第18話 行方不明の王子
〜前回のあらすじ〜
星花祭が幕を閉じ、楽しい思い出を胸に眠る。
ルナシアは何やら、お茶会に想いを馳せていた。
そんな時間も、長くは続かない。
夜明け前の空は、まだ夜の名残りを抱いていた。
薄い雲の合間から、微かな星月の光が注ぐ。
ルフィーナもティターニアも、星花祭の楽しさを胸にすやすやと眠っていた。
そんな静寂は、重い鐘の音に、破られた。
ゴォォン・・・ゴォォン・・・!
ルフィーナはその音に、飛び起きた。
ティターニアもすぐに浮き上がる。
(緊急指令の鐘・・・!)
帝国の城から出される、緊急指令だ。
重大な事件や、帝国を揺るがすような災害の時、発令される。
ティターニアは羽を震わせ、急いで耳飾りをつけた。
ルフィーナも考える間もなく、鎧を身につける。
初めての緊急指令に、鼓動が早まるのを感じた。
守護武器を片手に取り、扉を開ける。
隣から、セルヴィーロとルナシアも出てきた。
「ルナ、初めてだろうけど慌てずにね」
「うん、セル。急ごう」
表情を強張らせる騎士達と共に、外に出た。
空気が湿り、南の方から冷たい風が吹きつける。
そこへ、城の近衛兵が駆けつけた。
額には汗が滲み、息が荒れている。
セルヴィーロが聞く。
「何があった?」
「緊急指令です!第二王子ティルニス様が、南14番地区から戻られません!予定時刻を大幅に過ぎても、殿下どころか、偵察騎士さえ・・・!」
「わかった。みんな、南14番地区に行くよ!」
「はい!」
セルヴィーロの指示に、騎士達が頷く。
王子のそばには、それなりに優秀な騎士が大勢ついている。
それでも戻らないなら、何かあったのだろう。
「シェウ、お前にはいつもの役を任せる。もし万が一のことがあったら、ルナを連れて帝国に逃げてくれ」
「はい!」
「では出発する!」
話している間に、後方支援部隊は荷物を整えた。
心配そうに見つめる人々の間を、駆け出す。
帝国の結界を抜けて、南へ進んでいく。
(殿下がいるのは南支柱・・・何がいても、おかしくない)
ルフィーナは覚悟を決め、手綱を強く握った。
星がひとつ、またひとつを陽の光に呑まれていった。
星の煌めかない空は、やけに虚しくーー。
◇
騎士団は全速力で駆け抜け、南14番地区に着いた。
空気は冷え込み、草木がざわめく音が聞こえる。
まるでリュビリスそのものが、何かに抗するように。
やがて視界の奥に、大きな柱が、姿を現した。
「これが、帝国の結界を支える一柱・・・」
誰かが、そうつぶやいた。
帝国の城壁でさえ、小さく見えるような巨大な塔ーー南支柱だ。
太陽の光を受け、塔の表面は金色に輝く。
触れればその冷たさは、神聖にも感じられる。
塔は空高く、まるで天の国に手を伸ばすよう。
表面に刻まれた神の紋章には、淡い光が宿っている。
しかし、神々しい姿とは裏腹に、瘴気が混じる。
瘴気は黒く濁り、星に深い爪痕が残されているよう。
それは、守護の支柱が、崩れかけていることを表していた。
塔から離れた場所だが、地面にはたくさんの馬の足跡が残っていた。
その足跡は遠くまで続いている。
「主様、なんか、感じませんか?」
「うん。まるで、星が遠ざかるような・・・」
「わたしもです。奥に行くのが、すごく怖い・・・」
ティターニアは羽を細かく震わせ、耳飾りに手を当てていた。
ルフィーナも手綱を握る手に、少し冷や汗が滲む。
心より先に、体がこの先に行くことを、拒否しているように感じた。
けれど、騎士団であるからには進まねばならない。
一歩、一歩と先へ進むたび、馬の足跡が新しくなる。
野営をしたような焚き火の跡も見つかった。
本当は野営の時に、偵察騎士が帝国に戻って報告する予定だった。
けれど来ていないということは、野営中に何かあったのだろう。
(まるで、セヴィオスと会う前みたい・・・)
ルフィーナは嫌な予感に、肩が震える。
“七堕天”という言葉を想像し、息を呑む。
セルヴィーロとルビアスも、顔を強張らせている。
何かを感じ取ったような、険しい表情。
ルナシアもまた、普段は剣をしまっているのに、今は剣を片手に持ち続けている。
そして、南支柱へ一歩、踏み出した。
その瞬間ーー
天が、地が、星が、闇に包まれた。
「・・・!な、なに!?」
咄嗟に後ろを振り返った。
だが太陽の光は、闇に呑まれて消えゆく。
冷たく、乾いた空気が、肌をかすめる。
ただ虚しい風の音が響く、黒より暗い、光なき空。
まるで星の灯を絶たれたようなーー。
けれど、みんな気づいた。
「なんか、副団長、明るいっすね・・・」
シェウがそう言った。
性格の話ではなく、本当に明るい。
ルフィーナとティターニアの周りだけ、星の光が舞い散り、明るく照らしている。
暗い宇宙に煌めく、星のように。
「えっと・・・これ、どういうこと?」
ルフィーナは戸惑いながら、そう聞いた。
セルヴィーロは、答える。
「・・・俺にも、わからない。でも、ここが七堕天の領地であることは、わかる」
「七堕天・・・」
ルフィーナはそう呟いた。
だがどこか、何かに違和感があった。
その時、ティターニアが言う。
「なんか、みんなが遠く感じます・・・」
「遠くって、どういうこと?」
「例えるなら、普段のセルくんみたいな雰囲気です」
「つまり・・・星から離れているってこと?」
ティターニアは、小さく頷いた。
ほとんどの騎士が、理解できずに戸惑う。
だがそれは、ルフィーナも同じだった。
「セル、それってどういうこと?」
「説明は難しい。いったん、ティルニス様たちを探しに行こう」
「・・・わかった」
セルヴィーロの指示に従い、星の光を頼りに進む。
“星から離れている”という意味が、ルフィーナにはなんとなく理解できた。
あの日行った、神の国のように。
星がそばになくて、どこか虚しい場所。
どうしてここが、星から離れているのだろう。
疑問を抱くが、とりあえず進んだ。
ルフィーナの歩いた場所には、星屑が描く軌跡ができていた。
それは、月夜に煌めく宝石のように、美しく見えた。
◯
太陽の光もなく、コンパスも動かない。
どこへ行く宛もなく、ただ彷徨う。
シェウとフェルが軽く会話する。
「はぁ、暗すぎて落ち込むぜ・・・」
「副団長がいつもより煌めいて見える・・・」
「おい、よせ。団長にボコられるぞ」
「だってよぉ、あの光めっちゃ綺麗・・・」
その瞬間、ルフィーナの星の光が、揺らめいた。
どこかへ導くように、星の軌跡を描く。
「どこ向かってんだ?」
「行ってみるしかないな」
星の光に導かれ、奥へと進む。
その時、声が聞こえた。
「誰かいないか!?」
「あの声・・・!ティルニス様!」
「セルヴィーロか!?こっちだ・・・って明るっ!」
ルフィーナの光を見たのか、そう聞こえた。
少し進んで、数人の人々が見えた。
その中心には、王族の紋章付きの剣を持つ者が。
茶髪紫眼の第二王子ティルニスだ。
セルヴィーロを見つけたその表情は、とても安心したように見える。
「セルヴィーロ!よく来てくれた・・・!」
「ティルニス様、ご無事で何よりです」
「ああ。ルフィーナ、騎士団もありがとう」
ティルニスは不思議そうにしながらも、そう言った。
ルフィーナたちは頷く。
その瞬間、星の光に周りが照らされた。
そこにあるのは、黒の混じる金色の塔。
南支柱だ。
天へ届くほど高い塔は、暗闇に囲まれ、そびえ立つ。
だがその造りは、帝国の城壁より強固なもの。
セルヴィーロが言う。
「ティルニス様、今日はここで休みましょう」
「そうだな。壁があると思ったら、まさかここに着いていたなんて。あの人には感謝せねば・・・」
「あの人、とは?」
「後で説明しよう。まずは騎士達を休ませねば」
ティルニスはそう言った。
星花祭の日に帝国を発ち、いったいどれほど歩いてきたのかわからない。
騎士達はずっとティルニスを護るため、気を張っていただろう。
(しかも、こんな暗闇の中・・・)
ティルニスと騎士団は、南支柱の中へ入る。
支柱は監視塔のように、寝泊まりできる環境だ。
しかも4人の王子が、東西南北の支柱を管理しているため、中は割と豪華になっている。
言ってしまえば、外もすでに金ピカだが。
「あれ?松明が点かないっすよ」
「火打石の火花が散らない・・・」
今周りに広がっている暗闇は、どうやら炎の光もかき消すらしい。
このままでは、ルフィーナの周りに集まるしかない。
みんなが落ち込んでいると、ルナシアが言う。
「ねぇ、あたしの焔で松明を点けれないか?」
「でも、どうやっても炎は点かなかったよ?」
「まぁ試してみようよ!ちょっと離れてて」
ルナシアがそう言うので、少し離れた。
そしてルナシアが、手のひらから焔を出す。
そこでみんな驚くのだが、その焔は松明にも点いた。
赤紫の炎が、夜明けの太陽のように揺れる。
少し暗めだが、十分な灯りになる。
騎士達は、大きな歓声をあげた。
「うぉぉっ!明るいぞ!」
「なんだよ、光あるじゃねぇか!」
「本当にルナシアって不思議だな」
騎士達が口々にそう言った。
セルヴィーロやルフィーナも驚く。
七堕天が覆った闇に、打ち勝つ灯り。
「あはは!やっぱりできたな!」
「ルナシア、さすがだね。これから、遠くの騎士達も気づくかも」
「うん!あたしの焔は長持ちするから、一晩は大丈夫だよ。まぁ今が昼か夜かわかんないけど」
ルナシアがそう言った。
太陽の見えない昼、星も月も見えない夜。
それはこの星から、切り離されたかことを表す。
すると、シェウが言う。
「俺の腹は夕飯だって言ってますよ〜」
「お前の腹時計ズレてんじゃね?」
「いやいや。俺の腹は太陽と一緒に働いてるから!」
「お前は腹に太陽飼ってるのかよ。じゃあ僕は月で」
「じゃあ副団長は星だな!」
シェウとフェルがそう言い合い、騎士団に笑いが溢れる。ティルニスも笑っている。
ルフィーナは少し顔を赤くしながらも、微笑んだ。
そうしているうちに、後方支援部隊が料理作る。
次々と運ばれる食事に、みんながっついた。
食べながら、ティルニスの話を聞く。
「僕たちはこの闇の中で、長いこと彷徨っていた。道もわからないし、灯りもない。そんな中、騎士達は迷い、離れ離れになっていったーー」
ティルニスは話を続けた。
赤紫の焔に照らされる中、静かに話す。
◇
暗闇の中心に、開けた場所があった。
そこにいるのは、向かい合う2人。
「あら、またお客様ね。今なら見逃してあげるわ」
「・・・彼女の目には、触れさせない」
「まぁ、優しい子なのね」
銀の髪が風に揺れ、翠の瞳が淡く光る。
静かに剣を構える男ーーネフィラ。
彼はたった1人、立ち向かう。
「もう二度と、悲しませないためにーー」
黒い瘴気が、星のように煌めく。
まるで、何かが失われようとしているようなーー。
今回は、帝国を支える4支柱について書きます。
帝国の大結界を支える、4つの支柱。
東西南北に建てられ、4人の王子が管理します。
第一王子管轄の、北支柱。
第二王子管轄の、南支柱。
第三王子管轄の、東支柱。
第四王子管轄の、西支柱。
そして帝国の中心に存在する、神宝によって、結界は形作られています。
万が一どこかの支柱が、敵の手に落ちても、他の支柱が結界を支えることができます。
ただし結界が張られたのは、ずっと昔のこと。
今や神宝の寿命は尽きようとしています・・・。
神の張った結界を、直す方法はあるのでしょうか?
明日も一緒に、いられますように。




