11.兄様の熱血指導と、最強の「引きこもり魔法」
シスコン兄様ことカインが帰還してからというもの、私の平和なスローライフは危機に瀕していた。
「リア! 今日はいい天気だね! さあ、魔法の特訓を始めよう!」
朝食を食べ終わるや否や、兄様が私の部屋に突撃してくるのだ。 兄様は王都の学園で「魔導の天才」と呼ばれているらしい。その才能を、なぜか三歳の妹の教育に全振りしようとしている。
「いや。ねる」
私が布団に潜り込もうとすると、兄様は目を輝かせて布団を剥ぎ取った。
「ダメだよリア。君はフェンリルを従えるほどの魔力の持ち主だ。その力を制御できないと、君自身が危ないんだ。兄様が手取り足取り教えてあげるからね!」
兄様の言っていることは、悔しいけれど正論だった。 以前、グリフォンを癒やした時も謎の光が出たし、感情が高ぶると周囲の物が浮いたりする。このままでは「お昼寝中に屋敷を爆破」なんてことになりかねない。 私は渋々、ポチの背中に乗って庭の訓練場へと向かった。
◇
訓練場には、心配性のパパと、ニコニコ顔のママ、そして護衛のポチととりさんが勢揃いしていた。完全なる過保護体制だ。
「いいかいリア。魔法というのはイメージだ。自分の魔力を練り上げ、具現化するんだ」
兄様が杖を構える。
「まずは基本の『火の玉』から見せるよ。……『赫き炎よ、我が敵を穿て』!」
ドォォォン!!
兄様が放った火球は、訓練用のカカシを跡形もなく消し炭にし、地面に巨大なクレーターを作った。 熱風が頬を撫でる。 ……これが基本? 殺傷能力が高すぎる。
「すごいだろう? さあ、リアもやってごらん! 敵を燃やし尽くすイメージだ!」
「やだ。あつい」
私は首を横に振った。 そもそも、私には倒したい敵なんていない。私の敵は「早起き」と「労働」だけだ。それらを物理的に燃やすことはできない。
「うーん、攻撃魔法は嫌いかな? じゃあ、何がいい?」
「……しずかで、すずしくて、だれにもじゃまされないやつ」
私のリクエストに、兄様は少し考え込んだ。
「防御魔法系かな? よし、じゃあ『自分を守る』イメージで魔力を放出してみて」
自分を守る。 それは得意分野だ。私はいつだって、安眠を妨害するあらゆる外敵から身を守りたいと思っている。 騒音、直射日光、虫、そして「勉強しなさい」という小言。 それら全てを遮断する、完璧な空間。
(……エアコン完備、完全防音、遮光カーテン付きの部屋……)
私は前世の記憶を総動員して、理想の「引きこもり部屋」をイメージした。 そして、身体の奥底にある温かいものを、ふわりと外に出す。
「……んッ」
ポワン。
私の手から、シャボン玉のような透明な球体が生まれた。 それはスルスルと広がり、私とポチととりさんをすっぽりと包み込んだ。
「おや? これは……結界魔法か?」
兄様が興味深そうに近づいてくる。
「見た目は薄い膜のようだけど……どれ、強度を試してみよう」
兄様は杖でコツンとシャボン玉を突いた。
バヂィッ!!
「ぐわぁぁっ!?」
兄様が派手に弾き飛ばされた。 まるでゴム毬のように地面を転がる兄様を見て、パパが血相を変える。
「カイン!? 大丈夫か!」
「い、痛つつ……。す、すごいぞリア! 僕の魔力を完全に反射した!」
兄様は鼻血を出しながらも、なぜか嬉しそうだ。 私はシャボン玉の中で首を傾げた。 外の声が、全く聞こえないのだ。兄様が何か叫んでいるようだが、口がパクパク動いているようにしか見えない。 しかも、シャボン玉の中は適度に涼しく、ポチの体温が循環して最高の室温になっている。
(……これ、最強では?)
私はポチの毛皮にダイブした。 外では、パパが剣を抜いてシャボン玉に斬りかかっているが、剣の方が「ボヨン」と弾き返されている。 ママが何やら聖魔法らしきものを放っているが、それもキラキラと霧散していく。
絶対防御。完全防音。 これさえあれば、誰にも邪魔されずにどこでも昼寝ができる。
「すー……」
私が目を閉じると、シャボン玉の効果なのか、ポチととりさんも「ふわぁ」とあくびをして、一緒に丸くなり始めた。 シャボン玉の中に、強制的な「睡眠効果」まで付与されているらしい。
◇
「……どうなっているんだ、これは」
外の世界では、パパたちが途方に暮れていた。
「物理攻撃無効、魔法攻撃反射。おまけに内部の時間の流れまで遅くなっているように見える……」
カインが眼鏡を拭きながら分析する。
「これは、伝説級の『聖域』に近い魔法だよ。いや、術式がもっと独占的だ。『絶対不可侵領域』とでも呼ぶべきかな」
「そんな物騒な名前なのか?」
「リアの『誰にも邪魔されたくない』という執念が具現化したんだね……。ある意味、最強の城塞だ」
カインはうっとりとシャボン玉を見つめた。
「ああ、この中でリアと一緒に永遠に眠り続けたい……」
「それは私が許さん!」
パパが一喝する。
結局、私が目を覚まして魔法を解除するまで、公爵家の庭には「誰も手出しができない謎の球体」が鎮座し続けることになった。 この日以来、私の魔法特訓は「危険すぎる(主に周囲が)」という理由で中止となり、私はまた一つ、快適なスローライフへの武器を手に入れたのだった。




