18.空飛ぶ暖房器具
季節が巡り、少し肌寒くなってきたある日のこと。 私はサンルームで震えていた。
「さむい……」
私は寒がりだ。前世でも冷え性は天敵だった。 ポチ(フェンリル)の毛皮は最高に暖かいけれど、ポチ自身が「氷属性」の魔獣なので、長時間くっついていると芯から冷えてくるという欠点があった。 とりさん(グリフォン)は体温が高いが、今はヴィヴィアン様が抱き枕にして占領している。
「パパ、だんぼう」
私が訴えると、パパが申し訳なさそうに眉を下げた。 「ごめんよリア。魔道具の暖炉を最大出力にしているんだが、この屋敷は広すぎてね……。もっと強力な熱源があればいいんだが」
そんな会話をしていた時だ。 突如として、サンルームの温度が急上昇した。
「……?」
窓の外を見る。 空が、紅く染まっていた。夕焼けではない。 巨大な「炎の塊」が、屋敷の庭めがけて急降下してきていたのだ。
ドゴォォォォン!!
先日、とりさんが落ちた場所の隣に、今度は灼熱のクレーターが生まれた。 もう庭師さんが泣いて辞表を出すレベルだ。 土煙と共に、熱風が吹き荒れる。庭の草木が一瞬で枯れ、池の水が蒸発して湯気を上げた。
「敵襲か!? いや、この熱気は……!」
パパが私を抱えて身構える。 煙の中から現れたのは、全身が燃えるような深紅の鱗に覆われた、巨大なトカゲ――いや、ドラゴンだった。 その背中には、異国の衣装を纏った少年が立っている。
「我こそは、東の国より参った『竜使い』ジン! 噂の『眠れる聖女』とやらを拝みに来た!」
少年――ジンは、ドラゴンの頭から飛び降りると、不遜な態度で仁王立ちした。 黒髪に褐色の肌。腰には二振りの曲刀。目つきは鋭く、いかにも「バトル漫画のライバルキャラ」といった風貌だ。
「おい、そこな幼子! 貴様が魔獣を従える聖女か?」
ジンが私を指差す。 パパが激昂して前に出ようとするが、私はパパの服を掴んで止めた。 私の視線は、ジンではなく、その後ろにいるドラゴンに釘付けだったからだ。
赤い鱗。揺らめく陽炎。吐き出される熱い息。 あれは……。
(……巨大なストーブだ)
私の本能がそう告げていた。 あれさえあれば、冬も越せる。冷え性ともおさらばだ。
「……あったかそう」
私がポツリと漏らすと、ジンは鼻で笑った。
「ハッ! 恐怖で寒気でもしたか? こいつは『紅蓮竜』のヴォルカ。吐く息一つで城壁をも溶かす、最強の破壊兵器だ!」
ジンがパチンと指を鳴らす。
「ヴォルカ、挨拶代わりに一発、空へブレスを吐いてやれ!」
主人の命令を受け、レッドドラゴンが大きく息を吸い込んだ。 喉の奥がマグマのように赤熱し、周囲の空気がビリビリと震える。
「危険だ! 全員伏せろ!」
パパが叫ぶ。 しかし、ブレスが放たれることはなかった。
トテトテトテ。
私がドラゴンの足元まで歩み寄っていたからだ。
「……え?」
ジンが目を見開く。 ブレスを吐こうとしていたドラゴンも、足元に現れた小さな人間に驚き、口をパクンと閉じた。鼻からプシューと黒煙が出る。
「おい、死にたいのか!? 離れろ!」
ジンの制止を無視して、私はドラゴンの太い足にペタリと抱きついた。
「……あったか~い」
予想通りだった。 鱗は熱すぎず、程よい岩盤浴のような温かさ。 体の芯まで温もりが染み渡っていく。これは極上の湯たんぽだ。
「グオォ?」
ドラゴンが困惑したように低い声を上げた。 本来なら、触れただけで火傷するはずの体表温度だ。しかし、私の「動物愛され体質」が作用しているのか、私に触れている部分だけ温度が最適化されている気がする。
「よしよし。いいこ、いいこ」
私はドラゴンの硬い鱗を撫で回した。 ドラゴンは最初こそビクッとしていたが、次第にその巨大な体を震わせ、心地よさそうに目を細め始めた。
「グルルゥ……(あったかい手だなぁ)」
そんな心の声が聞こえてきそうだ。 ドラゴンはその場にドスンと座り込み、長い尻尾をくるりと巻いて、私を囲うようにして丸くなった。 即席の「ドラゴンこたつ」の完成である。
「な……な、なんだと!?」
ジンが顎を外して絶叫した。
「ヴォルカは気性が荒く、俺以外には決して懐かないはずだぞ! なんで初対面の幼児にデレデレしてやがるんだ!」
ジンが駆け寄り、ドラゴンの頭を叩く。
「おいヴォルカ! 起きろ! 威厳を見せろ!」
しかし、ドラゴンは「うるさいなぁ」と言わんばかりに鼻息でジンを吹き飛ばし、再び私の方へ顔を寄せてきた。 そして、その温かい鼻先を私の冷えた手に押し付けてくる。
「……きもちいい」
私はドラゴンの鼻先を枕にして、うとうとし始めた。 ポチ(冷たい枕)と、ドラゴン(温かい毛布)。 この二つが揃えば、温度調節は完璧だ。
「バカな……。俺が五年かけてようやく背中に乗せたというのに……。会って五秒で『こたつ』扱いだと……?」
ジンが膝から崩れ落ちる。 パパが同情したような目でジンの方を叩いた。
「気にするな少年。我が家ではよくあることだ」
「よくあってたまるかぁぁぁ!!」
ジンの悲痛な叫びが秋の空に響き渡る。 こうして、我が家に「空飛ぶ暖房器具」が導入された。 名前は、その機能性に敬意を表して『ダン(暖)』に決定した。
今年の冬は、寒さ知らずで過ごせそうだ。




