12.初めてのおでかけと、もふもふパレード
ある晴れた休日。 私は居間のソファで、究極の選択を迫られていた。
「リア、頼む! パパと一緒に城下町へ買い物に行こう!」
朝からパパが土下座せんばかりの勢いで誘ってくる。 私の答えは決まっている。
「や。おうちがいい」
外出なんてめんどくさい。着替えるのも、歩くのも、愛想笑いをするのも労働だ。 私はポチの毛並みに顔を埋め、断固拒否の姿勢を示した。
「そんなこと言わずに! 城下町で評判の『天使のプリン』を買ってあげるから!」
「……ぷりん?」
私の耳がピクリと動く。 前世の記憶にある、あの甘くてとろける食べ物。この世界にもあるのか。 糖分は脳の栄養だ。そして美味しいものを食べてすぐ寝るのは、背徳的な喜びがある。
「いく」
私は即答した。パパの顔がパァッと輝く。ちょろいのは私の方かもしれない。
◇
しかし、問題が発生した。 玄関で靴を履いていると、背後から悲痛な鳴き声が聞こえたのだ。
「クゥ~ン……」
ポチだ。 巨大な体を小さく縮こまらせ、捨てられた子犬(サイズは牛くらいあるが)のような目で見つめてくる。 とりさん(グリフォン)も、窓ガラスにへばりついてジッとこちらを見ている。
「ごめんね。おっきいから、おるすばん」
私が諭すと、ポチは絶望したように床に突っ伏した。 その姿があまりに哀れで、私の良心がチクリと痛む。 フェンリルを街中に連れて行くわけにはいかない。パニックになる。
「……ちいさくなったら、いいのに」
私が何気なく呟いた、その時だった。
ボフンッ!
白い煙が上がり、ポチの姿がかき消えた。 煙が晴れると、そこにいたのは――。
「わふ!」
私の手のひらサイズ……とまではいかないが、中型犬くらいのサイズになった、ミニ・ポチだった。 つぶらな瞳、短い足、コロコロとした体型。どこからどう見ても、ただの可愛い白いワンちゃんだ。
「……え、ちいさくなれるの?」
「わふん(ドヤ)」
ポチが胸を張る。どうやら魔力で身体のサイズを圧縮したらしい。 パパが顎を外して驚いている。
「フェ、フェンリルが擬態しただと……!? そんな高度な魔法、聞いたことがないぞ!」
まあ、ポチの執念だろう。 これなら連れて行ける。
「よし、ポチもおいで」
「わん!」
こうして、私とパパ、そして白い犬(中身は災害級魔獣)の、初めてのお忍びデートが始まった。
◇
王都のメインストリートは、多くの人々で賑わっていた。 私たちは目立たないよう、変装をしている。 私はフードを目深に被り、パパは伊達メガネに平民風の服……を着ているのだが、隠しきれない騎士団長オーラのせいで、逆に「怪しい凄腕の傭兵」みたいになっていた。
「リア、私の手から離れてはいけないよ。悪い人攫いがいるかもしれないからね」
「ん」
パパは過保護に周囲を警戒しているが、私は街の景色に興味津々だった。 石畳の道、レンガ造りの建物、屋台から漂う香ばしい匂い。 私はポチのリード(飾り紐)を引きながら、トテトテと歩く。
すると、異変はすぐに起きた。
「ニャー」
路地裏から、一匹の黒猫が姿を現した。 猫は私を見ると、一直線に駆け寄ってきて、私の足元にスリスリと体を擦り付けた。
「あら、ねこさん」
私が屈んで撫でてあげると、猫はゴロゴロと喉を鳴らす。 ここまでは、よくある光景だ。 しかし、私の「動物愛され体質」は、街中でも健在だった。いや、人口密度が高い分、効果範囲も密集していた。
「ワン!」「ニャー!」「チュンチュン!」
次々と、どこからともなく動物たちが現れた。 野良犬、野良猫、飼い犬(リード付き)、鳩、ネズミ、さらには店の軒先に繋がれていた馬まで。
あらゆる動物たちが、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、私の後ろに行列を作り始めたのだ。
「えっ、なにこれ」
気づけば、私は「動物パレード」の先頭を歩いていた。 私の背後には、数十匹の犬猫が整列して行進し、頭上には鳩の群れが旋回している。 ポチが「俺の主だぞ!」とばかりに威嚇するが、動物たちはトランス状態で気にしていない。
「お、おいリア! これはどういうことだ!?」
パパが振り返り、ギョッとする。
「わかんない。勝手についてくる」
「マタタビでも持っているのか!? いかん、目立ちすぎる!」
パパの懸念通り、街の人々が足を止めてざわめき始めた。
「なんだあの行列は?」 「あのフードの子、動物使いか?」 「いや、見ろよ。あの犬も猫も、みんな幸せそうな顔をしてるぞ……」 「もしや、噂の『動物の女神様』の化身では……?」
変な噂が生まれ始めている。 まずい。お忍びデートが、公開パレードになってしまう。
「パパ、ぷりん。はやく」
私は目的だけを果たして撤収することを決めた。 パパに抱っこをねだる。 パパは「よしきた!」と私を抱き上げ、早足で目当ての店へと向かった。
しかし、動物たちは諦めない。 パパの後ろを、犬も猫も馬も、ゾロゾロとついてくる。 それはまるで、童話の『ハーメルンの笛吹き男』のような、あるいは百鬼夜行のような、シュールで壮観な光景だった。
結局、私たちは「天使のプリン」を手に入れたものの、店を出る頃には店の前が動物で埋め尽くされ、衛兵隊が出動する騒ぎになってしまった。
「お嬢ちゃん、この動物たち、どうにかできないか?」
困り果てた衛兵のおじさんに頼まれ、私は仕方なく動物たちに向かって手を振った。
「みんな、バイバイ。おうちにかえって」
その一言で、魔法が解けたように動物たちは「ハッ」と我に返り、散り散りに去っていった。 衛兵たちや群衆から、「おお……!」と感嘆の声が上がる。
「やはり、ただ者ではない……」 「あの子、どこかの貴族様か?」
視線が痛い。 私はフードを深く被り直し、パパの胸に顔を埋めた。
「パパ、かえる」
「そ、そうだな。撤収しよう!」
私たちは逃げるように馬車に飛び乗った。 膝の上には、戦利品のプリンと、人間に戻った(?)ポチ。 疲れたけれど、プリンは美味しかったので、まあ良しとしよう。
けれど翌日、王都の新聞に『謎の幼女、動物軍団を率いて王都を行進』という見出しが載り、パパが白目を剥いて倒れることになるのは、まだ先の話だ。




