第19話 虚ろな星
〜前回のあらすじ〜
第二王子ティルニスが、行方不明になった。
ルフィーナたち騎士団は、捜索に駆り出される。
南14番地区に入ると、突然闇に包まれた。
その中でも光るルフィーナのおかげで見つけたが・・・。
星花祭が始まる前ーー
ティルニスは200人ほどの騎士を連れ、南14番地区へ出発した。
隣には、守護神獣スフィアがいる。
濃い緑の毛並みを揺らし、尻尾を振っている。
胸には小さな、けれど強い怒りがあった。
先日、ルフィーナとお茶会をしていたセティラが、堕落族となった男に襲われた。
そして結界内に入り込んだ魔族を、ルフィーナが見たと聞いた。
その魔族は南方向へ飛び去ったらしい。
(ならばそちら側の、支柱に問題があるかもしれん)
ティルニスは、義姉セティラを敬愛している。
優しく、賢く、次期女王に相応しいと考えていた。
そんな姉のため、自分が護らなくてはーー。
「そろそろ南14番地区へ入る。皆、警戒を怠るな」
「はい」
南支柱へ向けて、踏み出す。
どこか冷たい風が、肌を撫でる。
その時、胸がざわつくような、嫌な感覚を覚えた。
このまま進んではいけない、そんな気がした。
「皆、いったん引きかえ・・・」
言いかけたその瞬間、深い闇が空を覆った。
明るく煌めく星が、次々と呑まれてゆく。
最後のひとつが、闇へと消えた。
「なっ、なんだ!?」
「ティルニス様!」
騎士たちが叫んだが、もう互いの姿は見えない。
そばに感じるのは、ただ馬の呼吸だけ。
たったひとつの星さえ、映らない。
周りの騎士たちが、混乱する声が聞こえる。
冷静なティルニスでさえ、これには動揺する。
そして思わず、振り返ってしまった。
その瞬間、自分の過ちに気付いた。
「これは、まずい・・・!」
この完全な暗闇の中、方向などわかるわけない。
振り返ってしまったら、もう道などない。
手が震え、義姉の笑顔が頭をよぎる。
その時、騎士たちの声が聞こえた。
「うわぁっ!」
「ま、魔族がいる!」
「見えない!誰か、誰か・・・!」
剣のぶつかり合う音、風を裂く羽の音、騎士の声。
何も見えない中、何かが争っている。
ティルニスは叫ぶ。
「皆、落ち着け!守護神獣の技を・・・!」
だが、たくさんの音が混ざり合い、ティルニスの声は届かない。
隣にスフィアがいることは、わかる。
このままでは、皆が危ない。
(こんな時、セティラ姉様なら・・・)
ティルニスはスフィアを、優しく撫でた。
スフィアは、その手にすり寄る。
毛並みの感触と、息づかいが近くに感じる。
ティルニスは軽く、頷いた。
そして剣を手に取り、縦に構える。
残された希望は、星紡を使うことのみ。
だがティルニスとスフィアの星紡はーー。
「王子たる者、皆を護らねば」
自分に言い聞かせるように、義姉に告げるように。
ティルニスが剣を手に、目を瞑った、その瞬間。
「なっ!?ぎゃぁぁっ!」
「ぐっ、貴様・・・!ぐぁぁっ!」
魔族の叫びが聞こえた。
暗くて何も見えないが、不思議な安心感を覚えた。
ティルニスは言う。
「・・・何者だ?いや、それより助けてくれたこと、感謝する」
暗闇の中から、声が返ってきた。
それはどこか寂しげで、静かな声だった。
「・・・行くべき道を示そう。神の光に従え」
まるで自分に言い聞かせるかのような、強く揺るぎない言葉だった。
けれどあまりにも真っ直ぐな言葉に、どこか引っかかるようにも感じられた。
ティルニスは思わず、息を呑んだ。
その言葉が終わると、ティルニスの目の前に、小さな光の粒が、現れた。
それはどこかを指し示すように、ゆらりと飛ぶ。
ティルニスは静かに、言う。
「・・・それは、どこに向かう?」
「お前の仲間のところだ」
淡い光が、ただ小さく揺らめいていた。
◇
夕食を口にしながら、耳を傾ける。
騎士たちは皆、聞き入っていた。
「そう言い残して、彼はどこかへ去ってしまった。その後、“神の光”に従い、ここについたのだ」
「神の光・・・か」
セルヴィーロはそう呟いた。
ルフィーナも薄々、気付いていた。
神の名を語り、闇に惑わされず、魔族を倒せる者。
(ネフィラ・・・しか、いない)
前に見た戦いからしても、彼しか思いつかない。
その時一緒にいた騎士たちも、わかっているようだ。
「またあいつか?」
「なんでこう、ピンポイントで現れんだよ」
「でもなんか、かっけぇな」
「ちょっと憧れちまうぜ」
騎士たちの明るい会話をよそに、セルヴィーロは少し険しい表情だ。
ティルニスが言う。
「皆、もう疲れただろう。そろそろ寝よう」
「そうですね。ティルニス様は上階で、俺とルナ、ルナシアはそのそばで寝よう」
「はい」
ティルニスが上階の部屋にある、ベッドで寝る。
騎士達はみんな固まって、雑魚寝。
セルヴィーロはいつもより、ルフィーナの近くで寝ている。
◇
星の光も、月の煌めきも届かない夜。
南支柱の周りは、深く静まり返っていた。
だが、遠くから重い音が響いた。
ガキンーーキィンーー
剣同士がぶつかり合うような、甲高い音。
どこかで、誰かが戦っている。
その音は暗い虚空に吸い込まれて、消える。
「ん・・・?なんの音?」
ルフィーナはその音に、目を覚ました。
隣でふわりと浮かび上がるティターニア。
羽を細かく震わせ、耳飾りに手を当てていた。
外は相変わらず闇に包まれ、2人の周りには星の光が淡く舞っていた。
「主様・・・すごく嫌な音がします」
「そうだね、ティターニア・・・」
騎士達も、続々と目を覚ました。
ティルニスも、上から降りてくる。
その間も、剣の音は響き続ける。
ティルニスは真剣な表情で、言う。
「皆、共に戦ってはくれぬか?」
「助けに行くのですか?」
「ああ。命の恩人が危険な状況にあるなら、王子として、見捨てるわけにはいかない」
ティルニスはそう、答えた。
彼らを“神の光”で導き、助けてくれた者。
誰かはわからなくとも、彼が危険ならーー。
ティルニスと一緒にいた騎士たちも、頷いた。
闇の中で光をくれた存在を、見過ごせなかった。
セルヴィーロは言う。
「俺たちもお供します。ですが、奥にいるのであろうは、七堕天です。ご自分の身を第一に、お願いします」
「・・・といいつつも、お前はルフィーナ第一だろう?」
「もちろんです」
セルヴィーロは当たり前かのように、言い切った。
周りはやれやれ、と呆れながらも、受け入れている。
騎士団は出撃の準備を始めた。
前に「哀歌の堕天」と戦った者たちは、少し緊張しているようにも見える。
「では、出撃だ!皆、ルナシアの焔と、ルフィーナの光を見失わないように」
ルナシアの焔が、騎士団の周りに浮かぶ。
それは彼らを導く、美しい目印だ。
その時、ルフィーナとティターニアの周りで煌めく星の光が、一瞬黒く染まったように見えた。
それは見間違いではなく、闇に呑まれたかのような、瘴気の塵の色だった。
(本当に、大丈夫なのかな・・・)
不安が胸に押し寄せ、嫌な予感に冷や汗が伝う。
朝早いのか、風はとても冷たく漂っている。
剣の音が鈍く響き、余計に恐れをかき立てる。
ティルニスと帝国騎士団は、進軍を開始した。
◇
音だけを頼りに、暗闇の中を進んでいく。
何かが地面を引き裂くような地響き、震える空気。
だんだんと、それらに近づいていくのがわかる。
ルフィーナは、視界の端に何かを見つけた。
角ばった木の板に、かけられた布地。
それは、よくみるごく普通の、机だった。
すると、シェウが言う。
「なぁなぁ、なんか椅子があるぞ?」
「えっ、こっちには棚があるんだけど」
「あっちにはベッドっぽいのもある」
「なんだ、ここ・・・?」
フェルがそう言った。
騎士達がざわめき、あちこちにある家具を指差す。
まるで家の一角を再現するかのように、配置されている。
あまりの異様な光景に、肩がすくむ。
光のない、闇に包まれた、家。
騎士団はざわつきながら、奥へ歩みを進めた。
その瞬間ーー。
「来るな!!」
思わず驚いて、ビクッとした。
その声は、あの日聞いたのと同じ声。
謎に包まれた・・・ネフィラの声だった。
けれど今の声は、とても焦りに満ちていた。
ただ必死に、何かを護ろうとするように。
「な、なんで・・・?」
「理由はいい!星の子は見る・・・ぐぁっ!」
「恩人殿!」
ティルニスが一歩、前に駆け出した。
ルフィーナも思わず、ほんの一歩前へ出た。
まるで境界を越えるかのように、空気が変わった。
「明るい・・・」
暖かくて、柔らかい光に包まれた。
部屋にいるときのように、心が落ち着けられる。
「家」という言葉が、とても似合って見えた。
けれど激しく響く音は、さらに鮮明に聞こえた。
壊された家具に、傷ついた床。
見えたのは、それだけじゃなかった。
(ネフィラと、魔族・・・?)
身体中に傷を負いながらも、剣を振るネフィラ。
その剣がぶつかるのは、魔族の剣。
黒い髪に、緑の瞳が光っている。
その魔族は、優しく言った。
「あら、またお客さんね」
その声を聞いた瞬間、胸がドクンと、脈打った。
どこかで聞いた声だった。
どこかで見たような姿だった。
2人の声が、重なった。
「お母さん・・・?」
重ねたのは、扉を抜けたティターニアだった。
信じたくはなかったし、信じられなかった。
でも、ティターニアの震えた声が、答えだった。
ネフィラが、ルフィーナの隣に飛び移った。
「来るなと言っただろうに・・・」
その手には、ただの鉄剣が握られていた。
彼は小さく舌打ちし、瘴気を払い除けた。
セルヴィーロが帷を抜け、目を見開いた。
ルビアスも、そうだった。
彼らも知っている人の、知らない姿だった。
シェウがつぶやく。
「七堕天か?」
その言葉に答えたのか、それとも独り言なのか。
ネフィラが、真実を告げた。
「『虚星の堕天』フェノア・フォティノースだ」
「えっ・・・?」
言葉を失う騎士より、ずっと息が詰まった。
神の国で見た、純白の美しい人ではない。
瘴気に溢れた、漆黒の七堕天だった。
一筋の涙が、流星のように、頬を流れ落ちた。
今回は、ティルニスについて書いてみます。
第二王子、ティルニス・リスタ・ラナフィアス。
ティルニスは、帝妃の次に妃となった、第一側妃の息子です。
第一王子である兄がひとりいます。
第一王子フィオニスは、守護神獣も共に強く、民からの信頼もとても厚いものでした。
ティルニスは、そんな兄を慕いつつ、少し羨望する心もありました。
姉である王女セティラは、基本戦いません。
守護神獣フィニスも回復なので、後方支援です。
そんなセティラは普段、フィオニスに護られています。
ティルニスは自分で護りたいと思うものの、どうしても弟感が強いのか、セティラにやんわり断られます。
フィオニスに何度も、稽古や教えを乞うものの、強さにも限界がありました。
諦めかけた頃、セティラが声をかけてくれます。
護ろうとしてくれて、ありがとう。
そんな一言から、始まった言葉。
「好きなことなら、どれだけ苦しいと思っても、頑張れてしまうものなのよ」
その言葉に、気づかされました。
確かにティルニスは、戦闘は苦手です。
王子ゆえ、戦えなくはないけれど、好きでもありません。
フィオニスは本当の、戦闘好き。
ティルニスはそれから、戦闘ではなく自分の好きと思えることで、セティラを支えるように。
ちなみに何で支えてるかというと、お料理です。
とっても得意で、大好きらしいです。
セティラの好物も、毎日のように作ります。
そして夜、星を眺めながら祈ります。
「明日も姉上と一緒に、いられますように」




