その2:目覚めたらメイドロボ
目が覚めた瞬間、何かが違うと直感した。
(……あれ?……ベッドで寝ていたはずじゃ……)
最初に感じた違和感は、自分が直立不動の体勢で立っていることだった。
周囲の様子はよくわからない。視界がぼやけていて周りがよく見えない。目をこすろうとしたら、手が動かないことに気づいた。指先すら動かせず、あたしは混乱と恐怖に包まれた。
「誰か……」
声を出そうとしても、何も起こらない。口を動かすことさえできない。全身が金縛りにあったかのように、一切身動きが出来なくなっている。
時間が経つにつれて視界が少しずつ晴れてくると、目の前にぼんやりとした人影が見えてきた。
(……誰?……えっ?)
視界が完全にクリアになったあたしは、驚愕した。目の前に立っているのは、自分自身だったからだ。だが、よく見るとそれは鏡に映った自分の姿だった。普段は部屋の隅に置いてあるはずの姿見が、これ見よがしに目の前に置かれていたのだ。
しかし、鏡に映った自分の姿はあまりにも異様だった。
顔は確かに見慣れた自分の顔だったが、その表情は心情とは裏腹に笑顔のままで固まっていた。そして、何より驚いたのはその下の身体。首に嵌められた枷のようなチョーカーを境にして、光沢のある硬質なパーツで構成されたその姿は――
――ロボットそのものだった。
それも、無骨な産業用ロボットなんかじゃない。黒い金属製の機構が露わになった関節やウエスト部分は確かに「機械」であることを主張している。だけど、胸、腰、下腹部と、それぞれ複雑な形状のパネルを組み合わせて造形されたそのシルエットは、しなやかで曲線的なプロポーションを際立たせていて、全体としての印象は、むしろ女性らしさを強調する意匠に貫かれていた。
衣服らしいものは一切身につけていない。ロボットなのだから当然なのだろうけど、ベージュがかった柔らかな色味で包まれた全身はまるで裸体のようにも見えてしまう。おまけに、胸部と下腹部だけは白っぽいパネルが用いられていて、それがまるで下着のように見えて、一層恥ずかしさを誘う。金属質の強い光沢が生々しさを抑えているのがせめてもの救い。
(……なんで……あたしの身体が……)
胸元にはディスプレイパネルが取り付けられていて、そこには「STANDBY」と表示されていた。
(STANDBY――待機中?……だから動けないってこと?……)
もう一度、全身に力を込めてみた――いや、込めようとした。
でも、ダメ。指一本動かすことすら叶わない。
ただ、視界だけは何故か自由に動かせた。といっても眼球を動かしている感覚はない。視界を広角にしたり、逆に任意の場所をズームしたりと、何だかカメラを操作しているような感じで視野が変化し視線が動く。
その“視線”だけを太腿のあたりへと転がしてみると、そこに、女性のシルエットをモチーフにしたようなピクトグラムが描かれていることに気が付いた。なんとなく見覚えがある。
(……あれ?……これ、どこかで見たような……)
……思い出した。
以前、別のチームが開発しているゲームの資料で見た“メイドロボ”のアイコン。キャラクターのメイドロボの肩にも同じピクトグラムが描かれていたっけ。
(……もしかしてこれは…メイドロボット?……あたしはメイドロボにされたの?)
そんな事があるわけない。メイドロボなんてアニメやゲームの中だけのもの。この世界にはそんなものは実在していない。まして、生きた人間をロボットに改造するなんて、ありえない。
だとすれば、可能性は一つ。
〈開発者〉。
この世界が仮想世界なら。そして、その世界をプログラムした存在なら不可能は無い。なんでもやり放題。
(もしかして、昨夜のあたしの呼びかけに答えてくれた……?)。
だとしても、今のこの状態は……
動かない身体と対照的に、心の中では焦りと不安が渦巻いていた。