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22/22

22.春の換毛期と、妖精さんのイタズラ

長い冬が終わり、アルガルド公爵領にも春が訪れた。  庭の雪はすっかり解け、柔らかな緑の芽が顔を出している。  日差しはポカポカと暖かく、まさに絶好のお昼寝日和だ。


 しかし、今の私には一つだけ悩みがあった。


「……くしゃみ、でる」


 私が鼻をすすると、隣にいたポチ(フェンリル)が申し訳なさそうに身を縮めた。  ポチの体から、フワフワと綿毛のようなものが舞っている。  換毛期だ。  冬用の分厚い毛が抜け落ち、夏用の涼しい毛に生え変わる時期なのだ。


「ごめんね、ポチ。わるいことじゃないよ」


 私はポチを慰めつつ、特大のブラシを手に取った。  ポチの毛は最高級の素材だ。これを捨ててしまうのはもったいない。  私はアンナやメイドたちを総動員して、「ポチのブラッシング大会」を開催することにした。


 ◇


 一時間後。  庭には、銀色の小山が出来上がっていた。  ポチから抜けた毛の山だ。


「すごい量ですわね……。これだけで最高級のコートが何着作れることか」


 手伝いに来ていたヴィヴィアン様が、額の汗を拭いながら感嘆の声を上げる。  ポチは一回りほっそりとして、少し涼しげな顔をしている。


「……ふわふわ」


 私は毛の山にダイブした。  ポチ本体もいいが、この抜け毛の山も素晴らしい。太陽の匂いと、ポチの匂いがする。  私はその中で、至福の二度寝を決め込もうとした。


 その時だ。  庭の奥にある花壇から、キラキラと光る小さな粒が舞い上がった。


「?」


 私が顔を上げると、光の粒はフワフワと漂い、私の鼻先に止まった。  くすぐったい。  よく見ると、それは親指ほどの大きさの、半透明な羽を持つ女の子だった。


「……虫?」


 私が呟くと、その小さな女の子は頬を膨らませて怒った。  そして、私の鼻をつんつんと突く。


「妖精……ですの?」


 ヴィヴィアン様が目を丸くする。  妖精。物語に出てくる、自然の守り神だ。気まぐれで、人間には滅多に姿を見せないはずだが。


「キーッ! キキッ!」


 妖精は何かを訴えるように、私の周りを飛び回っている。  どうやら、私がポチの毛の山(銀色のフワフワ)を独占しているのが気に入らないらしい。  彼女もモフモフしたいのだ。


「……いっしょに、ねる?」


 私が毛の山の一角を空けてあげると、妖精はパァッと笑顔になった。  そして、仲間を呼ぶように高く指笛(音はしないが)を吹いた。


 ワラワラワラ……。


 花壇の陰から、木の洞から、次々と妖精たちが現れた。  赤、青、黄色。色とりどりの小さな妖精たちが、数十匹も。


「えっ、ちょっ……!?」


 私が驚く間もなく、妖精たちは歓声を上げてポチの毛の山に殺到した。  そして、その中央にいる私にも。


「くすぐったい!」


 妖精たちは私の髪の毛を引っ張ったり、服の中に潜り込んだりして遊び始めた。  彼女たちにとって、私は巨大なジャングルジムか何かなのだろうか。  私の「動物愛され体質」は、どうやら精霊や妖精にも有効らしい。範囲が広すぎる。


「こ、これは……『春の祝福』ですわ!」


 ヴィヴィアン様が興奮して叫ぶ。


「妖精に愛されるなんて、やはりリア様は本物の聖女……! 見てくださいまし、お花が!」


 妖精たちが触れた場所から、次々と花が咲き始めたのだ。  私の銀色の髪には小さな桜の花が飾り付けられ、服の裾からは野花が芽吹く。  ポチの毛の山も、あっという間にお花畑のようなクッションに変わってしまった。


「……重い」


 私は花と妖精に埋もれて、身動きが取れなくなった。  花の香りで頭がクラクラする。  ポチが心配そうに私を覗き込むが、ポチの鼻先にも妖精が止まっていて、くしゃみを堪えている。


 そこに、仕事から帰ってきたパパが現れた。


「ただいまリア! 今日は早く帰れたから、一緒に……ぶふっ!!」


 庭の惨状(楽園)を見たパパは、鼻血を吹いて倒れた。


「よ、妖精王……!? いや、花の女神か……!? 私の娘が、神話の存在になってしまった……!」


 パパはプルプルと震えながら、スケッチブックを取り出して猛スピードで絵を描き始めた。  助けてほしい。  私は花に埋もれたまま、助けを求めるように手を伸ばした。


「パパ、お花、とって……」


「そのまま! そのままでいてくれリア! この尊い姿を後世に残さねば、公爵家の恥だ!」


 ダメだこの親。  結局、妖精たちが遊び疲れて帰る夕方まで、私は「生きた花壇」として庭に鎮座することになった。


 その夜。  お風呂に入ると、体中から甘い花の香りが漂い、お風呂のお湯が美容液のように変化した。  ヴィヴィアン様が「美肌効果抜群ですわ!」と喜んでいたが、私はただ、普通の布団で眠りたかっただけなのだ。


 春。それは出会いの季節。  そして、変なものを引き寄せる季節でもあるらしい。  私のスローライフは、季節が変わっても前途多難だった。

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