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【第4章】親不孝者35歳、黒猫と暮らす 第23話

にゃーちゃんが僕を見つめる目に、一層力が入った気がした。


「……どういうことさ」

「ん? パパのお父さん。……たぶん、あんまり長くないね」

「……えっ? 分かるの?」

「うん。伝わるもん。お父さんがパパを想ってる気持ちが」

「……」

「空を通じて。わたしに伝わるの」

「……」

「パパに伝えたがってるよ? 色々」

「……良いよ。別に」

「良いの?」

「……もう、良い。東京は別に。良い」

一瞬で頭の中に……これまでのことが思い出される。いらいらしていたり…電車の中で涙が止まらなかったり……色々な想いが複雑に絡み合って整理できない。


「……変わってるね。パパは」

「変わってる?」

「そうだよ」

「……何が」

「だって……喫茶店とかわたしに……こんなに優しくて愛情いっぱいなのに」

「……」

「お父さんは、ちがうんだなぁって思って」

「……」

僕は言葉を返すことができなかった。


――


――


――


2日後の午後。僕は東京へ戻るために、「臨時休業」と書いた紙を急いで喫茶店のドアに貼る。


20分ほど前に、母親から「お父さんが死んだ」と電話がかかってきて、僕は準備に追われていた。飛行機のチケットを急遽取って、にゃーちゃんにご飯の準備をする。2日ほど空けることになるため、松野さんに連絡をすると、にゃーちゃんのお世話を快く引き受けてくれた。


「……行くんだ」

「そりゃね……」

「だから一昨日、言ったのに……」

ちょっと潤んだような瞳で、にゃーちゃんは問いかけてくる。


「スゴイね。にゃーちゃんの言ってたこと……本当だったじゃん……」

「……何よ、疑ってたんだ」

「疑ってはないよ。何だろ……いきなりだから信じてなかったっていうか」

「まぁ。それも……確かにそうか」

「2日ほど空けるから…松野さんにお願いしてある」

「あぁ……あの優しそうなお姉さんか。わたし、好きよ? あのお姉さん」

「ははっ……良かった。じゃ、ちょっと行ってくるから」

「うん。大丈夫。どこも行かないから」

「……」

「わたし、この家好きだから」

不思議なやり取りだな……と思いながら、下着だけカバンに詰め込み、家を出た。


お父さんには仲の良い友達は特にいなかった。母親の方も同じだったらしく……僕と母親のみが参加して行う火葬を選択した。火葬場のロビーで2人きりになったけれど……話に花が咲くことなど何一つなく、沈痛な面持ちで僕達は時間が経つのを待った。


最後のお別れの時。母親は泣いていた。「再婚してから一緒にいたからな……」と僕は思った。そもそも周りの人達に聞かれること自体が恥ずかしかったけれど……僕はお父さんに「お疲れ様でした」「長い人生、お疲れ様でした」とだけ声をかけるのみにした。


(何を……話そうか)


長崎から東京に向かう機内の中で、ずっと考えていた……一言だった。


もう2度と目を開けることはないお父さん。そして驚くほど痩せこけたお父さんを見て、涙がこぼれ落ちる、とまでは行かなかったけれど……目頭を熱いものが覆っていて、前がよく見えなかったのを覚えている。


帰りの飛行機の中で……僕は心の中にぽっかりと大きな穴が空いていることに、気が付いた。


別に僕が長崎で生活をしていたって……離れた東京にいるお父さんに会いに行ったことはない。でも……もうこれから2度会うことはできずに、2度と声を聞くことができないんだ……と思うと、何も感情が湧いてこず、ぼんやりとしてしまう。……不思議だ。


「……ただいま」

「あっ……パパ。お帰り」

「元気? 大丈夫だった?」

「うん。お姉さん、すっごい優しかったから」


僕が落ち込んだ様子なのを察したのか……一昨日よりも、声のトーンが落ち着いている。「本当に賢い猫だな」と思う。


「何。合せてくれてんの? 僕に」

「そんな言い方しなくても良いでしょ? 死は悲しいものなんだから」

「……そうだね」

僕はカバンを下ろし、下着を洗濯機へと放り込む。そして松野さんに感謝を伝えるために電話をした。


「わたし達もそうだけど」

「ん?」

「お別れって……いつだって悲しいよね……」


にゃーちゃんは晴れ渡った空を見上げるように、小さく呟いた。



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