7.騒がしい来訪者たち
その日の午後、アルガルド公爵邸は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
「お嬢様、じっとしていてください! リボンが曲がってしまいます!」
「んー……くるしい……」
私はアンナによって、レースとフリルがたっぷりついた外出用のドレスに押し込まれていた。 普段の動きやすい部屋着とは違い、コルセットもどきで締め付けられる感覚は、まさに「拘束具」だ。
なぜこんな目に遭っているのか。 理由は単純だ。この国の王様が、急に「視察に来る」と言い出したからだ。
(王様なんて、雲の上の存在でしょう? なんでわざわざ、一貴族の家に来るのよ)
私のささやかなスローライフに対する、明らかな営業妨害だ。 私は不満を顔に出さないよう必死に堪えながら、鏡の中の自分を見た。 銀髪に青い瞳、そしてフリフリのドレス。見た目だけは完璧な「深窓の令嬢」だ。中身は労働拒否を掲げる干物女だが。
部屋の外に出ると、正装したパパが待っていた。 いつもの親バカな雰囲気は消え、騎士団長の厳しい顔つきをしている。
「リア、いいかい。今日いらっしゃるのは国王陛下とエドワード殿下だ。粗相があってはいけないよ」
「あい」
私が頷くと、パパは苦しげに眉を寄せ、私の肩を掴んだ。
「でも、決して愛想を振りまいてはいけないよ! 特に殿下には! 可愛く笑いかけたりしたら、その場で婚約なんてことになりかねない!」
「……?」
「いいか、リア。できるだけ無愛想に、つまらなそうにしているんだ。そうすれば『可愛げのない娘だ』と諦めて帰ってくれるはずだから!」
パパの作戦は最低だった。 だが、私にとっても好都合だ。王子の婚約者なんて、将来「国母」として働くコースが確定してしまう。ブラック企業よりもタチが悪い。 私は全力で「つまらない女」を演じることを心に誓った。
◇
屋敷の玄関ホールに、王家の紋章が入った豪華な馬車が到着した。 近衛兵たちが整列し、張り詰めた空気の中、二人の人物が降りてくる。
一人は、威厳ある髭を蓄えた壮年の男性。国王アルフレッド。 そしてもう一人は、金の髪に不遜な瞳をした男の子。第一王子、エドワード(五歳)だ。
「出迎えご苦労、ギルバート」
「ハッ。陛下におかれましても、ご機嫌麗しく」
パパが恭しく頭を下げる。 私もアンナに教えられた通り、スカートの裾を摘んで拙いカーテシー(挨拶)をした。
「お、おめにかかれて、こうえいです……」
ふらついて転びそうになったが、なんとか耐える。 顔を上げると、王子エドワードが私をじろじろと見下ろしていた。
「ふん。これが『氷の騎士』の娘か? 随分とちんちくりんだな」
第一声がそれか。 生意気なガキだ。前世なら教育的指導を入れているところだが、今の私は三歳児。それに「嫌われる」のが目的なので、これは好都合だ。
「でんかより、ちいさいのは、あたりまえです」
私が無表情で返すと、エドワード王子は一瞬虚を突かれた顔をし、それからフイと顔を背けた。
「な、生意気なやつだ! 僕の方が二つも年上なんだぞ! 敬え!」
耳が赤い。どうやら照れ隠しで暴言を吐くタイプのようだ。面倒くさい。 国王陛下はそんな息子の様子を苦笑しながら見守り、本題を切り出した。
「さて、ギルバート。挨拶はこれくらいにして、例のものを見せてもらおうか」
「……例のもの、とは?」
「とぼけるな。庭にいるのだろう? 国を騒がせている『新しい家族』が」
パパの肩がピクリと跳ねる。 隠しても無駄だと悟ったのか、パパは深く溜息をつき、庭園への案内を申し出た。
◇
一行が庭園に出ると、そこには異様な光景が広がっていた。
美しく手入れされた芝生の上に、巨大な銀狼と、傷の癒えたグリフォンが寝そべっている。 ポチととりさんだ。 二匹は私たちに気づくと、ゆっくりと顔を上げた。
「ヒッ……!」
近衛兵たちが悲鳴を上げ、国王陛下でさえ息を呑んで足を止めた。 無理もない。災害級の魔獣が二匹も揃っているのだ。その威圧感だけで、普通なら気絶してもおかしくない。
「……報告以上だな。これほど近い距離にいても襲ってこないとは」
国王陛下が冷や汗を流しながら呟く。 しかし、空気を読まない人物が一人いた。 エドワード王子だ。
彼は恐怖をごまかすように、わざと大股で前に進み出ると、ポチを指差して声を張り上げた。
「なんだ、ただのデカい犬と鳥じゃないか! 父上も近衛兵も、こんな奴らにビビって情けない!」
王子の虚勢に、ポチの眉間(?)に皺が寄る。 ポチは誇り高いフェンリルだ。「犬」扱いされるのを何より嫌う。
「おい、そこの犬! 僕はこの国の王子だぞ! 頭が高い、ひれ伏せ!」
エドワード王子が調子に乗って、ポチの鼻先に近づこうとした。 その瞬間。
「グルルルルッ……!!」
ポチの喉から、雷鳴のような唸り声が轟いた。 空気が凍りつく。 ただの威嚇ではない。明確な「殺意」が込められた咆哮だった。
「ひっ!?」
エドワード王子が腰を抜かして尻餅をつく。 ポチがゆっくりと立ち上がり、巨大な口を開けて王子を見下ろした。その牙は、王子の小さな体など簡単に噛み砕けるほど鋭い。
「殿下をお守りしろ!!」
近衛兵たちが叫び、パパも剣に手をかける。 けれど、誰も動けない。ポチの圧倒的なプレッシャーに縛り付けられ、一歩でも動けば首が飛ぶと本能が理解してしまったからだ。
絶対絶命。 王族殺害という最悪のシナリオが幕を開けようとしていた。
(……はぁ)
私は心の中で、盛大に溜息をついた。 やっぱり、こうなるじゃないか。 私の安眠を妨害し、あまつさえ私の枕を侮辱するなんて。
私は、震える王子の前にトコトコと歩み出た。




