【第2章】君たちを繋ぐパレット 第5話
「今日はね、君たちに伝えないといけない事があるんだ」
校長先生は、真剣な声色でわたし達に向かって言った。表情も真剣そのもの……隣に立っているサビ先生は、下を向いているように見える。たった3人の教室内がざわつく。
(なんだろう……? やっぱり昨日の騒ぎが原因かな……)
これから何の話が展開されるのか……わたし達には全く見当がつかなかった。
「君たちの卒業について、だよ」
「えっ……?」
わたし達は全員で顔を見合わせた。誰ひとりとして「卒業」という言葉が校長先生の口から出ると思っていなかったから。
「急だけれど……このパレットを卒業してもらう事になったんだ」
「えっ……? 卒業……?」
「おい……マジかよ……」
わたしとハチは動揺を隠せない。……だって……急に卒業って言われても……
「……どうしてですか?」
いつもは寡黙であまり話をしないトラが、珍しく口を開いた。
「君たちを必要としている人が、急に現れた。だからだよ」
「……必要としてる人?」
「あぁ。我々にはネットワークがあるんだよ。日本全国にね」
「ネットワーク……ですか」
「そうだ。君たちの『癒し』が必要な人を、日夜リサーチしているんだ」
「えぇ……始めて知った……」
「そりゃそうだろね。君たちは言ってないからね」
校長先生はゆっくりと近くにある椅子に腰を下ろした。表情や目は真剣そのもの……恐らく冗談で言ってるのではないことは、すぐに分かった。
「で、ここ数日で急に現れたんだよ。だから……卒業を早めた」
「えっ……でも、わたし……」
「大丈夫」
サビ先生が優しくわたしに微笑みかける。
「大丈夫。……あなた達なら、大丈夫だから」
「……でも」
「あなた達なら……きっと仲良くやれるよ」
「うん……でも……わたし、先生ともっと一緒にいたい! みんなとも一緒にいたい!……寂しいよ」
覚悟が決まっている先生たちの表情。本当に先生と……ハチやトラと……お別れなんだ……。嫌だ……。ずっと一緒が良い……
「はははっ! 寂しく無いよ。大丈夫」
わたしの気持ちを察してか、校長先生が微笑みながらわたしに向かって話した。
「えっ……? 校長先生、どういうことですか……?」
「空を見上げなさい。寂しくなったら」
「……空? どういうこと?」
「ん? 君たちには力が備わってる」
「力……ですか? どんな?」
「君たちは、いつだって……空を通じて繋がってるんだ」
「……」
「仲間の事を想う時……空を見上げなさい。きっと想いは通じるから」
「……」
校長先生が何を言ってるのか……わたしにはさっぱり分からない。……でも、もう……行かなきゃいけないんだよね。
「さ、こっちから行くよ」
校長先生はゆっくりと椅子から立ち上がると、廊下に向かって歩き始めた。
「……はい」
しぶしぶ……わたし達も校長先生についていく。サビ先生は立っている場所から動かない。……きっとここでお別れなのかも知れない。
「サビ先生……」
目に溜まった涙が……こぼれ落ちる。どんな時もわたしを支えてくれた、素敵な先生。わたしはサビ先生のことが大好き。……いや、わたし以外のみんなも先生のことが好き。
「先生……今までありがとうございました」
「……ありがとございます」
ハチとトラも、先生に頭を下げている。やっぱりね。
「何よ、ハチもトラも……泣いてるんじゃない?」
「はぁっ? うるせえよ。泣いてなんかねぇよ」
「ははっ! じゃ、何で目をこすってんのよ」
「……あんま寝てないんだよ。昨日」
「まぁまぁ。最後まで仲が良いわね。あなた達は。……わたしはあなた達を担当できて、本当に幸せだったわよ?」
「……」
「次に会う人たちも……きっとわたしと同じように、幸せを感じるはずよ」
「……うん」
「さ! 涙を拭いて。自信持って! 行ってらっしゃい」
「……はい!」
廊下に校長先生の影が見える。待っててくれてるんだ……もう、行かないと。
「……辛いだろう?」
一切後ろを向かずに、校長先生が廊下を歩きながら話す。
「……はい」
「これが別れだよ」
「別れ……」
「あぁ。君たちは、これから向こうの世界で……同じような別れを何度も味わうことになるかも知れないね」
「それは……嫌だなぁ……」
「だけど」
「……」
「そのたびに、君たちは成長するんだ」
「……そうなんだ」
「きっと泣くこともあるだろう。怒りを覚えるかも知れない。それが……生きるという事だ。仕方ない。でも、これだけは覚えておきなさい」
「……何? 校長先生」
「すべてはご縁なんだ。出会う人は……決まっている。君たちにしかできないことがあるんだよ」
「ふぅん……」
「まだ分からないかも知れないね」
「うん……良く分からないかな……」
校長先生はにこりと笑った。
「それを、今から君たちは学びに行くんだ」
「……さ、このドアを開けて。行っておいで。沢山のことを……経験しておいで」
ドアを開けた瞬間――
まばゆい光が、わたし達を包んだ……
「かけがえの無い、経験をしておいで」
校長先生の顔が遠ざかっていく。
そして、わたしは意識を失った――




