1.労働、絶対反対。
ふかふかの高級羽毛布団。肌触りの良いシルクのシーツ。 そして何より、耳をつんざく目覚まし時計の音が、ない。
(……最高か)
私は、リリアンヌ・ド・アルガルド。三歳。 この国の筆頭公爵家の長女であり、そして元・日本の社畜OLだ。
前世の記憶は、あまり思い出したくない。 満員電車に揺られ、理不尽な上司に怒鳴られ、終電で帰り、コンビニ弁当を食べて寝るだけの日々。そしてある日、デスクで意識が飛び――気づけば、この幼児の体に収まっていた。
神様とやらに会った覚えはないけれど、これだけは断言できる。 これは、神が私に与えた「ロングバケーション」であると。
「んぅ……」
私は短い手足を精一杯伸ばして、豪奢な天蓋付きベッドの上で寝返りを打った。 視界に入るのは、キラキラしたシャンデリアと、可愛らしい子供部屋の家具たち。
父親は、この国で一番偉い騎士団長様だという。つまり、超お金持ちだ。 将来の安泰は約束されている。
(もう、働かない。絶対にだ)
私は心に固く誓っている。 魔法の練習? 勉強? 社交界? 全部パスだ。 私はこの恵まれた身分をフル活用して、一生ダラダラして暮らす。誰になんと言われようとも、私はお昼寝を愛するプロのニートになるのだ。
「お嬢様、おはようございます。今日はとても良いお天気ですよ」
専属メイドのアンナが、カーテンを開け放つ。 眩しい朝の光が部屋に差し込んできた。
「おはよぉ、アンナ……」
三歳の舌はまだ未発達で、どうしても喋り方が甘ったるくなる。 それが私の「武装」だ。可愛く振る舞っておけば、大人は大抵のわがままを聞いてくれる。チョロいものだ。
「さあ、お着替えしましょうね」
「あい」
アンナに抱き上げられ、私は窓際へと移動する。 窓の外には、手入れの行き届いた広大な庭園が広がっていた。
私が窓枠に小さな手をかけた、その時だ。
バサバサバサッ!
「……?」
突然、庭の木々から一斉に鳥たちが飛び立ち、私のいる窓辺へと殺到した。 色とりどりの小鳥たちが、私の肩や頭、伸ばした手に次々と着地する。
「ぴぴっ!」「ちゅん!」「クルッ!」
小鳥たちは我先にと私の頬に体を擦り付け、うっとりとした目でさえずっている。まるで、猫がまたたびに酔った時のようだ。
「まあ! 今日もすごいですねえ。お嬢様は本当に動物さんに好かれていらっしゃる」
アンナが感心したように手を叩く。 私は頭に乗った小鳥の重みを感じながら、ぼんやりと思った。
(この世界の動物、人懐っこすぎない? 野生、忘れてるの?)
どうやら私は、生まれつき動物に好かれやすい体質らしい。 庭に出ればリスが足元に群がるし、蝶々が頭の周りを飛び回る。 ちょっと鬱陶しいけれど、冬場は温かいし、ふわふわしているので良しとしている。
その時、部屋の扉がノックもなしに勢いよく開かれた。
「リア! 私の天使! おはよう!」
ドタドタと足音荒く入ってきたのは、銀髪に鋭い眼光を持つ長身の男。 我が父、ギルバート・ド・アルガルド公爵だ。 世間では「氷の騎士団長」とか「北の魔王」とか呼ばれて恐れられているらしいけれど、私の前ではただの親バカである。
「パパ、おはよ」
「ぐふっ……!」
私が挨拶をしただけで、パパは胸を押さえて膝をついた。 大丈夫だろうか、この国の騎士団長。
「か、可愛い……。小鳥に囲まれたリア、まさに森の妖精……いや、女神……。今すぐ画家に肖像画を描かせなければ……」
「パパ、だっこ」
「喜んで!!」
パパは目にも止まらぬ速さで私を抱き上げると、頬ずりをしてきた。 鎧が硬くて痛いけれど、高いところからの景色は悪くない。
「今日はお休みだから、パパと遊ぼうか? 新しい積み木があるんだ」
「んーん。お外、いく」
私は窓の外を指差した。 今日の天気は最高だ。このポカポカ陽気の中、庭の木陰で二度寝をする。それが今日の私のスケジュールだ。
「お外か! よし、パパがお散歩に連れて行ってあげよう!」
「あい」
パパの腕の中は楽ちんだ。自分で歩かなくて済む。 私はパパの首に腕を回し、あくびを噛み殺した。
(さて、最高の芝生を探しに行こうかな)




