【第2章】君たちを繋ぐパレット 第6話
「ここがね、チビちゃんの新しいお家だよ」
目が覚めると、檻のような狭い部屋に入れられていた。……狭くて苦しい…そして、ガタガタ揺れる。
(……ちょっと……どこ? ここ……)
(誰? あの人……怖い……)
(……え? ていうか……すっごく寒いんだけど……)
車を停めて、女の人はわたしが入った檻を手に取る。グンッという感覚があったから……たぶん、持ち上げられてるんだと思う。
「あぁ……ご無沙汰してます!」
「いえいえ! こちらこそー」
一体、何の話をしているんだろう?
違う男の人と話をしてる……。とにかく……狭いから、早くこの檻から出して欲しい。……寒いし、息が詰まりそう。
「どうぞ」
男の人がそう言うと、女の人はわたしを持って家の中へと入っていった。狭い部屋。……でも暖かい部屋。さっきまでと比べたら天国。
「あっ、いらっしゃい!」
(また違う女の人だぁ。……綺麗な人)
「あら! これが猫ちゃんですか?」
女の人が、檻の中を覗き込んでくる。……思わず後ろの壁へと身を寄せる。
「そうですよ、元気なチビちゃんです。……わたし、譲渡される方がお名前を付けられるまでは……『チビちゃん』って呼ぶようにしてるんです」
「なるほど」
「なので、この後……名前を付けてあげて下さいね」
しばらく和やかな雰囲気で話をしていた。
(あー……眠くなってきたけど……寝て大丈夫かなぁ……)
部屋の中は暖かい。わたしがちょうど好きな温度。体中がぽかぽかして……何だか眠くなってきたけど……でもちょっと怖いから我慢する。
「じゃぁ、何かあったらLINEで連絡して下さいね!」
そう言うと、わたしを連れてきた女の人はドアをぴしゃりと閉めて、出ていった。
(帰ったのかな)
「いよいよ猫ちゃんとの暮らしかぁー」
「ね。ちゃんとお世話してよね?」
2人が話合っていた。声だけ聞くと……何だか、優しそうな感じもする。でも、まだまだ気は抜けない……。
ガチャリ
男の人が、檻をゆっくりと開けた。檻から離れて……わたしが部屋の中に出やすいように気を配っているようにも感じる。
(出てみようかなぁー……)
わたしは恐る恐る顔を出した。そして左足をゆっくりと地面に付けて、問題ないことを確認する。
(……大丈夫そうね)
周囲を確認して……危ない物はなさそうだったので、檻から体を全部出した。
「あっ、出てきたよ」
「……どうするんだろうね」
「きょろきょろしてる……」
2人とも、じっとわたしの行動を見てるんだ……何だか緊張するんだよなぁ……。
(あ……そうだ)
わたしはトイレとご飯の場所を探した。「良い? 先ずは初めて家に入った時は……危険な物は無いか? 必ずチェックする事。それができたら、次は……トイレとご飯。そして水を飲む所を探すの」サビ先生の授業、ちゃんと聞いてたもんね。わたし!
水を飲むところも……ちゃんとある。
(……良かった。実は優しい人たちなのかなぁ?)
(お礼、言っとかないとね)
「にゃ~!(ありがと!)」
「あっ、何だろ? 鳴いてるよ?」
「ふふっ……お腹でも空いたのかな?」
わたしは部屋の中の探検を始めた。くんくんと鼻をならす。変な匂いもないし……何だかとっても暮らしやすそう。この大っきくて、黒い箱は……何だろう?
「ねえ、あなた? 名前はどうするの?」
「ん? 名前……? どうしようね」
「何よ、まだ決めてないんだ」
「いや……人生で初めて猫と暮らすからさ……緊張しちゃって……決め切れ無かったんだよ」
「ははっ……幸せね、あなたは。候補とか……何も無いの?」
「んー……今の所は、『にゃーちゃん』かなぁって」
「何よ? それ……」
「えっ? にゃーにゃー鳴くだろうから……『にゃーちゃん』かなってさ」
「あはははっ! 芸が無いわねぇー」
「そういうのが、一番良いと思うけどなぁ」
2人がわたしの名前について話をしてる。……ちゃんと言葉、分かるんだからね?
(あっ……そういえば……)
わたしは急に、サビ先生が言っていたことを思い出した。
「男性を『パパ』、女性を『ママ』って呼ぶと良いわよ」
なるほど……授業で習ったような感じ。男の人と女の人が一人ずつだし。……そっか、じゃあ男の人が「パパ」で、女の人が「ママ」ってことか……
「じゃ、今日から『にゃーちゃん』に決定!」
パパが嬉しそうにわたしに向かって声を上げた。ママは隣でにこにこ笑ってる。
「……分かった? にゃーちゃん」
「にゃー!(はーい!)」
今日からパパ、ママと一緒に生活が始まるんだ――
優しそうで、良かったなぁ……
わたしの名前、「にゃーちゃん」なんだね。分かったよ!




