13.ライバル(?)登場!
王都での騒動から数日。 私は屋敷のサンルームで、至福の時間を過ごしていた。
「ん~……おいしい」
スプーンですくった黄色い宝石――『天使のプリン』を口に運ぶ。 濃厚な卵の風味と、ほろ苦いカラメルのハーモニー。前世のコンビニスイーツを遥かに凌駕するクオリティだ。 パパが私のために、店ごと職人を雇ってくれたおかげで、いつでも食べ放題なのだ。権力って素晴らしい。
足元には、元のサイズ(巨大)に戻ったポチ。 膝の上には、とりさん(グリフォンの幼体)。 美味しいおやつと、最強のもふもふ。私のスローライフは完成されていた。
――ガチャン!
そんな穏やかな空気を切り裂くように、サンルームの扉が勢いよく開かれた。
「ごめんあそばせ!」
高らかな声と共に現れたのは、一人の幼い少女だった。 年齢は四、五歳くらいだろうか。 煌びやかな深紅のドレスに身を包み、金髪を見事な縦ロール(ドリル状)に巻いている。 まさに絵に描いたような「お嬢様」だ。
「……だれ?」
私がスプーンを咥えたまま尋ねると、少女はバッと扇子を広げて口元を隠し、ビシッと私を指差した。
「よくぞ聞いてくださいましたわ! わたくしは、ヴィヴィアン・フォン・ローゼンバーグ! 宰相の娘にして、エドワード殿下の婚約者候補筆頭ですわ!」
宰相の娘。なるほど、偉い人だ。 でも、私には関係ない。私はプリンに戻ろうとした。
「無視しないでくださる!? これだから田舎の公爵令嬢は!」
ヴィヴィアン様が地団駄を踏む。 どうやら彼女は怒っているらしい。
「わたくし、聞き捨てなりませんのよ! 殿下が先日、この屋敷にいらしてからというもの、『リアの家の犬はすごかった』『リアは生意気だが面白かった』と、貴女のことばかりお話しされているとか! キーッ! 悔しいですわ!」
なるほど。痴話喧嘩の飛び火か。 エドワード王子め、余計なことを。
「でんか、あげる」
私は即答した。
「……はい?」
「でんか、いらない。ヴィヴィアンおねえさまに、あげる」
私が正直な気持ちを伝えると、ヴィヴィアン様は目を白黒させた。
「な、なんですって? 未来の国王陛下であらせられる殿下を、いらないですって? そ、それは強がり? それとも高度な駆け引きですの?」
「ほんね。おうじさま、うるさいから、きらい」
私のド直球な言葉に、ヴィヴィアン様は扇子を取り落としそうになった。
「な、なんて罰当たりな……。でも、貴女、意外と正直な方なんですのね……」
ヴィヴィアン様が少し毒気を抜かれた顔をする。 しかし、すぐに気を取り直して、再び私を睨みつけた。
「騙されませんわよ! そうやって無欲を装って、殿下の気を引く作戦なのでしょう! わたくしは認めませんわ! わたくしと勝負なさい!」
「しょうぶ?」
「ええ! レディとしての魅力を競うのです! どちらが殿下に相応しいか、白黒つけようではありませんか!」
面倒くさい。 私はポチの毛皮に顔を埋めた。
「ねむいから、パス」
「なっ……! 逃げるんですの!?」
ヴィヴィアン様がツカツカと歩み寄ってくる。 その時、彼女はようやく気づいたらしい。 私が座っている「銀色の絨毯」だと思っていたものが、呼吸をしていることに。
「……あら? この敷物、動いて……」
グルルル……。
ポチが薄目を開け、低い唸り声を上げた。 主(私)の安眠を妨害する敵に対し、フェンリルの殺気が放たれる。
「ひぃっ!?」
ヴィヴィアン様が飛び上がり、腰を抜かした。 ついでに、膝の上にいたとりさんも「キエッ!」と鳴いて羽を広げる。
「な、な、な……!? お、狼!? それに魔獣!?」
「ポチと、とりさん。かぞく」
私は淡々と紹介した。 ヴィヴィアン様は顔面蒼白になり、震える指でポチを指差す。
「こ、こんな野蛮な獣を屋敷に入れているなんて……! やはり貴女、正気ではありませんわ! わたくしを食べさせる気ですの!?」
「たべないよ。ポチ、おいしくないものは、きらい」
「失礼な!」
恐怖よりもプライドが勝ったらしい。なかなかの根性だ。 ポチがふん、と鼻を鳴らして再び目を閉じる。 そのふさふさの尻尾が、パタンパタンと床を叩いた。
ヴィヴィアン様の視線が、その尻尾に釘付けになる。 銀色に輝く、極上の毛並み。風に揺れる、柔らかそうな毛先。
「……」
ヴィヴィアン様がゴクリと喉を鳴らした。 おや? この反応は。
「さわりたい?」
「ッ!? バ、バカをおっしゃらないで! わたくしは宰相の娘ですのよ!? そのような野獣など……!」
口では否定しているが、目が「触りたい」と言っている。 高級なドレスを着ているお嬢様ほど、こういう野生のモフモフには飢えているものだ(偏見)。
「いいよ。こわくないから」
私はポチの尻尾を掴み、ヴィヴィアン様の方へ差し出した。 ポチは「またかよ」という顔をしているが、私のためなら我慢してくれる。いい子だ。
「……ど、どうしてもと言うなら、少しだけ……少しだけ触って差し上げてもよろしくてよ?」
ヴィヴィアン様はおずおずと手を伸ばし、ポチの尻尾に触れた。
モフッ。
「……っ!」
瞬間、ヴィヴィアン様の表情がとろけた。
「な、なんですのこれ……! シルク? いいえ、それ以上の手触り……! それに温かくて、弾力があって……!」
「でしょ?」
「くっ……! 悔しいけれど、認めざるを得ませんわ! この毛並み、国宝級ですわ!」
ヴィヴィアン様は完全に陥落した。 最初は指先だけだったのが、両手になり、やがて頬ずりし始めた。 ポチも、可愛い女の子に撫でられるのは満更でもないらしく、されるがままだ。
「ずるいですわリア様! こんな素敵なモフモフを独り占めするなんて!」
「リアさまでいいよ。いっしょに、ねる?」
「ね、寝ます!」
数分後。 サンルームには、巨大なフェンリルのお腹で、幸せそうに眠る二人の幼女の姿があった。 様子を見に来たパパと宰相閣下(娘を迎えに来た)は、その光景を見て言葉を失ったという。
「……ギルバート殿。お宅の娘さんは、猛獣使いの才能だけでなく、人たらしの才能もお持ちのようだ」
「いや、ただ寝ているだけなんですが……」
こうして、私の元に「ライバル」ではなく「モフモフ仲間」が増えた。 ヴィヴィアン様はその後も、「勝負ですわ!」と言い訳をしては、足繁く屋敷に通ってくるようになるのだが、それはまた別のお話。




