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16.聖女認定お断り! 神殿からの使者

黄金の苔の発見から数日。  私の生活は、まさに「楽園」そのものだった。


 午前中は秘密基地(黄金の苔)で二度寝。  午後はポチの背中に乗って庭を散歩し、エドワード王子やヴィヴィアン様が来たら、一緒におやつを食べてまた寝る。  完璧だ。これこそ私が求めていた、ストレスフリーな日々だ。


 しかし、神様というのは意地悪だ。  私が幸せを噛み締めていると、必ず試練を与えてくるのだから。


「リア! 大変だ! 隠れるんだ!」


 血相を変えたパパが、秘密基地の洞窟に飛び込んできた。  私はポチのお腹を枕にし、口元に食べかけのクッキーをつけたまま顔を上げた。


「……パパ、うるさい。いま、めいそう中」


「瞑想(昼寝)している場合じゃない! 神殿から『大司教様』がいらしたんだ!」


「だいしきょう?」


 首を傾げる私に、隣で寝ていたエドワード王子がガバッと起き上がった。


「大司教だって!? あの堅物で有名な、教会の最高権力者の一人じゃないか!」


 ヴィヴィアン様も青ざめて扇子を握りしめる。


「ま、まさか……リア様の『聖女疑惑』を調査しにいらしたのではなくて?」


 聖女疑惑。  魔獣を手懐け、怪我を癒やし、動物を引き寄せる私の行動が、いつの間にか尾ひれをつけて広まっているらしい。  迷惑な話だ。私はただの「動物好きの怠け者」なのに。


「その通りだ。大司教様は『真偽を確かめる』と言って聞かない。もし聖女認定されたら、リアは教会に連れて行かれてしまう!」


 教会に連行。  それはつまり、毎朝早起きして、祈りを捧げ、清貧な生活を強いられるということだ。  ふかふかのベッドも、甘いおやつも、二度寝も禁止。


「……ぜったい、やだ」


 私はクッキーを握り潰した。  教会になんて行かない。私はここで一生、ポチとゴロゴロして暮らすのだ。


「だが、会わないわけにはいかないんだ。相手は王族でも無下にはできない権威だからね……」


 パパが頭を抱える。  私はため息をつき、重い腰を上げた。


「わかった。あう。そして、かえってもらう」


 私は決意を固めた。  私の平穏を脅かす敵は、全力で排除(おもてなしして帰宅させる)するのみだ。


 ◇


 応接間には、白い法衣に身を包んだ、神経質そうな老人が座っていた。  長い白髭、鋭い眼光。そして手には、何やら高価そうな杖を持っている。  彼こそが、大司教・グロリアス閣下だ。


「……ほう。この子が、噂の?」


 大司教様は、入ってきた私をジロジロと値踏みするように見た。  私はポチの背中から降りず、そのまま挨拶をした。


「こんにちは。リアです」


「なんと! 神の御前であるぞ! その薄汚い獣から降りて礼をせぬか!」


 大司教様がいきなり怒鳴った。  ポチの喉がグルルと鳴る。  パパが剣に手をかけそうになるのを、ママが笑顔で制した。


「まあ、大司教様。この子は足が悪いわけではありませんが、神獣様に守られているのです。無理に引き剥がすと、この子が暴れますわよ?」


「……フェンリルか。フン、魔獣風情が」


 大司教様は不快そうに鼻を鳴らしたが、ポチの威圧感に気圧されたのか、それ以上は言わなかった。


「単刀直入に言おう。この幼子が『聖女の再来』かどうか、見極めにきた」


 大司教様は懐から、水晶のような透明な球体を取り出し、テーブルに置いた。


「これは『真実の宝珠』。聖なる魔力を持つ者が触れれば、七色に輝く国宝じゃ。さあ、触れてみなさい」


 なるほど。光れば合格、光らなければ不合格か。  つまり、光らせなければいい。  私は心の中でガッツポーズをした。


(魔力操作は兄様に教わった。魔力を抑え込めばいいだけだ)


 私は自信満々で、ポチの背中から手を伸ばした。  そして、水晶にペタリと触れる。


 シーン……。


 水晶は、ただの透明なガラス玉のように沈黙している。  光らない。成功だ!


「……ふむ。光らぬか」


 大司教様が拍子抜けしたような声を出す。  パパが安堵のため息をついた。


「やはり、噂はただの噂でしたな! リアはただの可愛い娘ですので!」


「待て」


 大司教様が目を細めた。


「光らぬ……にしては、妙だ。普通、微弱な魔力でもあれば薄ぼんやりと光るもの。ここまで『無』であるはずがない」


 あ、やりすぎたか。  私は魔力を完全に遮断しすぎてしまったらしい。


「もしや……強大すぎる聖なる力が、逆に測定不能になっているのでは?」


 なんでそうなる。  大司教様の深読みが発動してしまった。


「やはり、別の方法で試す必要があるな。……聖女ならば、神の使いである『聖鳥』に愛されるはず」


 大司教様が杖を振ると、窓の外から数羽の真っ白な鳩が召喚された。  教会の訓練を受けた、聖なる鳩だという。


「さあ、この鳩たちが懐くかどうか……」


 バサバサバサッ!


 言うまでもない。  鳩たちは一直線に私に向かってきて、私の頭、肩、そしてポチの背中に次々と着地した。


「クルックー!(好き!)」「ポッポ!(あったかい!)」


 鳩たちは私の頬に擦り寄り、求愛ダンスを踊り始めた。  それだけではない。  庭からスズメやシジュウカラ、蝶々まで乱入してきて、私の周りは一瞬で「鳥まみれ」になった。


「な、なんという……!」


 大司教様が立ち上がり、震える指で私を指差す。


「教会の聖鳩せい・きゅうだけでなく、野生の生き物までもがかしずいている! まるで聖画の一場面のようだ……!」


 違う。  ただ単に、私のフェロモンに釣られているだけだ。  鳩が重い。前が見えない。  私は鬱陶しくなって、手で鳩を払いのけた。


「じゃま。あっちいって」


 バサァッ!


 鳩たちが一斉に飛び立つ。  その時、窓から差し込んだ陽の光が、舞い上がった鳩の白い羽に反射し、私の背後に「後光」のような輝きを作り出した。


「お、おお……!」


 大司教様がその場にひれ伏した。


「見間違いようもない! 神々しい! まさに聖女の輝き! 動物たちに命じ、光を纏うその姿……!」


 終わった。  私はポチの毛皮に顔を埋めた。  なんでこうなるの。


「決定じゃ! この子こそ、百年に一人の聖女! 直ちに教会へ迎え入れ、英才教育を……!」


「お断りします」


 私の声ではない。  低い、地を這うような声が響いた。  パパだ。  パパが、大司教様の前に立ちはだかり、抜剣こそしていないものの、殺気立ったオーラを放っていた。


「リアは渡しません。例え神の意志だろうと、教皇の命令だろうとです」


「な、なにを言うかギルバート! これは国のための……」


「リアはまだ三歳です。親元を離すなどありえない。それに……」


 パパはチラリと私を見た。  私はポチの背中で、大あくびをしていた。  とりさんが私の膝に乗り、ホーちゃんが頭に止まり、私は完全に「おやすみモード」に入っていた。


「……見ての通り、この子は『寝る子』です。教会の厳しい規律など守れませんよ」


 大司教様は、ポチの腹で熟睡し始めた私を見て、口をあんぐりと開けた。  聖なる鳩も、私の寝息に合わせてリズムよく揺れている。


「……こ、豪胆すぎる。大司教であるワシの前で、堂々と居眠りをするとは」


「ええ。リアにとって、権威など無意味なのです」


 パパが胸を張る。そこは自慢するところじゃない。


「……ふむ。良かろう」


 意外にも、大司教様は杖を収めた。


「既存の枠に収まる器ではない、ということか。無理に連れ出して、フェンリルに街を破壊されても困るからのう」


 大司教様は、寝ている私の頭(に乗っているホーちゃん)をそっと撫でた。


「だが、認定はさせてもらうぞ。『眠れる聖女』としてな。……教会には連れて行かんが、定期的にお布施おやつを持って様子を見に来るとしよう」


 こうして、最悪の事態(連行)は免れた。  けれど、「眠れる聖女」という、なんとも不名誉で、かつ私の実態を正確に表した二つ名が、国中に広まることになってしまったのだった。


 私がその事実を知るのは、目覚めてから数時間後のことである。

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