14.賢者様の来訪と、兄様の登校拒否
その日の朝、公爵邸は戦場と化していた。
ドォォォン!!
爆発音が響き、庭の噴水が粉々に吹き飛ぶ。 私は飛び起きた。 ポチの毛皮の上で二度寝を楽しんでいたのに、これでは安眠どころではない。
「カイン! いい加減にしなさい! 学園に戻る時間だぞ!」
「嫌だ! 僕は戻らない! リアのいない学園に何の意味があるんだ! 僕はここでリアの成長記録をつけるんだァァッ!」
庭では、パパと兄様が魔法と剣で大喧嘩を繰り広げていた。 兄様ことカインは、王都の魔導学園に在籍している。本来なら寮生活のはずなのだが、「リア成分が不足すると死ぬ病」にかかったとかで、屋敷に立て籠もっているのだ。
「往生際の悪い! お前を連れ戻すために、学園長までいらしているんだぞ!」
パパが指差した先には、長い白髭を蓄えた、魔法使いのお手本のような老人が立っていた。 この国の筆頭宮廷魔導師にして、学園長。「大賢者」と呼ばれるマーリン様だ。
「フォッフォッフォ。カインくんや、君の才能は惜しい。さあ、一緒に帰ろうではないか」
大賢者様が杖を振るうと、空から無数の光の鎖が現れ、兄様を捕縛しようとする。
「邪魔をするなクソジジイ! ……あ、失礼。『空間断裂』!」
兄様が眼鏡を光らせて空間を切り裂き、鎖を消滅させる。 強い。 シスコンという属性さえなければ、本当に天才なのだろう。
「ええい、うるさい!!」
私はテラスの窓を開け放ち、叫んだ。 ポチととりさんも、主の睡眠を妨害されて殺気立っている。
「リ、リア!?」
兄様が動きを止める。その隙を大賢者様は見逃さなかった。 光の鎖が兄様をぐるぐる巻きにし、宙吊りにする。
「離せ! 僕はリアと朝のブラッシングをするんだ!」
芋虫のように暴れる兄様。 私はため息をつき、ポチの背に乗って庭へと降りた。
「……ほう?」
大賢者様が、興味深そうに私を見た。 その肩には、真っ白なフクロウが止まっている。ただのフクロウではない。魔力を帯びた、賢者の使い魔だ。
「これが噂の姫君かな。フェンリルを手懐けているとは聞いていたが……まさか乗用にしているとは」
「おじいちゃん、だれ?」
私が尋ねると、大賢者様は目尻を下げた。
「ワシはマーリン。カインくんの先生じゃよ。……ふむ、近くで見ると、君からは不思議なオーラが出ておるな」
大賢者様は目を細め、魔力を視る目(魔眼)で私を観察し始めた。
「魔力そのものは平凡……いや、これは『魂の質』か? 精霊や魔獣に愛される、特異体質……」
ブツブツと分析を始めた大賢者様の肩から、白いフクロウが飛び立った。 そして、迷うことなく私の肩に着地する。
「ホー!」
フクロウは私の頬に頭を擦り付け、甘えた声を上げた。
「なっ……!?」
大賢者様が杖を取り落としそうになる。
「シロが……! ワシ以外には決して懐かない、誇り高き『知恵のフクロウ』が初対面の幼子に!?」
フクロウは心地よさそうに目を閉じ、私の銀髪に埋もれている。 どうやら、賢者の使い魔だろうと、私の「動物愛され体質」の前には等しく無力らしい。
「よしよし。ふわふわだね」
私がフクロウの喉元を撫でてやると、フクロウは羽を広げて喜びを表現した。 大賢者様は、信じられないものを見る目で私とフクロウを交互に見ている。
「……カインくんが執着する理由が分かった気がするわい。この子は、人智を超えておる」
「先生! 分かったでしょう!? リアは尊いんです! だから僕はここに残ります!」
宙吊りの兄様が叫ぶ。 しかし、私は首を横に振った。
「兄様、がっこう、いって」
「ガーン!! な、なぜだいリア!? 兄様と一緒にいたくないのかい!?」
「うるさいから」
兄様の心臓にヒビが入る音がした。 だが、ここで突き放すだけでは、この暴走特急は止まらない。私はアメとムチを使い分けることにした。
「それに……兄様、すごくない」
「え?」
「パパは、きしだんちょー。ママは、せいじょ。兄様は、ただのがくせい」
私はわざと煽ってみた。 兄様の表情が固まる。
「リアの枕のほうが、つよい」
「ッ……!!」
兄様のプライドに火がついた。 彼はギリギリと歯を食いしばり、眼鏡の奥で炎を燃え上がらせた。
「……分かった。僕が学生だから頼りないと言うんだね」
「ん」
「見ていてくれリア! 僕は学園で究極の魔法を極め、いつか必ず『世界一快適な魔法のベッド』を作り上げてみせる! そしてポチからその『枕』の座を奪い取ってやるぞ!」
方向性は間違っているが、やる気になったようだ。 私はニッコリと笑った。
「たのしみにしてる」
「うおおおお! やるぞ! 僕はやるぞォォ!」
兄様は自力で光の鎖を引きちぎり(大賢者様が驚愕していた)、パパの手を握りしめた。
「父上! 行ってきます! 次に戻る時は、大魔導師となって帰還します!」
「お、おう。頑張れ……」
兄様は嵐のように馬車に飛び乗り、学園へと去っていった。 台風が去った後のような静けさが、庭に戻ってくる。
「……恐ろしい子じゃ」
大賢者様がポツリと呟いた。
「あのカインを言葉巧みに操るとは……。お嬢ちゃん、君、本当に三歳か?」
「三歳だよ」
私はフクロウを大賢者様に返そうとしたが、フクロウは「イヤだ」とばかりに私の服に爪を立てて離れない。
「……シロ、裏切るのか」
大賢者様が哀愁漂う背中で立ち尽くす。 結局、大賢者様はお茶(と私のキッス)で機嫌を直し、泣く泣くフクロウを私の元に「留学」させることになった。
こうして、私の元にはポチ、とりさんに続き、賢者のフクロウ(あだ名は『ホーちゃん』)が加わった。 兄様がいなくなり、ようやく静かな日常が戻ってくる……はずだった。
しかし私は忘れていた。 フラグというものは、忘れた頃に回収されるものだということを。
「――おーい! リア! 遊びに来てやったぞ!」
数日後。 懲りないツンデレ王子、エドワードが再び屋敷に現れたのだ。しかも今度は、何やら怪しげな「古文書」を片手に。




