ふたりがお国つくったの?」
「そう! ヒカリは賢いね?」
「ヒカリちゃんすごい!」
「えへへ!」
今のはスッとわかったけど、なんだろう、なんでこんなに読めないんだろう。
「アリアちゃん、これは?」
「これは、えっと、ぽーんろんど、の……れきし?」
「アリア正解だよ! アリアは凄いなぁ!」
疑心暗鬼ながらも、憶えた言葉とさっき聞いた言葉を思い出し、答えを導き出す。
そしてベタベタに褒める父親。
「アリアちゃんすごい!」
「えへへ!」
そして同時に僕はなんとなく違和感の正体に気付いた。
僕、前世の記憶のお陰で言ってることは理解出来るけど、今世の脳が文字を憶えてないから読めない。
同じ日本語のはずなのに『ポーンロンド王国』が読めなかった。
「おとぉしゃま、もじよめるようになりたい! アリアちゃんと読みたい!」
「ヒカリちゃん……!」
「そうだな、一年早いけど、家庭教師雇ってみるか」
「やった!」
なんか、声に出せば全ての願いが叶いそうだけど、とりあえず家庭教師確保!
勉強なんて前世では嫌いだったのに、今は楽しみで仕方ない。
『かつて読めた文字が読めない』って悲観する気持ちすら湧かない。
これが四歳の好奇心。
高校生の頃の僕に分けてやりたいよこの学習意欲。
その後は、アリアちゃんと二人の父親の力を借りながら、ゆっくり『ポーンロンド王国の歴史』を五ページ程読んだ。
この世界について知るのは、まだかなり先になりそうだ。
*
「ほんじつは、ありがとうございました!」
「ございました!」
僕とアリアちゃんは真似事の礼をすます。
「公爵殿、本日はありがとうございます! 非常に楽しい時間でした!」
「こちらのセリフですよ伯爵殿! 久々に娘とゆっくり過ごせました! 今度は是非家にお越しください?」
「よろしいのですか!?」
「勿論です! 歓迎しますよ!」」
(おぉ……お父様のあんな笑顔初めて見た)
僕やお母様に向ける慈愛の瞳とは違い、良き友人を見つけた目をしている。
「おとーさま、えがおです!」
「そうだよ? 伯爵殿と、アリアと、ヒカリちゃんのおかげだよ?」
公爵は片膝をついて僕の前に座り、僕の手に優しく触れる。
「今日はありがとうございます、ヒカリ様。貴女様のお陰で、非常に有意義な時間を過ごせました」
「ゆういぎ? たのしかったってことですか?」
「貴女様は賢いですね。その通りです」
「よかったです!」
今日一番優しい笑みを見せた公爵。
この人、きっと良い夫だ。
「よしアリア、妻にお土産買って帰ろうか!」
「はい! おかーさまよろこばせます!」
「そうしよう! では伯爵殿、私どもはここで」
「えぇ、またお越しください。ミューゼ、大切なお客様がお帰りになられます。見送りを」
「承知いたしました」
「バイバイ、ヒカリちゃん!」
「うん! バイバイ!」
お互い手を振り、ミューゼに案内されて部屋を出て行った。
「おとぉしゃま」
「どうしたヒカリ?」
「とってもたのしかった!」
「そうか、お父さんもだ」
こうして、アリア・セルライト公爵令嬢との時間は終わりを告げた。
ところで気付いただろうか。
ヒカリちゃんのお父様、ヒカリちゃんがメイクした姿に何一つ触れていないことに……。




