プロローグ 獄艦
甲板を打つ重低音が、遠くから響く。
鉄と油の匂いが鼻を刺激し、湿った空気が喉を焼いた。
レイはゆっくりと目を開いた。
そこは暗い独房。分厚い鋼鉄の壁に囲まれ、唯一の光は頭上のランプが放つ黄色い明かりだけだった。
「……ここは、どこだ」
ぼやけた視界の中、隣の床で誰かが呻く。
金髪を乱した青年――ミヤビ・エイレンだ。
カジノ《リベル》を襲撃したあの日、共に逃げ切るはずだった相棒。
「レイ? ここ……監獄か?」
「……そうらしいな」
鉄格子の向こうには無表情の男が立っていた。
軍服の胸章に刻まれた名は《エルド・ハーン》。彼は淡々と告げる。
「囚人番号4番、レイ・アレス。囚人番号5番、ミヤビ・エイレン。これよりお前達は、獄艦の囚人となる。」
「……エリス?」
「ここに入った者が生きて出た例はない。せいぜい死刑まで余生を楽しむことだな。」
冷酷に吐き捨てると、兵士は格子を開け、二人を外へ引き立てた。
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艦内通路は狭く、錆びついた鉄の匂いが充満していた。
壁の奥からは、低く唸る機関音が響く。既に大海原を移動しているのだろつ――それだけで逃走の不可能さを思い知らされる。
やがて広間に着くと、十数名の囚人が列を作っていた。
その中でひときわ異様な存在が目に映る。
巨体、鋼のような筋肉、鋭い眼光。
彼の首には《囚人番号6番》の札が下がっていた。
「お前ら、新入りか?」
低い声が響く。二人に敵意も興味もない、ただの事実確認。
次の瞬間、轟音が広間を揺るがした。
壇上に立つ男がマイクを掴む。豪奢な軍服に白髪の男――監獄の支配人、ロイド・ブラス。
「諸君、歓迎する。ここが貴様らの墓場だ」
冷笑を浮かべ、彼は言い放つ。
「すべての囚人は1ヶ月後、とある場所へ輸送される。その後、順に処刑される。抗えば即日、だ」
ざわめく囚人たちの中、ロイドは部下に合図した。
一人の男が連れ出される。逃走を試みた囚人だという。
次の瞬間、銃声が広間に響き渡る。
その身体は床に崩れ、鮮血が鉄板を染めた。
恐怖と絶望が広間を覆う。
ミヤビは青ざめ、レイは唇を噛みしめ、他の囚人達も恐怖を感じでいた。ただ1人、ヴァンスだけが冷静にその光景を睨み返していた。
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広間での説明が終わったあと、俺たちは2人ずつ牢屋へと連れられた。
俺らはカジノで銀行強盗を試み、脱出直前で警備員に捕えられ、そして今この監獄の中にいる。
《獄艦エリス》。一度聞いたことがある。巨大な戦艦を改築して作られた海を移動する監獄。
極悪死刑囚のみが収監され、どこかへと向かっている。
「レイ? どうしたんだ?」
ベッドに腰をかけ落ち着いたようにミヤビが俺に呼びかける。
《ミヤビ・エイレン》。カジノで銀行強盗を共にした相棒。
「どうしたもなにも...... こんなことになるなんてな。」
「焦ったってしかたないよ。 外に出たって一面海なんだから。」
クスッと笑いながらどこかを見る。
「でも、出たいんでしょ?ここから。」
「当たり前だろ? こんなとこで人生終わってたまるか。」
拳を握りしめ、2人で見つめ合う。
古びた鉄格子を前に誓う。この監獄から脱獄することを。