11話 お勉強
勉強を始めて一時間。
伯爵家の廊下を全力疾走という無礼極まった行動をしているユース。
『ガタン』とノックもせずに大急ぎで扉を開き、血相を変えて一言。
「オズワルド様、あの子は天才です」
時は勉強開始時刻。
まだ日本語一つ読めないヒカリちゃんは、ワクワクしながら椅子に座り、ユースの開いた教材をキラキラした目で眺めている。
「これは、ポーンロンド文字と言って、今この国で使っている言葉です」
「ぽーんろんどもじ?」
曰く、ポーン王妃とロンド陛下が建国の際に用いた文字で、どの国にも存在しない不思議な文字にも関わらず、不思議な使いやすさから国中に広まった文字である。
これが『ひらがな』
そして、ひらがな単体だと読みにくいという問題を解決するために、同じくポーン王妃とロンド陛下で定めた文字。
それが『カタカナ』
更に、最初は暗号で使われていたものが、次第に風化して普段使いにも適応され始めた文字。
いわゆる『漢字』
ゴリッゴリに日本人が国を治めてた形跡が残ってる。
「すみません難しい話で、今のはかつての職業病……クセみたいなものなので、忘れてください」
「はい!」
まぁ都合よく使いやすい言語で助かる程度に思っておこう。
「では最初に、文字の読み書きから」
「はい!」
こうして幼いヒカリちゃんは文字をどんどん吸収し、元高校生の理解力も相まってあっという間に文字を覚えた。
それがたったの一時間。
そして現在。
「あの子は天才です」
「ユース、どうしたんだね」
オズワルドは無礼すら忘れてユースを不思議そうに見つめる。
「たった一時間で文字を制覇しました。四歳とは思えない理解力をしています」
「うちの子……天才なのか?」
「紛れもなく天才です。今まで何度も生徒に教えて来ましたが,ここまで理解が早い子は初めてです」
「そうなのか?」
「はい。本来であれば一ヶ月かけて文字と優しい単語を教えのですが、たった一時間でその域にいるかもしれません」
抑えられない興奮のまま弾丸で話す。
一方僕はというとーー
「む……むずかちぃ……」
十六歳の理解力と四歳児の脳をフル回転させ、かつて覚えていたはずの日本語に大苦戦。
日本語ってこんなに難しかったっけ?
なんでひらがなとカタカナがあるんだよ! どっちかだけで良いだろ! この先漢字も待ってるのマジで大変なんだけど!
「ふぁぁ……」
ユースが休憩と言って部屋を出て行ったから、続きも出来ない。
少し疲れてあくびをし、身体を伸ばしてユースを待つ。
そしてーー
「すみません、ただいま戻りました……あ……」
「ヒカリ、ユースから聞いた……ヒカリ?」
「スーッ……スーッ……」
僕は机にもたれてうたた寝してしまっていた。
「……少し、詰め込み過ぎましたかもしれません」
「子供に期待を寄せ過ぎるのは良くないね。僕も反省するよ」
「ヒカリ様は賢いですけど、その分エネルギーを使うのかもしれません」
四歳児の脳と集中力では、キャパオーバーでした。
*
「はっ!」
思い出したかのように突然目が覚め、急いで辺りを見回す。
書斎にはユースと、ユースの子供のナツとルカ、お母様とシャルがおり、僕は少し大きいソファで母の膝枕で寝かされていた。
「おはようヒカリ?」
お母様は優しい笑みで僕の頭を撫でる。
「ねちゃってた」
「初めてのお勉強で疲れちゃったかしら?」
特に責めるとかもなく、微笑ましそうに頭を撫で続ける。
「ヒカリ様、申し訳ございません」
「へ?」
そして何故か謝って来たユース。
「ヒカリ様の体力を考慮しておらず、少し急いでしまいました」
「それは……」
むしろやる気満々の僕に応えてくれて大満足なのだけど……。
大貴族相手だとその手の筋が通らない時もあるのかもしれない。
なので僕はあえてこう言った。
「たのちかった!」
「楽し……かった?」
「あい!」
ここで無神経に許しますって言うのも違うだろう、と、元高校生男子の魂が訴えてます。
「たのちかった!」
なので、四歳児も無邪気を存分に使って『期待に応えてくれてありがとう』を表現した。
結果ーー
「……勿体なきお言葉です。……天使だ」
「へ?」
なんか、宗教チックになりそうで怖かった。
そんなわけで勉強を再開しようとしたのだが……。
「ヒカリ、ナツちゃんとルカくんも一緒でもいい?」
「フィリア様!?」
お母様がそんなことを言い出したのだ。




