表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

4.移動する高級絨毯

ポチが家族になってから、数日が経過した。  アルガルド公爵家には、奇妙な日常が定着しつつある。


 三歳の身体というのは、とにかく不便だ。  足は短いし、体力はないし、屋敷の廊下は無駄に長い。  トイレに行くだけでも一苦労なのだが、私には最強の相棒がいた。


「ポチ、食堂」


 私が短く命じると、部屋の隅で丸くなっていた巨大な銀塊が、音もなく立ち上がる。  ポチは私のベッドの横に体を寄せ、乗りやすいように姿勢を低くしてくれた。


「わふ」


 私はその背中によじ登り、ふかふかの毛皮に埋もれる。  ポチの背中は広くて安定感があり、揺れもほとんどない。最高級の馬車よりも快適だ。  私が背中に乗ったのを確認すると、ポチは滑るように廊下を歩き出した。


 すれ違うメイドたちが、壁際に寄って震えながら頭を下げる。  彼女たちの視線は、恐怖と困惑が入り混じっていた。無理もない。廊下を伝説の魔獣が闊歩しているのだから。


 食堂に到着すると、既にパパとママが席に着いていた。  扉が開いた瞬間、パパが私を見て悲鳴のような声を上げる。


「リ、リア! またそれに乗っているのか!」


「ん。らくちん」


 私はポチの背中から答える。  パパは額に青筋を浮かべ、ポチを睨みつけた。


「おい、そこの犬っころ! リアを背に乗せるなど、不敬だぞ! 万が一落としたらどうするんだ!」


 パパの怒声に対し、ポチは「フン」と鼻を鳴らし、わざとらしく私を丁寧に椅子へと降ろした。  そして、私の足元に香箱座りをして、ドヤ顔でパパを見上げる。  『俺の方が役に立つが?』とでも言いたげな態度だ。


「き、貴様……!」


 パパがわなわなと震えながら立ち上がる。  どうやら、最強の騎士団長と最強の魔獣は、相性が最悪らしい。  私はそんな二人のやり取りを無視して、運ばれてきたスープをスプーンですくった。


「パパ、ごはん、さめるよ」


「うぐっ……。リアがそう言うなら」


 パパは渋々といった様子で席に戻る。  食事中も、パパは私の足元にいるポチを監視し続け、ママはそんな光景を楽しそうに眺めていた。


 食後のリラックスタイム。  私は庭のテラスに出て、ポチのブラッシングをするのが日課になっていた。  アンナに用意してもらった特大のブラシを手に、ポチの銀色の毛並みを梳いていく。


「よしよし。ここ、かゆい?」


「クゥ〜ン……」


 ブラシを通すたびに、ポチがとろけるような声を漏らす。  私の「動物に好かれる体質」の効果なのか、それとも単に気持ちいいだけなのかは分からないが、ポチは完全に脱力していた。  鋭い牙も爪も隠し、ただの大きなぬいぐるみと化している。


 その様子を、窓越しに見ていたパパが、ハンカチを噛み締めながら乱入してきた。


「ずるいぞ、ポチ! 私だってリアに撫でられたいのに!」


 パパは私の隣にしゃがみ込み、自分のさらさらな銀髪を突き出してきた。


「リア見てごらん! パパの髪も綺麗だろう? トリートメントにはこだわっているんだ!」


 確かにパパは美形だし、髪も綺麗だ。  けれど、私が求めているのは「美しさ」ではない。「もふもふ感」なのだ。


「んー。パパ、かたい」


「がはっ!!」


 私の正直な感想が、パパの心臓を貫いたらしい。  パパはその場に崩れ落ち、灰のように白くなってしまった。


「か、硬い……? 筋肉か? 鍛え上げた筋肉がダメだったのか……?」


 ブツブツと呟くパパの横で、ポチが勝ち誇ったように尻尾を揺らす。その尻尾がパパの顔をペシペシと叩いているが、パパはショックのあまり気づいていない。


 私はやれやれと溜息をつき、ポチのブラッシングを再開した。  平和だ。  パパは少し騒がしいけれど、ポチという極上のクッションがある限り、私のスローライフは安泰だ。


 そう思っていた。  空から、新たな「来訪者」が落ちてくるまでは。


「ギャオオッ!」


 突如、上空から甲高い鳴き声が響き、庭の木々が激しく揺れた。  ポチが弾かれたように顔を上げ、空を睨む。


「……なんだ?」


 復活したパパも、瞬時に騎士の顔に戻り、私を庇うように抱き寄せた。  見上げれば、青い空に黒い影。  鷲の上半身と、ライオンの下半身を持つ幻獣――グリフォンが、黒い煙を上げながら、真っ直ぐこちらの庭へと墜落してくるところだった。

少しでも「いいな」と思ったら、下にある【★★★★★】を押して応援してもらえると嬉しいです。 ブックマークもぜひお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ