【第2章】君たちを繋ぐパレット 第7話
「にゃーちゃーん」
「にゃー(何―)」
「にゃーちゃーん」
「にゃー!(だから……何よ!)」
返事してるのに……パパはわたしの名前ばっか呼ぶ。何か用事でもあるのかな。用事ないなら、呼ばないでよね。……わたし、お部屋のパトロールで忙しいんだからさ……
6畳ほどの部屋が2つあるだけ。すっごい小さい家。昨日の夜に探検してみて分かった。ふすまを開けると、トイレとお風呂。で、もう1つのふすまの向こう側はキッチンになってる。パパとママは、わたしをキッチンには絶対に行かせてくれない。えっ?なんで向こうがキッチンになってるって分かったかって?
……だって向こうから、いつも良い匂いがするからね。
「にゃーちゃん、全然コードを噛んだりしないんだよなぁ」
「ね。きっと……賢い猫ちゃんなんじゃないかな」
「ネットだと、結構スゴイって書いてあったけど……助かるなぁ」
「ふふっ……うちらに合わせてくれてるのかもね」
コード?あぁ……あの黒くて細い線のこと……?みんな、あれを噛むんだ……なんでだろう。全然良い匂いもしないし、食べても美味しくないのに……
「何かね、遊び道具みたいに思うらしいよ? ネットにそう書いてあったよ」
「ふぅん……確かに、細いからか」
へぇ。あれが遊び道具なんだ。他の子たちは。……わたしには全然そう見えないけどなぁ……きっとサビ先生のくねくねぼうきのお陰なのかもな。流石、先生。
そうそう。昨日来た時に見た、黒くて大っきい箱の正体が分かったんだよね。
「寒いよなぁ……エアコンだけだと、もうキツいな」
「……うーん、そうね」
「俺は良いけど……にゃーちゃんが風邪引いちゃ、大変だしな」
パパはそう言うと、黒い箱のそばに移動して何かをくるんと回した。
ビーーーーー……!!
けたましくて、大きい音。わたしはビックリして……思わずテーブルの上にジャンプして、カーテンレールの所まで登ってしまった。だって……もの凄い音だったから……。
次の瞬間、シュボッ!!と音がして、黒い箱の真ん中が真っ赤に染まった。
(暖かい……!)
確か、ストーブってやつだと思う。国語の授業で習った気がする。あれ?……ヒーターと何が違うんだっけ……忘れちゃった。ま、すっごく暖かくなったから、別にいっか。
「にゃーちゃん。暖かい?」
「にゃー!(うん! ありがと!)」
わたしのこと、考えてくれてるんだ。……パパもママも優しいな。
パパとママは、とにかくたくさんたくさん、わたしの頭をなででくれる。強すぎないし弱すぎないし……ちょうど良い。お腹もなでようとしてたから、1回だけ怒って噛んだ。それからは止めてくれたから、許してあげた。
「にゃーちゃん、これ。買ってきたよ!」
「にゃっ?(んっ? ……なに?)」
ゆっくりエアコンの下で寝ているわたしに、パパが声をかけてきた。……ついさっき家のパトロールが終わったばかりなのに……何なのよ?
「これこれ。遊ぼう!」
パパがガサゴソと袋に手を入れる。わたしはじっとその動きを見つめる。
「じゃんっ! これ!」
(あっ……! あれは)
細い棒の先に……何か付いてる!あれ、捕まえなきゃ!!
わたしはママが買ってくれた専用のベッドから飛び起きる。そして段差を気にしながら、トン!トン!と軽やかに床まで下りてみせた。
(捕まえなきゃ……!)
「あ、にゃーちゃん下りてきたね」
ママが優しくわたしに声をかけてるけど……あまり耳に入って来ない。だって、あれを捕まえるのが先だから。話はその後。
「よし! じゃ、行くよ!」
パパの一声で、棒の先端に付いてるやつがふりっ……ふりっ……と静かに左右に動き出した。
(ん……動き出したなぁ……)
わたしも意識を集中させて、次の展開を予測。
ふりっ……ふりっ……ふりっ……
(右……左……右……)
一定のリズムで動いていることが分かる。わたしもつられて顔を左右に揺らす。
(次っ! 左っ……!!)
わたしは後ろ脚に力を込めて、お尻を揺らす。……勝負は、一瞬で決まる!
(……今だっ!)
爆発的に距離を詰めた、その瞬間……左に動くと予想したタイミングをわずかに外されてしまった。
(……えっ? ……なんで……)
呆然とするわたしに向かって、パパが呟く。
「……甘いな」
わたしは砂を噛む思いだった。「悔しい……次は絶対……」燃えるような気持ちが、胸の奥から湧き上がるのを感じる。
「ほらっ!」
パパがまた、細い棒を左右に揺らす。次の失敗は許されない。
ふわっ……ふわっ……ふわっ……
さっきよりも優しい動き。「簡単だな」と思ったけど、気を引き締め直す。
(もしかすると罠かも……慎重にいかないとな……)
さっきよりも半分タイミングで動く。これなら、動きを予想するのは容易い。
(たぶん、大丈夫! 今だ!)
これが動物の勘というやつなのだろうか。パパがとっさに腕を引こうとするのと同時に、わたしは飛び出していた。
(……獲ったっ!!)
しっかりとわたしの両手に挟まれた先端部分。もぞもぞと動いているけど……絶対に逃がさない。押さえつけている手に、一層力を込める。
「うわっ……やられたぁ……」
「にゃーちゃん、凄いな!」
パパがのけぞるようにして驚いている。
(でしょ? スゴイでしょ! ……獲ったぞ)
凛々しくわたしは背筋を伸ばす。こんなに清々しい気持ちになるなんて思ってもみなかった。満足したわたしは再び軽やかに飛び跳ねて、エアコンの下へと戻る。
(はぁー……満足、満足……)
(サビ先生のくねくねぼうきの授業……役に立ったなぁ……)
学校での授業を懐かしく思い出しながら、わたしは再び眠りに落ちた――
サビ先生――




