9.ツンデレ王子と裏切りの肉
嵐のような王族の訪問から数日が過ぎた。 私の願いが通じたのか、あるいは単に嵐の前の静けさなのか、屋敷には平和な時間が戻ってきていた。
私は今、庭のテラスで優雅なティータイム(中身はホットミルク)を楽しんでいる。 椅子の代わりにポチの背中に座り、足置き場にはとりさん(グリフォン)が伏せている。 上からも下からも極上の温もりが伝わってきて、私はうっとりと目を細めた。
「んー、しあわせ」
これだ。私が求めていたのはこの安らぎだ。 王子の婚約者フラグ? 聖女の噂? そんなものは全部忘れて、今はただ、このモフモフの楽園に浸っていたい。
しかし、現実は非情である。 屋敷の正門の方から、ガタゴトと馬車の音が近づいてきたのだ。しかも一台や二台ではない。隊列を組んでいるような騒がしさだ。
「……なんだろう」
嫌な予感がして私がミルクを置くと、専属メイドのアンナが小走りでやってきた。その顔は困惑と興奮で赤らんでいる。
「お嬢様! 大変です! 王宮から大量のお荷物が届きました!」
「おうきゅう?」
「はい! エドワード殿下より、リアお嬢様への贈り物だそうです!」
アンナの後ろから、使用人たちが次々と箱を運び込んでくる。 可愛らしいリボンがかけられた箱、宝石箱のようなケース、そしてやたらと巨大な木箱……。 あっという間に、テラスはプレゼントの山で埋め尽くされた。
「……なにこれ」
私が呆然としていると、ドタドタという足音と共にパパが飛び出してきた。
「捨てろ! 今すぐ全部送り返すんだ!!」
パパは鬼の形相で叫んだ。
「あの生意気な王子め……! 物でリアの歓心を買おうなどと、百年早いわ! 私のリアはこんなもので靡いたりしないぞ!」
パパが一番大きな箱を蹴飛ばそうとする。 その時、アンナが一通の手紙を差し出した。
「旦那様、殿下からの手紙も添えられております」
「読まなくていい! 破り捨てろ!」
「ええと……『勘違いするなよ。僕は別に、お前に会いたいわけじゃない』……と書かれています」
読んでしまった。しかも、見事なツンデレ構文だ。 パパが悔しそうにハンカチを噛む横で、アンナは続きを読み上げる。
「『ただ、あの庭にいた犬と鳥が痩せていて不憫だったから、餌を恵んでやるだけだ。感謝しろ』……だそうです」
「犬と鳥への餌だと?」
パパが動きを止める。 使用人たちが一番大きな木箱の蓋を開けた。
途端に、芳醇な香りが漂った。 中に入っていたのは、霜降りの最高級熟成肉の塊。それも、山のような量だ。
「わふっ!?」
それまで私のクッションに徹していたポチが、弾かれたように顔を上げた。 とりさんも「クルッ!」と目を輝かせて立ち上がる。 二匹の視線は、肉に釘付けだ。
「おい、ポチ! そんな敵からの贈り物に釣られるんじゃないぞ! 誇り高きフェンリルのプライドを見せてやれ!」
パパがポチを叱咤する。 しかし、ポチはチラリとパパを見ると、鼻を鳴らした。
『プライドで腹は膨れない』
そんな声が聞こえてきそうな顔で、ポチは尻尾をブンブンと振り始めた。 とりさんも翼をバタつかせて喜びを表現している。 完全に餌付けされている。
「う、裏切り者ぉぉぉ!」
パパが絶叫する。 私はやれやれと肩をすくめた。 まあ、ポチたちが喜んでいるならいいか。食費も浮くし。
私はアンナに指示を出した。
「アンナ、お肉、やいてあげて」
「かしこまりました。他のドレスや玩具は部屋にお運びしますね」
「うん」
パパはまだ「認めんぞ! 私は認めん!」と騒いでいるが、ポチととりさんは既に肉の周りに集まり、よだれを垂らしている。 エドワード王子、なかなかの策士だ。 外堀から埋めてくるとは。
そんな騒ぎの中、執事がもう一通の手紙を持って、青ざめた顔でやってきた。
「だ、旦那様……。もう一つ、急ぎの書状が」
「なんだ! これ以上、何が来るというんだ!」
パパが苛立ちながら手紙をひったくる。 差出人の名前を見た瞬間、パパの表情が凍りついた。
「……カ、カイン?」
カイン。 その名前を聞いた瞬間、私も少しだけ首を傾げた。 確か、この公爵家には長男がいたはずだ。今は王都の学園の寮に入っていて、滅多に帰ってこないと聞いていたけれど。
「まさか……帰ってくるのか?」
パパの手が震えている。 執事がおずおずと言った。
「はい……。『リアが魔獣に襲われたという噂を聞いた。今すぐ寮を飛び出して帰る。誰がなんと言おうと帰る。リアの無事を確認するまで、僕は一歩も動かない』……とのことで、既にこちらに向かっているそうです」
「なんてことだ……」
パパが天を仰いだ。
「あの重度のシスコンが帰ってきたら……屋敷が崩壊するぞ……」
パパに「シスコン」と言わせるほどの兄。いったいどんな人物なのだろう。 私は肉にかぶりつくポチの背中を撫でながら、新たな嵐の予感に遠い目をした。
お願いだから、私の昼寝の邪魔だけはしないでほしい。




