15.ツンデレ王子と「幻の昼寝スポット」
「見ろ、リア! これぞ王家の書庫から見つけ出した、伝説の古文書だ!」
エドワード王子は、鼻息も荒く、カビ臭い羊皮紙の束を私の目の前に突きつけた。 私はポチの背中で眉をひそめた。せっかくのティータイム(二回目)だったのに。
「……なにそれ」
「フフン、驚くなよ。これは『初代アルガルド公爵の日記』だ!」
初代? この公爵家は建国当初から続く名門だ。初代といえば、数百年前の人物になる。
「父上が『お前の家の庭には、まだ知られざる秘密がある』と言っていたのを思い出してな。調べてみたら、これが出てきたんだ!」
王子は羊皮紙を広げ、芝居がかった口調で読み上げた。
「『我が屋敷の庭の奥深く、巨木の根元に封印せし場所あり。そこは“黄金のまどろみ”をもたらす、至高の聖域なり』……どうだ!」
「……おうごんの、まどろみ?」
私の目がカッ開かれた。 まどろみ。それは、この世で最も甘美な響き。 しかも「至高の聖域」とまで書かれている。これは聞き捨てならない。
「その場所、どこ?」
私が前のめりになると、王子は得意げに鼻を鳴らした。
「知りたいか? 知りたいよな? 僕もこの『黄金のまどろみ』というのが、どんな凄い財宝なのか気になってな。僕が隊長として案内してやってもいいぞ!」
王子は完全に冒険ごっこを楽しむつもりだ。 普段なら「めんどくさい」と一蹴するところだが、今回ばかりは利害が一致した。 もしそこに、現代の科学をも凌駕する「古代魔法の安眠グッズ」が眠っているとしたら……?
「いく。ポチ、出陣」
「わふ!」
私が号令をかけると、ポチが立ち上がる。 その時、テラスの植え込みから「ガサッ」と音がした。
「あら、楽しそうですわね。わたくしも混ぜていただきましてよ!」
縦ロールを揺らしながら現れたのは、ヴィヴィアン様だ。また来ていたのか。 彼女は慣れた手つきでとりさん(グリフォン)の背中に乗り込むと、扇子を広げた。
「殿下がおっしゃるなら、きっと素晴らしい宝石かドレスが眠っているに違いありませんわ!」
「お前なぁ……毎日来るなよ」
王子が呆れ顔で言うが、ヴィヴィアン様は「ふん」とそっぽを向く。 こうして、私(ニート志望)、王子、ヴィヴィアン様(お嬢様)、そして魔獣三匹による、屋敷内探検隊が結成された。
◇
古文書の地図が指し示していたのは、庭園の最奥部。 人間が手入れをしていない、鬱蒼とした原生林エリアだった。
「こ、こんな場所があったなんて……」
王子が剣を握りしめて震えている。 木々は高く生い茂り、昼間でも薄暗い。ポチが鼻をスンスンと動かし、警戒ではなく「何かいい匂いがする」といった様子で尻尾を振った。
「ホー」
私の肩に乗っていたホーちゃん(賢者のフクロウ)が、一本の巨大な古木を指し示すように飛び立った。 それは、大人十人が手を繋いでも届かないほど太い幹を持つ大樹だった。 その根元に、蔦に覆われた小さな洞窟のような穴がぽっかりと口を開けている。
「……ここか」
王子がゴクリと唾を飲み込む。
「『封印せし場所』……きっと中には恐ろしい罠や、財宝を守るガーディアンが……」
王子がビビって足踏みしている間に、私はポチの背中を叩いた。
「ポチ、いって」
「わふん」
ポチは躊躇なく穴の中へと進んでいく。 中は意外にも広かった。そして、薄暗い通路を抜けた先に広がっていたのは――。
「……わぁ」
思わず声が出た。 そこは、ドーム状になった地下空間だった。 天井の隙間から木漏れ日がスポットライトのように差し込み、地面一面に、見たこともない金色の苔がびっしりと生えている。
空気が、甘い。 花の香りとも違う、精神を深くリラックスさせる不思議な香気が充満している。
「な、なんだここは……?」
遅れて入ってきた王子とヴィヴィアン様も、目を丸くした。 財宝の山を期待していた二人はキョトンとしているが、私は直感した。 これこそが「宝」だと。
私はポチから滑り降り、その金色の苔の上にダイブした。
ぽふん。
「……!!」
衝撃。 柔らかい。あまりにも柔らかい。 最高級の低反発マットレスが裸足で逃げ出すレベルだ。しかも、じんわりと温かく、疲れが瞬時に溶け出していくような魔力を感じる。
「これ……さいきょう」
私がとろけた顔で呟くと、ポチも我慢できずに「くぅ~ン!」と鳴いて転がり込んだ。 とりさんも、ホーちゃんも、次々と苔の上に不時着する。
「ええ? ただの苔ですの? ……きゃっ!」
ヴィヴィアン様が恐る恐る足を踏み入れ、その感触に驚愕する。
「な、なんですのこの弾力! まるで雲の上ですわ!」
「おいおい、僕の探していた財宝は……うわっ、なんだこれ、すげぇ気持ちいい……」
王子も苔に座り込み、その魔力に取り憑かれた。 この苔、どうやら微弱な「睡眠導入魔法」を自然放出しているらしい。 初代公爵は、きっとここで公務をサボって昼寝をしていたに違いない。同志よ。
「……ねる」
私は宣言した。 もう動けない。この場所から一歩も出たくない。
「ちょ、ちょっとリア! こんなところで寝たら服が汚れるし……むにゃ……」
ヴィヴィアン様の抗議の声が、次第に小さくなる。 彼女もとりさんの翼を枕にして、瞳が閉じかけている。
「王族たるもの……こんな場所で……ぐぅ……」
王子もポチの腹に頭を乗せ、力尽きた。
静寂。 木漏れ日の中で、三人の子供と三匹の魔獣が、金色の絨毯の上で折り重なって眠る。 それはまさに「黄金のまどろみ」だった。
◇
数時間後。 「リアがいない!」「殿下もいない!」と大パニックになったパパと近衛兵たちが、必死の捜索の末にこの場所を発見した。
「……っ!!」
パパは、そのあまりにも神々しく平和な寝顔の集合体を見て、言葉を失った。 怒ることも、連れ帰ることも忘れ、ただ無言で画家に速写させたという。
この日発見された「秘密基地」は、後にパパによって厳重な警備体制が敷かれ、私専用のお昼寝ルームとして改装されることになった。 もちろん、王子とヴィヴィアン様も「秘密クラブの会員」として、足繁く通うようになったのは言うまでもない。




