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【第3章】砂時計は3度で壊れる 第8話

「おはよー」

気だるい曇り空の朝。リビングに下りたわたしは、いつものようにお母さんに言葉をかける。


「あぁ……起きたの。お早う」

「もう少しでご飯、できるから」

朝ごはんの支度をしながら、ちらりとわたしを見る。この雰囲気が変わるまで、あとわずか。


ギイ


お父さんが無言で椅子を引く。いつものように緊張感がリビングに走る。


「お父さん。おはよう」

「……あぁ」

「……」

これでお父さんとの1日の会話は終わり。次は、明日の朝ごはんの時まで会話はない。


(……1回目……使ってみようかな)


ずっと気になっている、朝のリビング。いや、それどころか……お父さんとお母さんを見ていると「家……大丈夫なのかな」と心配になる。この砂時計……一番使いたいと思っているのは、もちろん学校。でもその前にこれが本当なのかどうか、テストしてみても良いかなと考えていた。


(どうせ何も変わらなくても……)


「3回までしか使っちゃいけないよ」

黒猫の顔が頭をよぎる。


「3回か……」一瞬だけ躊躇した後に、テーブルの下で黒猫から渡された砂時計をギュッと握り締めた。


(思い浮かべろ……とか言ってたっけ?)


(あっ……!)


目の前の景色が急激に白くなった。……というより、一気に我慢できないほどの眠気に襲われて……起きていられなくなった。そしてわたしはその場で眠りに落ちた。


――


――


――


「なぁ、今日の夕ご飯、何」

「えっ? まだ朝ご飯を食べてるところなのに……もう夜の事、考えてるの?」


(何……? どこ? ここ……)


目の前にいる男性と女性……明らかに昔のお父さんと、お母さんだ……。お父さんは白髪がない。お母さんは目尻のしわがない。きっと……わたしが小学生の頃。


懐かしい。

本当に懐かしい。


わたしの記憶、そのもの。

お父さんとお母さんが……仲が良かった時。

この頃は毎日が楽しかった。


「おはよー」


(……えっ!?)


わたしだ……わたしじゃん。

あのパジャマ……懐かしいなぁ。確か、6年生の夏くらいまで着てた。どうして捨てたんだっけ。思い出せない。


じゃあ、この『わたし』は? 誰? 


「あー! 良い匂い」

「歯、磨いてきなさい」

「はぁい!」

わたしは歯を磨きに行った。そうだ。この頃はまだ、歯を磨いた後にご飯を食べて……また磨いていたっけ……。


「なぁ。香織も大きくなったよな。だいぶ伸びたんじゃないか?」

「そうかしら。全然気付かなかったけど……あなた、ちゃんと見てるのね。香織のこと」

「そりゃそうだろ」

お父さんとお母さんが笑ってる……。


『わたし』は嬉しくて涙が出てきた。いつ振りだろう。家の中に笑い声が響くのは。


「さ! 食べようかなぁ」

わたしが戻ってきた。これから朝ごはん。味噌汁とご飯からは白い湯気が立ち上っている。おかずは……ハンバーグか。昨日の残りに見える。


「いただきまーす!」

「はい」

わたしが味噌汁を飲む。白い湯気が強く、太く立ち上る。相当熱いように見える。


「熱いから。ちゃんとフーフーしなさいよ?」

「うん。大丈夫」


ズ……ズ……


「おぉ! 美味しい!」

「あら、昨日も飲んだのにね」

お母さんが優しくわたしに微笑む。


「一晩置いて……味が変わったんじゃないのか? カレーみたいに」

お父さんの言葉に、わたしもお母さんも笑っている。


「これ、昨日のハンバーグ?」

わたしがお母さんに尋ねている。そうだ。そんな日……あった気がするな。


「そうよ。昨日……美味しかったって言ってたから。ちょっと冷蔵庫に残しておいたの」

「やった!」

わたしはお母さんのハンバーグが大好きだった。そうだ……何となく、思い出してきた……


(あっ……! そうだ……)

(……この日……! 思い出した!)


「いっただーきまーす」

わたしがハンバーグを口に入れようとしている――


(ダメ!!!)

(それ……食べちゃダメ!!!)


『わたし』はわたしに向かって、力を振り絞って叫んだ。……もちろん声は届いていない。


「……!?」

わたしがピクリと反応したのか……フォークを持つ右手を止めた。


「……」

「香織? どうしたの?」

「……ううん? 何でもない」

『わたし』の声が……わたしに届いたみたい……。ハンバーグが刺さっているフォークをテーブルに静かに置いた。


「どうした? 食べないのか?」

「うーん……ね、お母さん」

「何? どうしたの?」

「わたし……お母さんのハンバーグが……良いな」

「えっ? 何を言ってるの?」

「何となく」

「……まぁ、良いけど。じゃ、交換しましょうか」


(……あっ!)


目の前が……また一気に白くなり、意識がぐーっと遠ざかっていく……


「はっ……!」

「ん? 香織、どうしたんだ?」

お父さんが不思議そうな顔でわたしを覗き込む。


「え? お、お父さん?」

「何言ってるんだ? 当たり前だろ。何か変な物でも食べたか?」

「何言ってるの。これから朝ごはんなのに。まだ食べてないでしょ?」

お父さんとお母さんが声を上げて笑う。笑っている……。


「えっ……? えっ?」

頬を涙が伝う。何年振り……?家の中で笑い声が聞こえたのは……お父さんとしゃべることができたのは……お母さんもいらいらしてないじゃん……。


「泣いてるのか? どうした」

「いやっ、何でもないよ!」

「……そうか。なら良いけど」

お母さんがテーブルの上にハンバーグを並べる。


「香織もお年頃ですから。色々あるのよ。お父さんは空気読めないわね」

にこやかにわたしを見ながら、お母さんが言った。ゴホン!とお父さんが咳払いする。





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