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3.ポチ、家族になる

目が覚めると、私は屋敷の応接間にいた。  普段ならお客様を通すための格式高い部屋だが、今の状況は少し異様だった。  部屋の中央に鎮座する巨大な銀色の狼と、それに張り付いて離れない私。そして、その周囲を完全武装した騎士たちが遠巻きに囲んでいるのだから。


「リア、いいかい。よく聞くんだ」


 パパが私の前に膝をつき、言い聞かせるように語りかけてきた。その顔は、私が転生してから見た中で一番真剣で、そしてやつれていた。


「それは犬じゃない。フェンリルという、とても恐ろしい魔獣なんだ。人間と一緒に暮らせる生き物じゃないんだよ」


 パパは必死に説得を試みている。  確かに、常識で考えればその通りだろう。フェンリルは災害だ。家の中で飼うものではない。  けれど、今の私にとって常識など何の意味も持たない。重要なのは、この毛皮が極上の寝心地を提供してくれるという事実だけだ。


「や」


 私は短く拒絶の言葉を口にし、ポチの前足にぎゅっとしがみついた。  私のその言葉に反応して、ポチがパパに向かって牙を剥く。


「グルルルルッ……」


 腹の底に響くような唸り声に、部屋のシャンデリアがビリビリと震えた。  騎士たちが悲鳴を上げて後ずさりし、パパもわずかに顔を引きつらせて剣の柄に手をかける。


「ひっ、団長! やはり討伐するしかありません!」


 部下の騎士が震える声で叫んだ。  しかし、私がポチの鼻先を撫でると、その殺気は一瞬で霧散した。


「よしよし。ポチ、いいこ」


 ポチは私に撫でられると、だらしなく舌を出して目を細める。先ほどまでの魔王のような威圧感はどこへやら、今はただの甘えん坊な大型犬だ。


「……ポチ、じゃないだろう。リア、頼むから離れてくれないか」


 パパが頭を抱えて嘆く。  どうやら、私がポチから離れない限り、騎士団も手出しができないらしい。それが分かっているからこそ、私はさらにポチの毛皮に深く顔を埋めた。  この温もりを手放してたまるものか。


 その時、騒がしい室内に凛とした声が響いた。


「あらあら、随分と賑やかね」


 部屋の空気が一変する。  入ってきたのは、柔らかな金髪と慈愛に満ちた瞳を持つ美女。私の母、エレノアだった。  かつて国を救った元聖女であり、パパが唯一頭の上がらない人物だ。


「エレノア! 来てはいけない、危険だ!」


 パパが慌ててママを止めようとする。  けれど、ママは優雅な微笑みを浮かべたまま、真っ直ぐにポチへと歩み寄ってきた。  伝説の魔獣を前にしても、眉一つ動かさない。


「まあ、なんて立派な毛並みでしょう。この子がリアのお友達?」


 ママは屈み込み、ポチと視線を合わせた。  ポチが一瞬だけ警戒するように耳を立てる。  しかし、ママはゆっくりと手を伸ばし、ポチの頭を優しく撫でたのだ。


「はじめまして。娘を守ってくれてありがとうね」


 その言葉に、ポチは驚いたように目を丸くし、それから小さく「クゥン」と鳴いて尻尾を振った。  どうやら、ママにも敵意がないと認めたらしい。


「エ、エレノア? 正気か? それはフェンリルだぞ」


 パパが信じられないものを見る目でママを見つめる。  ママはふふっと笑って、私とポチを交互に見つめた。


「ええ、分かっていますよ。でもあなた、見てくださいな。この子がリアに向ける目を」


 ママに促され、パパが渋々といった様子でポチを見る。  ポチは今、私に顎を乗せて、完全にリラックスしきっていた。


「古来より、聖獣は高潔な魂に惹かれると言います。きっとリアの清らかな心に、このフェンリルも心打たれたのですよ」


 ママはうっとりと手を組んだ。  いや、ママ。それは違う。  私の心は「働きたくない」という欲望で埋め尽くされている。清らかさとは程遠い。  たぶん、ただ単に私が発する「リラックス成分」に釣られただけだ。


「ですが、万が一ということが……」


 食い下がるパパに、ママはきっぱりと言い放った。


「もしリアに牙を剥くようなら、その時は私がこの屋敷ごと浄化しますから、安心なさい」


 にっこりと笑うママの背後に、どす黒いオーラが見えた気がした。  元聖女様、怖い。  パパもその迫力に押され、がっくりと項垂れた。


「……分かった。エレノアがそう言うなら」


 パパは諦めたように剣を鞘に収めた。  そして、苦虫を噛み潰したような顔でポチを睨みつける。


「ただし! 少しでもリアに危害を加えようとしたら、即座に氷漬けにするからな!」


 パパの脅しに対し、ポチは大きなあくびで返事をした。  完全に舐められている。


「よかったわね、リア。今日からこの子は家族よ。お名前は?」


 ママが私に尋ねる。  私はポチの背中に顔を埋めたまま、もごもごと答えた。


「ポチ」


「……まあ、可愛らしいお名前」


 ママが一瞬だけ固まった気がしたが、すぐに聖女の微笑みで肯定してくれた。  こうして、公爵家に新たな家族が増えた。  最強の番犬にして、最高のベッド。  私のスローライフ計画は、盤石なものとなりつつあった。

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