プロローグ2
闇の王、古の吸血鬼 幽残の居城は静寂に沈んでいた。
どろりと重たい闇を纏う回廊の奥に後宮がある。
豪奢な調度品、宝石のように美しい男女。
しかし幽残の目にはなにも映らない。
影のように控える宦官により扉が静かに開かれ、選び抜かれた美姫や美少年たちが一斉に頭を垂れる。
「……陛下」
震える声。
期待と恐怖が入り混じる体臭を隠すように高価な香が強く薫った。
幽残は赤い目でただ一瞥する。
幽残にとって後宮とは食事の場でしかない。
欲望も情もない。
ただ飢えを静めるために血を啜り、肉体の熱で夜をやり過ごすためだけの場所。
温もりも歓びもない場所。
王に抱かれた者は運が悪ければ骸となり、運が良ければ生き残って侍従の手で褒美を受け取ることになる。
なんにせよ、幽残の寝台に二度あがる者は誰ひとりいなかった。
「……来い」
王は適当な美姫に冷たく告げた。
幽残も美しい者を好みはするが結局のところ全てはただの血袋にすぎない。
選ばれた姫は安堵のような恐怖のような息を漏らした。幽残の後宮の者たちは皆、王に怯えながらも王の寵愛を夢みているのだ。
「陛下…わたくし…」
「…静かにしていろ」
甘い声を遮り首筋に牙を沈める。
柔らかな身体が震えた瞬間だけ、幽残の内側に短い満足が灯ったが、それはすぐに消えた。
温かい血の余韻が引くころには、王の瞳は再び冷えきっていた。
その夜も他の夜と同じ。
ただ飢えを満たすだけの空虚な夜だった。
空虚な夜のはずだった。
後宮を後にした幽残の傍にひとつの影が忍び寄り耳元にそっと囁く。
「来たか…」
天が闇に贈り物を寄越すという。
友好の証などと言っていたが、気位の高い天が寄越すものなど呪いか罠かどちらにせよ、ろくな贈り物ではないに違いない。
後宮で啜った血の匂いを隠しもせず、幽残は影が差し出した黒い外套を羽織る。
贈り物とやらを出迎えるために。
闇の王は知らなかった。
この夜を境に二度と孤独へ戻れなくなることを。




